表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/60

十三 手紙の話

 いつもの店と言われて、真っ先に思いつく焼き鳥屋へ私は向かった。結婚前には週に一度はのれんをくぐっていた、小さな店だった。

 ほとんど、駆け足に近い速度で急いだ。向う途中、私は考える。

 野中は確かに、手紙の話がしたい、と言っていた。

 今の私にとって『手紙』とは、例の差出人不明の手紙しか思い浮かばない。

 まさか、あの手紙の差出人が野中なのだろうか。

 野中とは親密とはいえないまでも、既に十年近い付き合いだ。好きな人物ではないが、どんな人となりかくらいは理解しているつもりだった。その野中が、あのような不吉で不気味な手紙を匿名で送りつけていたとなど、考えたくはなかった。

 思案している間に、焼き鳥屋に到着してしまった。

 建てつけの悪い戸を引くと、閑散とした店内がうかがえた。テーブル席が四つと、奥に小さな座敷があるだけの狭い店だ。

「らっしゃい。ああ、こりゃおなつかしい」

 鉢巻姿の初老の店主が、私の顔を覚えていたようだ。嬉しそうに笑っている。

 そこで私は、かれこれ一年以上もこの店には来ていないことを思い出した。

「お久しぶりです。野中さん、来てません?」

「奥でお待ちだよ」

 店主の声を聞きつけ、座敷から野中が顔だけ出した。

「おお、こっちだこっち。早かったな」

 座敷の奥に、野中は一人で座っていた。既に何杯かのビールを空けているようで、顔がほんのりと赤く染まっている。

 他のテーブル席を含めて、客はこの野中一人だった。

「一人、なんですね」

 私は警戒心を解かぬまま聞いてみた。

「ああ、俺一人だ。二人で飲むのなんて本当に久しぶりだな。お前、結婚してから付き合い悪くなったもんな」

 すなずりを咥え、野中は笑った。

 野中の意図がまだ分からなかったが、私は靴を脱ぎ座敷に上がる。

「あの、手紙の話って、なんですか?」

「まあまあ、その前に飲めって。ビールでいいか?」

 私の警戒心に反して、野中は上機嫌で注文を追加する。

 おざなりの乾杯を経て、私は再度問いかけた。

「で、何なんですかいきなり呼びつけて。手紙って、どうゆう意味ですか?」

「あれ? もしかしてまだ読んでないの?」

 野中の声は明るい。匿名の手紙を、あの気味悪い手紙を送りつけたようには見えなかった。

「なんのことか、よくわからないんですけど」

「そうか、まだ届いてないか」

 ビールを呷り、野中は僅かな間を置いて語った。

「俺もさ、ようやく結婚することにしたんだ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