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純文学・その他

機械たちの反乱

『起きろー!』

 朝。目覚まし時計の“鈴々くん”が叫んだ。

 ……うるさいなあ、もう……。

『起きろ起きろ、起きろったら起きろー!』

 寝返りをうったぼくの背中に、“鈴々くん”はなおも叫び続ける。

 静かにしてくれよ……。

 よし、こうなったら我慢比べだ。意地でも起きないぞ。

『朝だよー!!』

 しつこいな。

『遅刻しちゃうよ!?』

 ぼくがいつまでも布団の中で粘って起き上がらないので、“鈴々くん”はぼくの頭をぽかぽか叩き始めた。痛い。

『ヒーくん。ヒーくんってば!』

 ぼくは仕方なく起き上がった。腹いせに、

「やかましい。」と言いながら“鈴々くん”を思いっ切り殴って止める。

『痛いよヒーくん。』

 頭を押さえ、“鈴々くん”は涙目になりながら恨めしそうに文句を言った。

「知るか。」

 避けるだけの運動神経がないから悪いのだと、ぼくは冷たく答えた。

「文句があるなら出ていけ。」

 ぼくが言うと、

『うー……。』

 頭を押さえたまま“鈴々くん”は唸った。

 ぼくはそんな“鈴々くん”を放っておいて、部屋を出た。

『おはよう! 今日も相変わらずギリギリだねぇ! ワッハッハ!』

 オーブントースターの“ブンスター”が、やたらと陽気に声をかけてくる。

『さあ早くパンを焼きたまえ!』

 ぼくは、本当は朝パンより御飯が食べたいのだけれど、色々面倒なので大抵トーストですましてしまう。今日も“ブンスター”にパンをセットして、さあ、顔を洗ってこよう。

『食べ物を触る前にまず手を洗いたまえよ。』

 と“ブンスター”が警告してきたが、

「時間がないんだ。おまえが言ったんだろ、ギリギリだって。」

 パンを焼く待ち時間に洗った方が効率がいいと、ぼくは答えた。

 顔を洗って戻ると、“ブンスター”は待ってましたとばかりに、

『焼けたぞ! 今日もいい色だ!』

 と言って頭の上からパンを飛び出させた。パンの表面は少しきつね色になり始めたところのようだ。ぼくは、「もう少し。」と言ってパンを再び“ブンスター”に押し込んだ。

『ああ! なぜ戻すんだ少年よ! 今が一番美味しいのに!』

「いいんだよ。ぼくはもっとこんがり焼けている方が好きなんだ。」

『……体に良くないぞ?』

 ぼくがいいと言っているのに。こいつもうるさいな。

「文句があるなら出ていけ。」とぼくが言うと、

『むっ。』と唸って“ブンスター”は黙った。

 ぼくの家の中は殺風景だ。一人暮らしを始めたばかりで、物があまり無い。着替えなどは実家から持ってきたが、家族共同で使っていた物、特に家電製品は揃っていなかった。あるのは、新しいのを買うから古いのはあげると言われて貰ったオーブントースターくらい。「テレビが無いと不便だ。」と言って、ラジオを無理矢理借りてはきたが……。

 炊飯器が無いから、御飯は一つだけ貰えた鍋で焦がしながら炊くか、炊けているものを買ってくるしかないし、洗濯機も無いからコインランドリーに頼っている。極めつけは冷蔵庫が無いことだ。だから、腐りやすい物は買ってきてすぐに食べないといけない。そのうえ電子レンジも無いから、家で食べ物を温め直すには、一度鍋にあけなければならない。自然、ぼくの食事は近所のコンビニで買ってきたパンや弁当になることが多かった。

