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すれちがい喫茶へようこそ2-運命《さだめ》- 後篇

作者: 前野 巫琴

神出鬼没の不思議な喫茶店のお話の続編、の後篇。

 静まる店内に珈琲のほろ苦い香りが立ち込める。

 しかし私たちの間に流れる沈黙が非常に重いせいか、もちろん流れる空気も気まずく、貸切にしたのが裏目に出てしまっている感も否めない。店内にはクラシックの音楽がBGMで流れているものの、気休めにもなっていないのが現状だ。

 そこへ、マスターが二人分の注文を運んでやってくる。

「お待たせいたしました。今日のケーキ、白桃『白鳳』のショートケーキと珈琲、エスプレッソとソイ・ラテでございます。」

 白桃が贅沢にもふんだんに使われたショートケーキはとてもおいしそうであったが、私も彼もどうにも手を付けようとはしなかった。

 二人して一口だけ珈琲を味わい、それからどちらが先に口を開くかの攻防をしているのだった。

 そもそも彼が悪いのだ。

 あれから彼は私の質問に答えるわけでもなく、ふとブラインドが閉められた窓を見たっきり一言も言わなくなってしまった。

 心なしか彼の双眸が揺れているように見えた。

 私とてそれが禁断の真実であることくらい、薄々わかっていた。それを含めた上で覚悟を決めてきたというのに、ここまできてお預けを食らって我慢するにもほどがある。

 やはり折れて先に口を開いたのは私だった。

「ねえ、どうして教えて……」

 くれないの? と最後まで言う前に、唐突に鳴った来客のベルに遮られてしまう。

 貸切の店に堂々と入ってくるとはどこのどいつだ、と二人して白々しい目を入り口に向けるがパーテーションが立ちはだかって遮る、ということにはならなかった。

 なぜならその人物がひょっこりと顔を出したからだ。

「中々帰ってこんかと思えば、やっぱりここじゃったか。」

 せいぜい小学校低学年程度にしか見えない白髪の少女が、これまた着ている装束の肩を濡らしてこちらを覗いていた。

 彼女はこちらの雰囲気を気にもせず、勝手知ったるかのように隣りから椅子を持ってきて居座ってしまう。

 私はその少女に全くと言っていいほど見覚えがなかった。

 困惑気味の視線に気づいたのか、彼と親しく話していた少女がこちらを向いてニッと笑った。

「海優にこの姿を見せるのは初めてじゃったかのう。わらわじゃよ、わらわ。神子じゃ。」

 顔の横でダブルピースなんかしている彼女をよそ目に、私は動揺を隠せず本気で開いた口が塞がらなかった。

「え、ちょ、ほんとに神子なの!?」

 お転婆じゃじゃ馬姫と想像してたまんま、とは口が裂けても言えない。

「そうじゃよ。で、素戔嗚(スサノオ)……げふん、董麻は話したのか。」

 無理やり話を捻じ曲げて言う神子に私は再度白々しい目を向けたうえ、鉛を吐き出すような溜息をついた。

 そして彼に視線を移したが、彼の方が視線を外してしまう始末である。

「その様子じゃとまだのようじゃな。董麻、おぬしがためらうのはわかる。じゃが今さら隠しようのないことじゃろう。素直に話したらどうじゃ。」

 神子がめったにみない強めの口調で彼に促す。

 ややあって、やっと話す気になったのか彼が私と視線を合わせた。

「……俺は海の神、素戔嗚尊(スサノオノミコト)。日本神話の祖、伊弉諾(イザナギ)を父、伊弉冉(イザナミ)を母に持つ。なぜ鷲谷家にいたのかという疑問はこの際置いておくとして、海優が知りたがっている真実は我々神と深く関わっているんだ。あれは気が遠くなるほど昔の俺の犯してしまった過ち。だからこそ今まで躊躇っていた。」

 私たちは遥か昔へ時をさかのぼっていった。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 


 遠い遠い、そのまた遠い昔。

 神々の祖である伊弉諾が三人の神を生み出した。

 天照大御神(アマテラスオオミカミ)月読命(ツクヨミ)、そして素戔嗚尊(スサノオノミコト)

