第40話 心の幻影
調査村から離れた森の中。
周囲に異常な魔力が満ち、濃い魔力が漂った森の中は静まり返っている。
「……さて、望みどおり来てやったぞ」
俺を誘き寄せた『執行者』の狩場は、濃密な魔力が充満している所為で、俺の魔力感知が狂わせられている。
途中まで、露骨に遺されていた魔力の痕跡も近くに来た瞬間から跡形も無く消えてしまっていた。
俺が周辺への警戒度を高めつつ歩いていると、突如空間に魔法陣が浮き上がり、風属性の魔法が放たれた。
「!!?」
咄嗟に、後方に飛び退き回避する。
だが、次は俺を囲むように複数の魔法陣が展開され次々と魔法が放たれた。
「第七階梯魔法〝聖天結界〟」
俺の詠唱に応え、球体状の結界が展開される。
第七階梯魔法の中でも最硬の防御魔法によって、魔法陣に仕込まれていた全ての魔法を防ぐ。
更に、強力な爆裂魔法をも防ぎ切る。
役目を終えた〝聖天結界〟は、ガラス細工の様に砕け散る。
「これは、設置魔法だな」
設置魔法は、その名の通り空間や身体の一部に魔法をあらかじめ刻み込み、任意で発動できる固有スキルの魔法だ。
設置魔法に仕込める魔法は、術者の取得している魔法と本人の力量により変わるので予測は難しい。それに、設置魔法は距離がある程度離れても使用できるが、先程の絶妙なタイミングから考えると敵は近くにいる筈だ。
醜悪なる女王混蟲と戦った空中に、展開された魔法も設置魔法だったのは間違いない。
だが、何故奴はあの場所にいたんだ。それも、『女王陛下』とか言う奴が関係しているのか。
「……」
現在、設置魔法の襲撃で舞い上がった土煙や木の葉によって敵の姿は見えない。
だが、先程の設置魔法を発動させたタイミングで、僅かにだが魔力が濃密になった場所があった。
……見つけた。
「第六階梯魔法〝乱穿つ風鋭矢〟」
俺は、視界が奪われた先にある大木に向けて無数の〝乱穿つ風鋭矢〟を放つ。
〝乱穿つ風鋭矢〟は、大木を容易く貫きその背後に隠れる魔導師を炙り出す。
現れた魔導師は、『執行者』の証である聖王国の紋章の刻まれた白いローブを纏った青髪の女性が姿を現した。
「漸く姿を見せたか……」
「……魔人め。ここが、貴様の墓場だ」
「お前に出来るのか?」
俺の言葉に執行者の女性は、歯を強く噛み締め睨み付けて来る。
「魔人が、その汚らわしい口を閉じろ!隊長が殺し損なった貴様を、女王陛下の名の下に『執行者』〝第九席〟《浄火》のネストラ・クリンミスが粛清する!」
ネストラは、素早く腰から短杖を抜き風属性の魔法を放つ。そして、俺の周囲に事前に仕込んでいたであろう設置魔法を発動する。
夥しい数の魔法が降り注ぐが、〝聖天結界〟を再度発動し全ての魔法を防ぎ切った。
「くっ、魔人め……」
悔しがるネストラだが、設置魔法の利点は事前に魔法を仕込む事で、魔法発動時に魔力を消費する必要がない事だ。それに比べて、俺は魔力だけでなく、心身ともに疲労している。
時間かけるだけ、ネストラが有利になってしまう。
「どうした。護ってばかりで勝てるのか?」
「黙れ」
俺は〝聖天結界〟を消し、〝身体強化〟を施し一気にネストラに迫る。
ネストラは、ローブに仕込んでいた防御魔法を発動し、俺の剣撃を防ぐと素早く距離を取る。その時、足がネストラの土属性の魔法によって拘束された。
だが、この程度なら直ぐに外せる。
