第43話 心の幻影
ヴィルヘルムは、神器に警戒し迂闊には動かない。後ろの2人も同様の反応をしている。
「……」
魔装は、本来強力な固有スキルだ。
魔法を全身に纏っている様に見える魔装だが、厳密に言えば己の肉体を魔力へと変換している。
生物から精霊などの特殊な存在に、近付く変化系固有スキルが魔装の正体だ。
それ故に、魔装を極めれば、生物としての限界を超えた人外の力を身に付ける事が出来る。
嘗て、俺の戦った獣人の数人が、この領域に踏み込んでいた。
神器に魔力を注ぎ込み、ヴィルヘルムに向かい放つ。
「〝神狼の咆哮〟」
暴力的な魔力の塊が神器より放たれ、ヴィルヘルムは次の動作の事は考えずに反射的に躱す。〝神狼の咆哮〟は、ヴィルヘルムには当たらず木々を薙ぎ倒し天へと向かい消えた。
ヴィルヘルムは、〝神狼の咆哮〟の威力に驚愕するが、動きは止める事はなかった。
槍を握り締め、俺に向かって走り出す。
「〝雷槍〟」
雷を纏った斬撃を聖剣で受け止める。すると、槍に纏わりついていた雷が弱まり消えた。
「!」
俺の聖剣【暴食王】は、触れた魔力を喰らう力がある。それは、魔装の魔力であっても例外ではない。
だが、何故か【神器=ヴァナル・ガンド】の能力の1つ〝破壊の神杖〟の魔法無効化は魔装に対して効き目がない。
おそらく、魔装は獣人族固有スキルであって魔法とは違うからだろう。
「〝雷脚〟」
雷を纏った蹴りも神器で防ぐ。
「どうした、魔法は使わないのか!」
「……」
流石に魔法が使えないのは、直ぐにバレるか。
俺が神器を装備中魔法が使えないと予想したヴィルヘルムは、わざと攻撃を神器で防がせながら攻め込んで来る。聖剣も槍の長い間合いを使い、ギリギリの攻防を繰り返す。
側からみれば、戦況は僅かにヴィルヘルムに傾きつつあるように見えただろう。
「はぁあ!」
ヴィルヘルムが動く。大きな動作から放たれた槍の一撃を紙一重で躱す。
「〝神狼の覇気〟」
【神器=ヴァナル・ガンド】から全方位に向けて、魔力の衝撃波が放たれる。それは、周囲の木々を薙ぎ倒し、ヴィルヘルム達の体を吹き飛ばした。
「くそっ!」
〝神狼の覇気〟は、ヴィルヘルム達を一撃で屠る威力はない。それでも、脳を揺らす様な衝撃波を近く受けたなら、次の動きに対応はおろか、最悪意識を保っている事すら出来なくなる。
「血肉を喰らえ【暴食王】」
俺の斬撃は、限界に近い体で防ごうとしたヴィルヘルムの槍と鎧をすり抜け、肉体のみを喰い千切った。
ヴィルヘルムは、驚愕に目を見開き、構えが鈍る。
「!」
俺は神器を空中へと手離し、魔法を構築する。ヴィルヘルムの上空に、魔法陣が浮かび上がる。
「第八階梯魔法〝裁きの天光矢〟」
光属性魔法〝裁きの天光矢〟は、一定範囲内に浄化効果のある光の矢を放つ魔法だ。1つ1つの威力はヴィルヘルムを倒すほどもないが、無数の矢の全てを捌き切れる訳がない。
「ぐっ…」
「捻じ曲がれ」
リツェアの声が聞こえたと思った瞬間、〝裁きの天光矢〟の軌道が曲がり1つもヴィルヘルムには届かなかった。
何をしたのか分からず、俺はヴィルヘルムから距離を取る。
今のは、おそらく何かのスキルだ。
だが、俺の〝裁きの天光矢〟の軌道全てを強制的に捻じ曲げるスキルなんて物は、それ程多く存在しているとは思えない。
「ヴィルヘルム。悪いけど、助太刀させて貰ったわ」
「私達は、仲間が死ぬのを平気で見ていられるほど大人じゃありません!」
漸く少し離れた位置にいたリツェアとメデルが、戦いに加勢してきた。事前に予測していたので、驚きはしない。
「第五階梯魔法〝回復〟」
メデルは直ぐにヴィルヘルムの治療を行う。メデルは、ヴィルヘルムの傷の酷さに表情を顰めるが、応急処置を短時間で済ませる。
「……すまない」
「気にしないで」
「そうですよ、謝らないで下さい。私達、仲間なんですから!」
3人の表情は、それぞれが信じ合い支え合っているように見える。
「……仲間か」
3人の視線が集まる。
「俺には、もう良く分からないな」
「主……」
「トウヤ……」
「……もう、終わらせよう」
「「「!!!」」」
俺の言葉に反応し、3人は構える。
だが、目の前に広がった光景に3人は目を見開く。
3人を囲むように動く、人間の形をした無数の火の人形。その動きは、まるで人間同士が円を描いて踊っているようであった。
側から見れば、滑稽な人形劇。俺から見れば、他人の処刑を面白がる愚民の祝祭。
では、お前達にどう見えている?