 姉の天照は高天原を治めそののちに太陽神、兄の月読命はその対となる月神、末である素戔嗚尊は父から海原を任されたゆえに海原の神と、それぞれ呼ばれることとなる。

 しかし素戔嗚尊は伊弉冉のいる根の国へ行きたいと我が儘を言ったため父により追放されることとなり、姉の天照がいる高天原へ向かった。

 一方天照は海原の神であると同時に戦いの猛将でもある弟が攻め込んできたと勘違いをし、やむなく武装をして迎え撃つことになってしまう。

 誤解が呼んだ対立を避けるために行われたのが、誓約(うけひ)

 星々が煌く天の川をはさみ、向かい合う二人の手にはそれぞれ剣と勾玉が握られていた。

 天照が素戔嗚の剣をかみ砕くと三人の女神が生まれた。

 素戔嗚が天照の勾玉をかみ砕くと五人の男神が生まれた。

「私の心は清らかなので、私の剣からは女が生まれたのです。これで信じてもらえますか? 」

 天照は弟を許し、自分が治める高天原に招き入れた。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 


 一通り話し終えたのか、彼はまだ半分ほど残っているコーヒーカップに視線を落とした。

 その傍ら、私はひどく混乱していた。

 一年前に私が見た場面は彼の話にあった誓約のことで十中八九間違いない。しかしそれでは説明がつかないのだ。

 あの星空の下に佇む私と彼。

 では彼が素戔嗚尊であるならば、私は……。

「私は、天照大御神……。」

 私は彼の姉(・・・)、ということになる。

 何も言わない彼の代わりに、いつの間にかマスターからもらったのであろうホットミルクをチビチビと飲んでいた神子が口を開く。

「そうじゃよ。海優は天照大御神の生まれ変わり。神の生まれ変わりだからこそ、天界との門を守る琴峰の家系に生まれたのかもしれんな。」

 まさか自分が神の生まれ変わりだとは思ってもいなかったのだが、それよりも想定外だったのは私と彼が実の姉弟であるということ。あくまで私は生まれ変わりであるが。

「この話には、まだ続きがある。」

 依然として目線を落としたままの彼が呟くように言った声はひどく暗かった。

 彼が言おうとしている結末はなんとなくわかっていた。

「俺が姉のことを一人の異性として意識していたのは言うまでもない。誓約をした時点で姉も同じことを思っていたのだろうと兄が言っていたからな。だがそれをいいことに俺は調子に乗って高天原を好き放題に駆け回った。こう見えて猛将とも言われる神が好き放題したらどうなるかなんとなくわかるだろう? 俺もまだ子供で愚かだったんだ。それが後々どうなるかなんて考えてもいなかったんだから。」

 二人を待ち受ける悲しい結末――。

「それが原因で、姉は高天原を去ることになった。自分の愚かさにやっと気づいた俺は止めたが、姉は別れを告げた後、神という名までもを捨てて人間が暮らす下界へ転生してしまった。俺はひどく後悔と自責の念に苛まれた。遠い昔の黒歴史になった今でも、それは変わらない。」

 軽はずみな行為から決別した二人が再び出逢ったのは、くしくも気が遠くなるほど月日が経った現代だった。

 その間、彼はずっと自分を責め、後悔していたのだ。

 どれだけ自分を憎んだのだろう。

 どれだけ自分を蔑んだのだろう。

 そう考えると彼がなかなか口を開かなかったのもうなずける。

 私は依然として混乱してはいたが、ようやくてん末を知ることができてどこかホッとしている部分もあった。

 話はそれで本当に終わりなのか、彼はおもむろに覚めてしまった珈琲とケーキに手を付け始めた。

 私も同じように手を動かし始める。

 そして神子だけがマグカップを口につけたまま、二人に何か言いたげな目線を交互に送っていたが、結局何も言わずじまいだった。

 しばらくカップがぶつかる音とフォークを動かす音だけが静まり返った店内に響いていた。

「きっと、運命だったんだよ。」

 ふいに私がこぼした言葉に、彼と神子がこちらを見る。

「過去の話を聞いて、愛し合っていた実の姉弟が、長い年月を経てこうして逢えたんだもの。運命だったとしか言いようがないでしょ? それに……。」

 その先の言葉を紡ぐのになんとなく恥ずかしくなってしまった私は、カップを置いた手でテーブルの上の牡丹の花を弄ぶ。きっと少しくらい頬が赤くなっていたのかもしれない。

「初めて逢ったときから董麻に惹かれてた。何も知らないはずなのにどうしてだろうって思っていたけど、こういうことだったんだなって。私が董麻を好きになることさえも運命だったなんて。」