「……ちっ」
僅かな反応の遅れによって、上下左右様々な角度の魔法陣に囲まれる。
「〝聖天結界〟〝氷閉領域〟」
回避が不可能な事を悟って、〝聖天結界〟で体を護り、〝氷閉領域〟でネストラが得意としていると思われる火属性の魔法を少しでも相殺する。
だが、大地を震わせる程の大爆笑と爆風の嵐を完全には相殺仕切れず、全身を地面に叩き付ける。
『医神の波動』で、受けた傷は即座に回復していくが、ダメージは蓄積され続けていた。そして、疲労が溜まって来た事で、回避のタイミングが遅くなっている。
口に入った土や血を吐き出す。
「しぶといな、魔人よ」
ネストラの声が届くと同時に、設置魔法とネストラ自身が放った魔法が襲いかかる。
この場所に滞留し続ける魔力の所為で、一体どれだけ設置魔法が仕組まれているかが分からない。
「だが、終わりだ」
ネストラの魔力が突如として、膨れ上がり、俺を中心に赤く大きな魔法陣が展開された。
「この魔法陣は……」
「広範囲殲滅型炎属性魔法〝粛清の大火〟。貴様を聖なる私の炎で、滅してくれる!」
ネストラは、事前に第八階梯の魔法を仕込んでいた。そして、設置魔法の〝粛清の大火〟の魔法陣に重なる様に、もう一つの魔法陣が展開されている。
「2つの〝粛清の大火〟を同時に使うつもりか!?」
流石に、2つの第八階梯魔法を受けるのは不味い。
殲滅型の魔法は、他の魔法とは威力の格が違う。敵を殺す為だけに創り出された魔法。そこに、慈悲も容赦もありはしない。
魔法陣から脱出しようとするが、そこへ設置魔法により仕込まれていた魔法の雨が降り注ぐ。
どれだけの魔法を仕込んでいるんだ!
「くふ、ふふふふ……そのまま焼き尽くされなさい!穢れた魔人よ!世界を傲慢な悪意により穢し、重ねた大罪の数々、今ここで償え!!」
ネストラの言葉が俺の今まで抑えていた心を抉り、醜くい感情が溢れ出て来る。
「貴様の死を隊長と女王陛下の為に捧げてくれる!!」
冷気を纏ったかのような、凍て付く殺気と己の身体すら焼き尽くすかのような激しい怒り。
それに気付いた俺は、無意識に口角が釣り上がる。
「……ふざけるな」
「何、聞こえないぞ。命乞いか?」
「世界を穢した?罪を重ねた?罪を償え?……ふざけるな!!」
俺は魔力制御により、抑え込んでいた魔力を解き放つ。
「なんて魔力っ!!しかし、もう手遅れだ!」
俺は虚空へと左手を開き、膨大な魔力が集まって行く。
「聖戦の時は来た 封じられし枷を破り
憎悪と憤怒を力へ変え 忌まわしき鎖を噛みちぎれ!『神器=ヴァナル・ガンド』」
俺の詠唱に応え、顕現した狼を模した神器。そして、俺の魔力に答え、杖に絡み付いていた一部の鎖が弾け飛ぶ。
「破壊せよ〝破壊の狼杖〟」
その瞬間、神器と繋がるリンの暴力的な魔力と俺の魔力が混ざり合い周囲に放たれた。
この力は敵を殺す力じゃない。破壊する力だ。
展開されていた魔法だけでなく、設置されていた魔法諸共全ての魔法を破壊する。
「な、何だ、それは!?何故、私の魔法が消えた!!?」
『神器=ヴァナル・ガンド』は、破壊の神器。そして、今放った力は魔法を破壊する力だ。
「始めるぞ」
「!」
俺の殺気を浴び、恐怖と困惑に染まる執行者に神器を構え視線を向ける。
「《浄火》のネストラ・クリンミス。楽に死ねるとは思うなよ」
 




