十三 手紙の話
いつもの店と言われて、真っ先に思いつく焼き鳥屋へ私は向かった。結婚前には週に一度はのれんをくぐっていた、小さな店だった。
ほとんど、駆け足に近い速度で急いだ。向う途中、私は考える。
野中は確かに、手紙の話がしたい、と言っていた。
今の私にとって『手紙』とは、例の差出人不明の手紙しか思い浮かばない。
まさか、あの手紙の差出人が野中なのだろうか。
野中とは親密とはいえないまでも、既に十年近い付き合いだ。好きな人物ではないが、どんな人となりかくらいは理解しているつもりだった。その野中が、あのような不吉で不気味な手紙を匿名で送りつけていたとなど、考えたくはなかった。
思案している間に、焼き鳥屋に到着してしまった。
建てつけの悪い戸を引くと、閑散とした店内がうかがえた。テーブル席が四つと、奥に小さな座敷があるだけの狭い店だ。
「らっしゃい。ああ、こりゃおなつかしい」
鉢巻姿の初老の店主が、私の顔を覚えていたようだ。嬉しそうに笑っている。
そこで私は、かれこれ一年以上もこの店には来ていないことを思い出した。
「お久しぶりです。野中さん、来てません?」
「奥でお待ちだよ」
店主の声を聞きつけ、座敷から野中が顔だけ出した。
「おお、こっちだこっち。早かったな」
座敷の奥に、野中は一人で座っていた。既に何杯かのビールを空けているようで、顔がほんのりと赤く染まっている。
他のテーブル席を含めて、客はこの野中一人だった。
「一人、なんですね」
私は警戒心を解かぬまま聞いてみた。
「ああ、俺一人だ。二人で飲むのなんて本当に久しぶりだな。お前、結婚してから付き合い悪くなったもんな」
すなずりを咥え、野中は笑った。
野中の意図がまだ分からなかったが、私は靴を脱ぎ座敷に上がる。
「あの、手紙の話って、なんですか?」
「まあまあ、その前に飲めって。ビールでいいか?」
私の警戒心に反して、野中は上機嫌で注文を追加する。
おざなりの乾杯を経て、私は再度問いかけた。
「で、何なんですかいきなり呼びつけて。手紙って、どうゆう意味ですか?」
「あれ? もしかしてまだ読んでないの?」
野中の声は明るい。匿名の手紙を、あの気味悪い手紙を送りつけたようには見えなかった。
「なんのことか、よくわからないんですけど」
「そうか、まだ届いてないか」
ビールを呷り、野中は僅かな間を置いて語った。
「俺もさ、ようやく結婚することにしたんだ」