 思いきって言ったはいいものの、急に体温が上昇してきて思わず顔を伏せた。するとテーブルに置いていた手に温かいぬくもりを感じて視線だけをそちらに向けると、彼が自分の手を私の上に重ねていた。

「俺もそうだ。ずっと昔から変わってなかった、優しい目も、少し照れ屋で素直じゃないところも。今度こそ離しはしないと決めていたのに、あんなことがあってこういう結果になってしまったがな。」

 あんなことというのは、たぶん一年前のあの事件のことだろう。私も当事者ではあるので後ろめたい気持ちがないと言えば嘘になる。

 でも逢えないと思っていたのに、こうして約束の日に逢えていること。それだけでよかった。

 今だから言える、あのとき言えなかった言葉。

 私がグッと顔を上げると、自然と彼と視線が重なる。

 重なっていた彼の手がゆっくりと私の指を絡めていく。

 手のひらが重なる。

 鼓動が速くなる。

 彼は薄く唇を開き、私はすうっと息を吸った。

「「好き。」」

 数千年の月日を超えた二人の想いが重なる。

 照れ隠しなのかすぐに彼は視線こそ逸らしてしまったが、その頬は間違いなく赤く染まっていた。

 少しの間、二人してちらちらとお互いを盗み見るような気まずい態度を取っていたのだが、時間が経てば必然的に視線が合うタイミングがあるのであって、それはすぐに訪れる。

 私は愛しい目を細めて微笑んだ。

 すると不器用な彼もぎこちなく口角を上げた。

 悲しい別れを遂げた二人だが、過去に愛し合っていたその想いは長い年月を経た今でも変わらず、色あせないのであった。

 カップを持ったまま片隅の彫刻と化していた少女が、唐突に激しく咳き込んだ。

「げっふんげふん。おぬしら、まさかわらわがおるのを忘れてはおらんじゃろうな。」

 いささかわざとらしくも聞こえる咳と声で我に返った私たちは、可哀想なくらいに慌ててお互いの手を離したので、取り巻いていた甘々しい雰囲気が一瞬にして霧散する。息を吸えば、店内に染みついていた珈琲の香りが鼻をくすぐった。

