17話 別離
「すっかり日が暮れてしまったな。」
ティアは傾きつつある日の光を見ながらそう呟いた。
森をさまようこと2時間。ようやく森から出たときはあたりはすっかり暗くなっていた。
(つ、つかれました…。)
目を離すとすぐ木々の精霊たちに死へと誘われるゲロ助を、必死に正しい方向へ誘導していたアルトセリアはぐったりした様子で呟くのだった。
「女神さま。あまり無理をなさらず。アインの奴が余計なことしでかすか心配なのはわかりますが、このゲロ助をもう少し信頼してほしいものですな。木の精霊に愛された私にとって、森は庭のようなもの。女神さまの導きは少々過保護すぎるというものです。」
(…その…ごめんなさい。)
「分かって頂けたようで、何よりです。」
アルトセリアの苦労をしらないゲロ助は、アルトセリアのどこか引き継言った声に対し、得意げに一礼でするのであった。
その様子を見ていたティアは訝しげな表情を浮かべる。
「アイン。あのカエルは何もないところを見上げながら、なにを一人でブツブツつぶやいているのだ?」
「さあ?うまそうなハエでも飛んでるんじゃないか?それよりティア、日は暮れちまったけど、これからどうするんだ?」
「うす暗い中を移動するわけにはいかない。ここで野宿するしかないな。」
「了解だ。…どうせなら森で薪を拾ってくるべきだったな。」
「いや、必要ない。たき火をたけば、獣のたぐいは寄ってこなくなるかもしれんが、亜人の連中を引き寄せる可能性がある。」
「なるほどな…。テントもないし、ずいぶんと寂しいキャンプになりそうだ。」
「そうぼやくな。…いかん。普通に会話してしまった。私はこんな奴とはサッサと別れたいのに。」
「もうあきらめろよ。それに逃げたって絶対逃がさない、地の底まで追いかけてやる。」
「…はあ。とんでもない奴らに目をつけられてしまったな。」
ティアはアインの顔見ながら苦笑いになるのだった。
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「意外と明るいもんだな。」
日は完全に沈み、月明かり照らされたアインはそんな感想を漏らした。
「満月だからな。」
「おい、お前何食ってやがる?」
「干し肉だが?」
「そういうことじゃない!何一人で勝手に食べているんだ。」
「私の持ち物をどうしようが私の勝手だ。」
「何を言ってるんだ。こういう時は助け合うもんだろ!」
「…常識に欠ける奴らだと思っていたが、食料すら持たず旅に出たのか?」
「持っていたけど、盗られたんだ!カエルの尻の治療費のカタに!」
思い出して怒りがわいてきたのかアインはイラついた様子で病院への悪態をつく。
ティアはそれを呆れた様子で見ていた。
「よくわからんが、それは自業自得ではないのか?」
「いや、違う!なんだよ、治療費10万って!払えるわけないだろそんなもん!」
「私としては、いい大人が10万程度の治療費を払えないほうに問題があると思うが。…ほら受け取れ。」
ティアは皮袋の中から干し肉を取り出すと、アインに差し出す。
「いいのか?」
「お前を飢えさせたまま放置するとカエルと共食いをはじめそうでな…。私はそんな不気味なものは見たくない。カエルが戻ってきたら仲良く分け合って食え…それにしても、あのカエルどこまで水を汲みに行ったんだ?」
森の精霊から近くに水場があることを聞き出したゲロ助が、水の補給に出てからかれこれ2時間。ゲロ助は一向に戻ってくるようすはなかった。
ちなみに、アルトセリアは森の中の移動で疲れたらしく、早々に休んでしまい。ゲロ助が単独で森に入ったことなど知る由もなかった。
「森に愛されているとか言ってたし、大丈夫だろ?それに、戻ってこなくても何も問題ないしな。むしろ干し肉の取り分が増えてうれしいくらいだ。」
「…仲間の身を気遣うといった発想がないのだな、お前には…。」
ゲロ助のことなどそっちのけで干し肉にしゃぶりつくアインをティアは哀れなもの見るよう目で見ていた。
食事が済んだ後、ティアとアインは交代で見張りを行うことに決めた。
その後は何事もなく夜は更けていき、朝となった。
ゲロ助はついぞ森から帰ってこなかった。
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「さあ、出発だ。行こうティア。」
(ど、どういうことですかアインさん!?ゲロ助さんの姿が見えません!もしかして、おなかが減ったあまり、ゲロ助さんを食べてしまったのですか?いえ、さすがに…で、でもアインさんならあり得るのでしょうか?)
「なあ、ホントにいいのか?カエルをあのまま放っておいて。」
「いいのか?静岡につくのが遅くなるぞ。」
「それは…確かにそうなのだが…。うーむ。」
(無視ですか!?お願いですから私の質問に答えてください!アインさん!!)
アルトセリアの懇願を無視すると、アインは意気揚々と歩き出す。その後ろを納得がいかないような顔したティアが続くのであった。