オープニング
世界は平和だ――なんていう人が嫌いだ、大嫌いだ。戦争なんて大々的にする国は減ったし、犯罪も減った。ニュースの内容なんて平和的な物ばかりだし、凶悪犯罪者なんて数日後には逮捕されて逮捕され話題に飢えてるメディが長々と引き伸ばして話をする。平和ぼけだななんてことは言わないけれど――それでも言わせてもらうなら、絶望を知らないから平和だと言えるんだ。なにひとつ平和になんてなっていない、大きく広がった悪意が集まっただけなんだ。そのせいで悪意が見えなくなり、みんなが目を逸らせるようになったんだ。嫌な物を見なくても良い世界は楽しいでしょう――大嫌いだ。
でもこれを知って尚も平和だと言う奴は、頭がイかれているか……どっかの神父くらいな物だと思う。
世界は――大団円なんかでは、終わっていない。
西暦二一二五年、世界は落ちる。
太平洋アメリカ合衆国領海上で突如発生した歪み、それによって様々な天災が発生した。その影響は世界中に広がり、多くの死傷者を出した。
しかし、それだけでは済まず、むしろ死傷者だけで済めば良かったのかもしれない。
始まりは一匹の鳥――アジアから欧米に向かって飛んだ渡り鳥だった。一見何もないと思われたが、なんと骨格や筋肉が変化していたのだ。もやは別の生物ど言えるほどに――具体的に言うと体重が三倍になっていた。
それ以降、世界中で異常とも言える速度で新種が発見された。いや、突然変異と言えるかもしれない。ありとあらゆる生物が突如現れた歪みに呼応するように進化したと言うような科学者も存在した。
こんな短期間で進化するなどあり得ない、と言うのが一般的に言われていたようだが……そもそも超常現象が起こっている状態であり得るあり得ないのことを言っても仕方がないと言う者も少なくなかった。
勿論、人間にもそれは起こった。他の生物ほども見た目や数値に変化は無かったが、それでも大きな変化が起こった。身体能力が上がった者や、不思議だが異性を惹き付けやすくなった者、さらにはマジシャンのように火を出す者も居た。
当初はよくある只の手品だと思われたが、それが数人だったならそれで収まったのかもしれない。しかしそんな超常現象が多く発生してしまい、政府が調査に乗り出すまで時間はかからなかった。
結果、多くの未知物質が観測され、暗黒物質のように『歪み』によって観測不可だった物が見つかったのではなんてことも言われたが、この新たな観測物質によって世界は一気に変わった。
もともと、技術革新によって加速的に世界中が発展して居る最中で、国間の発言力と技術が密接に関わるようになった。もともとこれは航空技術や人口が増えた事による生産力の必要性――と言うのは表向きつまりは冷戦時のように水面下の抑止力の必要性がなったことでミサイルや兵器の開発が進んだから。
人が増え、食糧は減り、外交は疑心的になり貧富の差――立場の差が更に広がった。二十年程前から地球上の四割近い生物がレッドリスト入りし、地球が食い潰される、なんて見出しがよく見えた。
そんな時代に発見された新たな物質――『希望の種』と呼ばれた――はもしかしたら神が、世界が、仕掛けた罠だったのかもしれない。未曾有の大災害によって荒れた世界と隣人愛すどころか疑う程の疑心暗鬼、その世界に残った物に世界が手を伸ばした。もしかしたら当時の人類にはパンドラの希望のようにも見えていたのかもしれない。
しかし、『希望』が持ってきたのは『絶望』だった。荒んだ世界に産み落とされた『希望』を求めて世界が争った。
傷ついた腕を振るって、ボロボロの体に鞭打って、世界に火を放った。世界大戦が始まったのが二十八年。大災害の爪痕が残る中で行われたそれは、長くは続かず二年と数ヶ月で終戦した。それでも、貧困層ですら技術革新によって戦争に参加することが可能となったことで、虐げられた鬱憤を晴らすように大国に牙を剥き、大国が植民地と化すようなことすらありえ、多くの国が生まれて、または姿を消した。
もちろん、日本も無関係では居られなかった。太平洋に浮かぶ島国という関係から、災害の影響を色濃く受けた日本と『歪み』との距離の関係から最も被害の大きかったアメリカ。この二国は戦争において狙いやすく、そして重要視された。
日頃から風雨に晒されていた日本は復興が早く戦争に参戦はせずとも自国の防衛に手を回すことも不可能では無かった。
一方、アメリカは大国としての威厳を保つため、『歪み』の研究にも力を入れていた分、復興に時間がかかった。つまり、アメリカが負けた――具体的に言うとアメリカに核が落ちた。
技術革新が生んだ世界の闇である新型核兵器は安価で大量生産され、復讐とも言える形でアメリカは火の海となり、『歪み』の持ち主は数度変化した。
結果、世界は類を見ない速度で消耗し、勝敗では無く、続けることが困難となって各地で停戦が進んで世界を燃やし尽くした後に、終戦した。しかし、あらゆる場所にその影響は残り、大量の被爆地が存在した。
世界人口最大時の十分の一以下にまで落ち込み、復興は不可能どころか明日の生活を保つことすら困難になり、全人類が弱者となった。
それでも、そんな世界でも撒かれた『希望の種』は、死んでいなかった。地を這って尚、なぜかは分からないが、誰が行ったのか神の所為なのか、言えるのは確かに只当時は祈るしか無かったことだ。
『歪み』による影響の突然変異種――偶然発見された放射線を栄養源とし分解する微生物――それはまさしく最後の『希望』だった。汚染地を浄化していったその微生物はありとあらゆる環境に耐え、悪魔の兵器すら、一つ残らず分解した。
そして、平行して現れていた異能者達も戦争を挟んだせいなのか、一気に増加した。二十年近い年月が経ち汚染地がほとんど無くなったころ、『歪み』発生時に異能が発言した『第一世代』とその子ども達――『第二世代』――によって技術は戦前とは大きく違う方向に移っていった。
多く発見された新物質の内の『希望の種』と呼ばれた物は、生物に作用し、様々な進化を施した。虫などは高速で進化・変異していったが人類は世代を跨ぐごとに多種多様な進化をした。
赤ん坊は皆同じなのだが、歳を重ねるごとに異能どころか姿すら変化してしまい、それによる差別を危惧したことで『希望の種』の研究が重ねられ、進化の方向の多様性を一方向に絞ることに成功し、安定して「第一世代」のような異能の発現が可能となり、その過程で原理の究明もほぼ完了したことによって百年も過ぎる頃には過去の生活は残っていなかった。
現在、二二四五年になった。二百年ほど前には映像や作品の中にしか存在しなかった世界が広がっている。
大量の死傷者を出した事もあって、歴史上最悪の戦争を実際に経験し覚えている者はほぼ居なくなった。爪痕も思い出したくもないという人が多かったらしく微かに残る程度になってしまった。
さて、これからの話は僕と、あの子の馴れ初めなのかもしれない。かもしれない、とは出来れば認めたくないからだ――きっと彼女も認めないだろうし。
一人歩きをし始め異常進歩した科学によって滅びの道を辿りそうになった人類は、今度は科学を触媒に『魔法』に手を出した。今歩いている道が、何処に繋がっているのか、僕には確かめようも無いけれど。
さて、まずは美しく、強くて脆い彼女との出会いから話そう。