「大体、おぬしら姉弟同士恋愛していいのかのう? まさかシスコンブラコンの仲じゃあるまいし。」

「ち、違うしっ! 転生してるからセーフだしっ!」

「ば、バカ野郎! 神話で姉妹兄弟愛なんてよくあるだろ! それが何でシスコンに……。」

 しどろもどろになる私たちを見て、神子は意地悪い笑みを浮かべている。ただ、彼の発言はいささか墓穴を掘ったようにしか聞こえなかった。

「ほう……。海優はセーフとして、董麻は認めるんじゃな。姉妹兄弟愛なんてよくある、なんてほざいておるのだからの。」

 なんとも腹黒い神子の格好の餌食になった彼は、これ以上の失言を避ける為か、はたまた沈黙の肯定か、机に突っ伏したまま何も言わなくなった。

 いじり倒した当の本人はどこか吹く風で言った。

「嘘じゃよ。別に今さら二人の仲をあれこれ言うつもりはない。ただ、幸せそうで羨ましくなっただけじゃ。」

 どうやらヤキモチだったようだ。彼はブーイングまがいの文句を炸裂させているが、その顔はまんざらでもなさそうだった。

 ふいに、カウンターの壁に掛けてあるアンティークものの振り子時計が何度目かの低い音を鳴らした。話に没頭しすぎて気づいていなかったが、今の音で日付が変わっている。

「そろそろ帰るか。長居したらマスターに悪いしな。」

 聞けばこの店は二十四時間営業で、これから通常営業に切り替えて客を入れるらしい。ちなみにマスターはいつ寝ているのか、何者なのか、という疑問は空前絶後でのみ込んだ。

 彼と神子が腰を上げる。

 私はまた離れ離れになってしまうのかと思うと寂しかったが、意地を張って居座るつもりはさらさらなかった。

 遅れてレジスターがある方へ向かうと、ちょう彼がお勘定を済ませているところだった。

「くっそ、スペシャルすれちがいセットのせいで貯めていたバイト代が……。」

 どうやら特別メニューであるスペシャルすれちがいセットは値が張るらしい。向かい側でお札の枚数を数えているマスターは怖いくらいの笑顔でバッサリ言った。

「いえいえ。当店のメニューはすべて良心的なお値段ですよ。」

 お釣りを懐にしまった彼は、改まって私の方を向いた。

 突然のことに私は驚いて、少し後ずさってしまう。

「葉月村に戻るのはまた一年後になってしまう。だが、それまではここ、すれちがい喫茶で逢おう。」

 彼が棒立ちになっている私の手を引くと、気付けば彼の胸に額がついていた。

 お香の匂いと彼のぬくもりが温かくて、背中に回された彼の手が優しくて、私はそっと目を閉じる。

「うん、約束。」

 それだけしか言葉に出来なかったが、それだけで十分だった。

 彼はゆっくりと私を離すと、もう一度笑みを浮かべて、私に背を向ける。

 そしてドアを開けて去っていった。

 私もまた、隣で砂糖菓子を食べすぎたような胸やけと共に顔をひきつらせている神子と共に、ドアを引く。

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」

 マスターの声を横目に外へ出ると、いつの間にか雨が上がったのか雲もどこかへ消え、無数の星々と天の川が宵闇のキャンバスを鮮やかに描いていた。

「そういえば知っておったか? わらわ、実は海優の娘なんじゃ。」

「ええっ!?」

 何の前触れもなく投下された爆弾に、私は今日何度目かのすっとんな声を上げた。

「てなわけで、愛しの董麻がいない間一緒にいてやるぞよ、海優、いや母〜さま〜。」

 語尾にハートがつきそうなくらい気持ち悪くごますりしてくる神子に、私はもはやため息しか出てこない。

 だがこれが、私たちの日常だった。

 空を見れば、織姫と彦星が星になって温かく見守っているような気がした。


 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


 すれちがい喫茶「黒栖」。

 あなたもゆったりとティータイムを楽しんでみてはいかが?

 ふとした体験が、あなたの人生を変えるかもしれない。



終わり






こんにちは。作者の前野巫琴です。

『すれちがい喫茶へようこそ』続編をお読みいただき、ありがとうございます。

ボケっとしていたらいつの間にか前篇の更新からひと季節越していましたね、すみません。


※先に『星合の運命(さだめ)』、この作品の前篇をお読みになることをおすすめいたします。

さて、今回は二人の過去について言及するのがメインでしたが、あらぬことか、禁断の恋まででてきてしまうという……。私もここまで書くつもりはなかったんですが。ちなみにちょっと熱いシーンも出てきます。言い訳じゃないですが、作者は恋愛未経験ですので少女漫画並みにうまくはありません。ぜひ温かい目でお願いします。おっとっと、脱線するところでした。当の二人はシスコンブラコンを否定していますが、まあ今どきの目線から見たらシスコンブラコンの重症者ですね、はい。そんなつもりで書いたわけではないので、どうか健全な目線で読んでいただけると幸いです。


不定期更新の「すれちがい喫茶シリーズ」ですが、更新はまた先になりそうです。

ネタはたんまりあるのですが、時間とやる気が……。世の中の作家さん方を尊敬します。

別の作品も近々投稿したいですが、詐欺る常習犯ですので気長にお待ちください。

それではまたお目にかかれる日まで。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神話の因果関係を良く下調べされ作品に盛り込まれている。 魔界や神界等の空想世界の中にUSAを入れると、しらけてしまいそうだが、そこに強い気持ちを感じる。 神子とホントに仲の良いところが良く…
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