「爆裂魔法〝火に踊る道化舞踏〟」
詠唱の完成と同時に、火人形が爆ぜる。爆発は連鎖し、強大な火柱が何度も、何度も立ち上がる。まるで、炎の内側にある何かを拒絶するように、炎は容赦無く円の中の全てを焼き尽くす。
炎がおさまり焦土と化した大地に、3人が倒れている。魔力がまだ消えていない所を見ると、それぞれが何らかの防御手段を用いて耐え抜いたようだ。
「ぅ…」
近くに倒れているメデルとリツェアに向かって足を進める。
『そう、貴方は神の傀儡。もう考える必要などない。全て、私の意のままに。その力を振るいなさい』
ーーーーそうだ。もう、考えるのには疲れた……。
声に従い、聖剣を持つ右手に力が入る。
その時、目の前にヴィルヘルムが立ち塞がった。
全身に負った火傷と流れ続ける出血量は、立っているのが不思議な位だ。そして、既に槍は持っておらず、右目も焼けて開く事が出来なくなっている。
「……トウヤ、あの夜の言葉を覚えているか?」
「何のことだ?」
「憎しみに呑まれれば、其奴はもう人ではない。ただ、哀れで醜い化け物になる、とお前は言ったな」
そんな事も言った気もするな。
「貴殿は……今、その化け物になろうとしているんだぞ!」
醜い化け物?何を今更……。
「……魔人と何が違う?」
「トウヤは、人間だ!魔人など、俺が認めない!!」
「!」
その単純な言葉が何故か胸を抉った。
地形を容易く変え、命を奪う力を持っている俺に対して、ヴィルヘルムの言葉は一切の迷いも淀みも感じられない。
「どんなに強大な力を持っていても、トウヤは人間で……俺達の掛け替えのない、仲間だ」
俺は……分からない。
「だが、それでも復讐を辞められないのなら……俺を殺す事で、復讐を終わらせてくれ」
「……何?」
「俺の命は元々、トウヤに救われた物だ。それに、そんな苦しそうなトウヤを俺は、これ以上見たくない」
俺が苦しそう……?
俺は復讐を望んでいる筈だ。それなのに、どうして苦しそうにみえる……。
『何を戸惑う。貴方は傀儡。私の意に従っていれば良い』
尋常ではない力の込められた言葉が、響く。それに、従い体が動く。
ヴィルヘルムに向かい、聖剣を振り下ろす。
たが、ヴィルヘルムは躱す動作を一切取らない。
寧ろ、全く悔いがない様に笑っていた。
「トウヤ。俺は、貴殿に出会えた事を誇りに思うぞ」
あの時と同じだ。
俺を庇って死んで行く時の明日羽と同じ目をしている。
何故だ。
どうして、自分が死ぬ間際にそんな目を俺に向ける。
目の前に、知らない筈の記憶が走り抜けた。
ぼやけていて、はっきりとは見えない光景だ。
それなのに、そこに立つ3人。俺の嘗ての仲間達も同じ目をしていた。
「!!?」
『……もう辞めろ』
聖剣が、ヴィルヘルムに届かずにすり抜けた。
聖剣が、俺の意思に反して、ヴィルヘルムの魔力だけを喰らい、肉体をすり抜けたのだ。
だが、俺はそんな事よりも、ヴィルヘルムの脇に並び立つ青年の姿に驚愕する。
その姿は、使い込んだ白いローブ纏い、ローブの下には同じ様に使い込んだ軽装を纏っていた。明るい茶髪が、目にかかる程に伸びており、髪の間から見える漆黒の瞳からは揺らぐ事のない意志が感じられた。
そこにいたのは、俺が最も良く知っている青年、〈神導の勇者〉トウヤ・イチノセだった。