第35話 忌まわしき森の女王
調査村の裏門も正門と同じように、半壊した門を蜘蛛の糸で無理矢理原型を保たせている。その為、何とか門という役目を保っている程度だった。
魔導師が火属性の魔法を放てば簡単に崩れてしまうだろうが、そこは流石にベテラン冒険者達が第三階梯魔法〝静音〟を発動するように指示して音を出さないように破壊している。
正門側のように、戦闘と陽動を目的にして攻め込むなら必要がない工程だが、住民の救出を目的にする遊撃部隊は、出来るだけ隠密行動をした方が良い。
村に進入すれば俺の言った通り、門から少し離れた位置で襲撃を受けた。
だが、事前に敵の位置と数を知っていたので短時間で処理する。
両手剣に付着した魔物の体液を血振りのような動作で払ったカシムは、俺へ周辺に人間がいないか聞いて来た。
「……魔力は、感じないな」
俺の言葉を聞き、更に奥へと進もうとした所へ周辺を偵察していたヴィルヘルムとミルが戻って来た。虎顔のヴィルヘルムは兎も角、ミルの顔色が悪い。
「人だったものを見つけた」
ヴィルヘルムの静かな声音に、この場にいる多くの冒険者の緊張感を高める。
「……案内してくれ」
カシムの言葉にヴィルヘルムは頷き、門の近くから村の中へと少し進んだ所の大きめの建物へと全員を案内した。
おそらく蔵のようなものだろう。
僅かに開いた扉の隙間から、濃い血臭が漂い不快感のあまり俺は表情を顰めた。
「開けるぞ」
ヴィルヘルムが、両開きの扉へと手をかける。
誰も開けて欲しいとは思っていなかったが、自分達に与えられた役目故に、目を離す訳にはいかなかった。
ギギギ……と、重く不吉さを醸し出す音を立て扉が開かれる。
咄嗟に、リツェアがメデルを抱きしめる。
暗く見え難い蔵の中には、ピンク色の物体が積み重なり、扉を開けた事で血臭が濃くなった。それに耐えられず、数人の冒険者が蹲り、吐いた。それも、1人や2人ではなく、視線を背け嗚咽を堪える者も含めれば、若手冒険者の殆どが目の前の光景に耐えられなかった。
「酷い……」
「…ぅぅ、うぉぇ」
「何だよ、これっ」
「何でこんな事に……」
「おぇ、げぇぇ……」
立ち直るまで時間がかかりそうな冒険者達を背後に、俺は蔵の中に踏み込む。
元は人であったそのピンク色の肉塊は、綺麗に丸くなっている訳ではない。所々に、原型の痕跡のような身体の部位や服のような布が見える。
そんな塊が、奥の壁が見えないくらいに積み重なっていた。
なるほど。ここが蟲の食料庫、という訳だ。
蟲の魔物が持って来たのか、それとも元々この蔵で使われていたのか、室内を冷やす魔道具が設置されている。
少しの間室内を見回した俺は、他に得られる情報はないと判断し第五階梯魔法〝浄化〟を自分の身体にかけ蔵から外に出た。
「カシム、ここにいてもしょうがない」
俺と同じように蔵の中を見回したカシムは、俺の言葉に頷いた。
「……だな。おい、先に進むぞ」
カシムの後ろに、顔色の悪い冒険者達が付いて歩き出した。
暫くその様子を見ていると、メデルが抱き付いて来た。
「……すいません、でも、少しの間だけ」
メデルを見れば、身体が震えていた。
覚悟はしていたのだろうが、それでも受け止めきれなかったのだろう。
いくら聖獣と言っても、まだ12歳だしな。
「……せめて、左手にしてくれ」
「……!はい、失礼しま…」
「「「!!」」」
メデルが慎重に俺の左手を握った瞬間、その倍以上の重さが左手にかかる。
「雪、私も恐いのよ」
「ちょっと、2人とも狭いですぅ」
「むぅ、メデルと私はセットでいける」
リツェア、サティア、ミルの3人が俺の左腕にしがみついて来た。
少し離れた位置で、ヴィルヘルムが溜め息を吐きながらこちらを見つめ、その奥で嫉妬や苛立ちを込めた視線を冒険者達から向けられている。
半分は、俺も同意だ。
「良い加減離れろ」
「サティアとリツェアが離れて」
「嫌よ!元々、私とメデルが雪のパーティーよ」
「それとこれとは話が別ですぅ」
駄目だ、こいつら俺の話を聞いていない。
メデルも慌ててオロオロしている。
「……おい、氷漬けにされたい奴から名乗り出ろ」
「順番にしましょ」
「「はい」」
3人は同時に手を離し、メデルの次に誰が俺の手を握るか順番を決める為に話し合い出した。
「行くぞ」
「……はい」
俺はそんな3人を無視して、メデルの手を引き先へと進んだ。
部隊の最後尾を歩きつつ、周囲の魔力を探りながら歩く。
冒険者達は、建物を見つければ手当たりしだいに生存者がいないか探して行く。
だが、誰一人として生存者を見つける事が出来ていない。