「どうせなら、オーブントースターじゃなくて電子レンジが欲しかったのに。」

 ぼくは呟き、“ブンスター”からよく焼けたパンを取り出した。

『今日の天気は曇りのち雨です。念のため傘を持っていった方がいいですね。』

 ラジオの“ディオ”が、横からそう助言してくれた。

『そしてもう出かけた方が良い時間です。』

「サンキュ。」

 ぼくは、溶けやすいバターに代わってジャムを塗ったパンを口にくわえ、鞄を持って慌ただしく家を出た。


『おかえりなさい。』

 家に帰ったぼくを、“ディオ”の落ち着いた声が迎えた。

「あれ……? “ブンスター”は?」

 テーブルの上に置きっ放しにしていったはずのオーブントースターが、消えていた。

『脱走しました。』

「……は?」

 “ディオ”の淡々とした答えの意味が分からず、ぼくは目を瞬いた。

『貴方が出ていけなんて言ったからですよ。』

「な……!? “ブンスター”のやつ、何考えてるんだ!」

 ようやく理解したぼくは、怒って言った。

 “ブンスター”はこっちへ来る時、

『わたしがいないと寂しいだろう、少年よ。ワッハッハ! 仕方ない。どこまでもついていってやるぞ!』

 と言っていたのに。

『トースターよりレンジの方が良かったと言われて拗ねたようですね。それに、逃げ出したのはブンスターだけではありませんよ。』

「……! まさか、“鈴々くん”も?」

『はい。そのまさかです。よほど貴方の横暴に耐えかねたのでしょう。』

「なんて勝手なやつらなんだ!」

 ぼくは叫んだ。しかし“ディオ”は静かに、

『勝手なのは、彼らの方ですか?』

「…………。」

 ぼくは答えられなかった。

『……とうとう雨が降り始めましたね。』

 唐突に、“ディオ”が言った。

『早く迎えにいってあげないと、ずぶ濡れになってしまいますよ。』

「誰が!? 誰を迎えにいくって!?」

『素直じゃありませんね。明日から、一体誰が貴方を起こすんですか?』

 溜息のような声で、“ディオ”は言った。

「お前がいるじゃないか。」

『僕は、鈴々くんのように毎朝叩かれるのは御免です。』

「…………。」

『それに、明日の朝から何を食べるつもりなんです?』

「そんなの、コンビニでおにぎりでも買っていけばいいよ。」

 ぼくはムキになって答えた。

 勝手に出ていったやつらのことなんか知るもんか。

 ……でも、出ていけって言ったのはぼくなんだよなぁ……。

『今、鈴々くんとブンスターは連れ立って商店街を歩いています。――あ!!』

 ボリュームも上げていないのに“ディオ”が大きな声を出したので、ぼくは思わず胸を押さえた。あまりにも大きな音は、凶器だ。心臓に悪い。

『大変です! 鈴々くんとブンスターが、中年の男に連れ去られそうになっています!』

「な……、何だって!?」

『男が何か言っています。……「おまえたちを改造して、高く売ってやる」……。』

「――!!」

 ぼくは上着をひっつかみ、大き目の傘を持って家を飛び出した。

『彼らは商店街の電気屋です!』

 “ディオ”の声が、ぼくを追いかけてきた。


『え? 目覚まし時計とトースターのペア?』

 息を切らし、畳んだ傘から水を滴らせながら駆け込んだ電気屋で、“ディオ”の親類である最新型のラジオは澄ました顔をして、

『知らないわ。』

 と言った。しかしその直後、ぼくは物陰からこちらを覗き見ている“鈴々くん”と“ブンスター”を発見した。

『あっ……。』

 あいつらは慌てて身を隠したが、もう遅い。

「おまえ達、こんな所で何をしてるんだ!」

『ヒーくん……、迎えにきてくれたの?』

 “鈴々くん”がおずおずと言う。

「君が彼らの所有者かい?」

 突然、あいつらの後ろに中年の男が現れた。この電気屋の法被を着ている。店員なのだろう。こいつが“ディオ”の言っていたやつか。

「そうだよ。こいつらは返してもらう! 改造して売り物になんかさせないからな!」

「……それは……、何のことだい?」

 男が戸惑ったように言う。本当に意味が分からないようだった。しかし、“鈴々くん”や“ブンスター”と一緒にいたし……あれ?

 ぼくは、さっきのラジオが「知らない」と言ったことを思い出した。こんなに近くにいて、知らなかったはずはないのに。もしかしたら、嘘をついたのか? だとすると、まさか“ディオ”も……?

「ほら、彼は君たちを心配して迎えにきてくれたじゃないか。帰ってあげたらどうだい?」

 男が“鈴々くん”達に言った。

『でも……。』

『……なあ。』

 むしろあいつらの方が渋っている。

 “ディオ”のやつ、騙したな!?

 家に帰ったら絶対、文句を言ってやる!

 だから……、そのためには早く、こいつらを連れて帰らなくちゃ。

「……帰るぞ。」

 ぼくは多分、怒ったような顔をしていたと思う。

『……うん。』

『やはり、わたし達がいないと寂しいのだな。仕方ない。帰ってやるか。』

 “鈴々くん”と“ブンスター”はそう答え、物陰からこちらへ出てきた。

「やあ、仲直りできて良かったねえ」

 電気屋の男はにこにこ笑って、“鈴々くん”と“ブンスター”に手を振った。

 ぼくはこいつらが濡れないように、傘の中に抱えて帰った。

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