その代わりに、潜んでいた魔物に何度か襲われたが、俺とヴィルヘルムとリツェアが瞬時に対応する。そして、俺の左に立つのもメデルからリツェアに変わっていた。
「なぁ、もう誰もいないんじゃないか?」
誰かが呟いた言葉が、緊張から静まり帰っていた部隊全体に浸透した。
その時、徐々に広げていた俺の魔力感知の索敵範囲内に複数の魔力反応を捉えた。
これは……。あぁ、やっと見つけた。
「……助けて」
ガシャガシャと鎧を鳴らし、冒険者だと思われる男がこちらにやって来る。
「あいつは、確か、金級の奴じゃないか……」
「ああ、調査村にいた奴だ」
どうやら村が襲われた時に、その場にいた冒険者のようだ。
いや、元冒険者、と言った所だろう。
「助け、助ケて、死にタクなイ……」
うわ言のように、その言葉を繰り返す冒険者を生存者だと思った連中が駆け寄る。
「ヴィルヘルム、あの阿保どもを止めろ!」
カシムと並ぶように前方に立っていたヴィルヘルムが、即座に動き、冒険者達の前に立つ。
その途端、鎧の下の肉体を突き破り赤い蛇のような魔物がヴィルヘルムに飛びかかる。それをヴィルヘルムは槍で薙ぎ払い、流れるような動きで地面に落ちた蛇を槍で突き刺す。
「死に死に死二死二死二シニタクナイィィ!!?」
冒険者は幽鬼に取り憑かれたような動きでヴィルヘルムに襲いかかり、身体から伸びた複数の赤い蛇も同時に襲いかかる。
「寄生型の魔物か!?」
ヴィルヘルムが槍を構え、槍に雷が纏わりつく。
「〝雷槍〟」
魔装を発動していない為、威力と速度は低下するが、それでも冒険者達はヴィルヘルムの振るう槍の速度に感嘆する。
ヴィルヘルムは、左右に攻撃を躱しつつ蛇の首を斬り落とす。
冒険者の攻撃は、槍で払い、鎧の隙間から喉に槍を突き刺し、電撃を流し込む。
「〝雷電〟」
油断と無駄が全くないヴィルヘルムの前に、寄生された冒険者は倒れた。
「まだだ!」
敵を倒したと判断し、敵から視線を外したヴィルヘルムに警戒を促す。
「何!?ぐっ……」
生物として死んだ筈の冒険者が動き、身体から飛び出した蛇の1匹がヴィルヘルムに噛み付いた。
直ぐに冒険者から距離を取り、腕に噛み付いた蛇を電撃で焼き殺す。そして、再度槍に雷を纏わせる。
「既に屍人か……哀れだな」
ヴィルヘルムは勢い良く地を蹴り、冒険者との間合いを詰める。飛び出す蛇を斬り殺し、躱し宿主の冒険者へと迫り首を斬り落とす。
「はあ!」
更に、今度は先ほどよりも深く、槍を冒険者の体へ突き刺し〝雷電〟を放つ。
内側から肉を焼く臭いが、周囲に漂い始めた。
「……雪」
槍を引き抜いた後ヴィルヘルムの隣に、左手を握るリツェアと共に立つ。
「もう完全に死んでる」
敵にも厄介な魔物がいる様だ。
「……そうか」
俺は念の為、蛇が噛み付いたヴィルヘルムの腕に触れ〝浄化〟と〝大回復〟を発動する。
「すまん」
「それにしても、何よこの魔物」
「俺も知らない魔物だ」
どうやら、ヴィルヘルムとリツェアは知らないようだ。
「嘗て、ある魔族が研究していた寄生型魔物のベリュームに似ているな」
「ベリューム?」
「別名、赤蛇の蟲。元々生命力が弱く、宿主に寄生しても勝手に死ぬ程度に弱い魔物だ。危険度で言えば、D位だな」
「何故、その程度の魔物が研究されていたんだ?」
ヴィルヘルムの問いに、頭の中で話す内容を纏める。
「肉体を乗っ取った際の凶暴性と生命力が、桁外れに強いからだ。凶暴性は言うまでもないが、生命力も今見た通りだ。宿主が死んでも、その身体を乗っ取り生かし続ける」
俺の言葉を聞いた冒険者達が、表情を顰める。
「だが、繁殖力は弱い。早期の状態なら充分に救える。だが、この冒険者のように、完全に乗っ取られては不可能だ」
斬り落とされた頭に、視線を向ける。
「ヴィルヘルム、詰めが甘いぞ」
「何?」
俺の向ける視線に、ヴィルヘルムとリツェアが気づき、俺達の背後まで近付いていた冒険者達も遅れて気付く。
斬り落とされた冒険者の首の断面に、赤い蛇がうねうねと動いていた。
「「「!!?」」」
「第五階梯魔法〝火柱〟」
地面から立ち上がった火柱が、完全に冒険者の首を焼き払った。
「……さて、行くぞ」
「行くとは何処にだ?」
ヴィルヘルムが、全員を代表して俺に問いかける。
「俺達の目的は、村人の救出だろ?」
「雪、もしかして……」
「ああ、見つけた。ここから少し離れているが、生きている。今の所はな……」
生存者がいた事に、一瞬緩んだ緊張を「今の所は」と言う俺の言葉が引き締める。
その意味は、既に声に出さずとも全員が分かっている筈だ。
「案内してくれ」
カシムに言われ頷いた俺は、遠くの戦闘音を聞きながら村の奥に向かい進んで行く。




