第34話 忌まわしき森の女王
騒然とする冒険者達の方に戻ると、サティアとミルが抱き付いて来る。
「何だよ……」
「雪凄い。これ、ご褒美」
「凄いですぅ!やっぱり何度見ても雪さんは凄過ぎですぅ!」
2人とも悪気がある訳ではないようだが、流石に動き辛いので無理矢理引き剥がす。
2人ともこんなにあっさり引き剥がされるとは思っておらず、驚きの声を上げる。
「あぅ」
「むぅ」
その時、2つの高まっていた魔力がおさまったな。
どうやらヴィルヘルムとリツェアの戦いも終わったようだ。それと同時に、冒険者達から歓声が上がる。
ここが敵地だと言う事を忘れてるんじゃないか。
溜め息を吐きつつ、呆れた視線を冒険者達に向ける。姿は見えないが、おそらくヴィルヘルムやリツェアも同じ気持ちだろう。
その時、メデルがこちらに走って来る。
「怪我人の治療は終わりました。しかし、死者が1名でてしまいました」
悲しそうにそう告げるメデルに対し、サティアとミルが抱き締める。
「大丈夫よ。メデルさんは、悪くありません」
「メデル、良く頑張ってた」
2人はメデルを抱き締めたまま励ます。
「メデル、依頼はまだ終わっていないぞ」
「もう、分かりやすく、気にするなって言えば良いじゃないですかぁ」
微笑みながらそう言って来るサティアには、あえて視線を向けずに部隊のリーダーであるカシムの元に向かう。
カシムは、今の戦闘の勝利に浮かれる事なく被害の報告を聞いていた。
現状で、撤退するのは悪手だと思うが一応聞いてみるか。
その頃には、騒ぐ冒険者達の間を通りヴィルヘルムとリツェアが俺の隣へと辿り着いていた。そして、メデルもしっかり着いて来ている。
「カシム」
「雪……。また、また助けられちまったな」
カシムは、部隊全体を危険に晒した事に責任を感じているのかもしれない。
だが、後から来た俺達がいくら励ました所で結局意味がないだろう。それに、戦闘能力は兎も角、精神と忍耐力ならカシムはなかなかの者だ。
「今度何か美味い飯を奢れよ」
「ぷっ、ああ、分かったよ」
カシムの強張っていた表情が少し緩んだ。
「期待をしてるわよ」
「楽しみです!」
「ん、出来れば肉にしてくれ」
「て、おめぇらも来るのかよ!」
「「「もちろん」」」
綺麗に声が揃った3人に、流石のカシムも少し呆れ完全にいつも通りの様子に戻った。
「はぁー、おめぇら見てたら片意地はってた俺が、バカみてぇだな」
「元々、頭は良くないだろ」
「うるせぇよっ」
再度溜め息を吐き、次には力の籠った眼差しを向けられた。
カシムの言いたい事は、聞かなくても状況を見れば何となくだが分かる。
今回の戦闘で遊撃部隊、特に若手の冒険者達の経験不足が浮き彫りになった。
急拵えの部隊という事もあるが、その所為で、本来の実力を発揮出来ず先ほどは追い詰められてしまった。
更に、通常ならその穴を埋めるベテラン冒険者を多めに配属させる訳だが、現在は、前線の部隊に出ていて最低限の人数しかいない。
これだけ見ると、部隊の振り分けを行なったバルザックが無能だったように感じるが、そうとも言えない。
経験不足な奴を前線部隊に多く配置しても、足手纏いになる可能性があった。
俺がもし指揮官だったとしても、バルザックと似た部隊の振り分けを行なったかもしれない。
では何が問題かというと、それは若手冒険者達のプライドの高さと油断、だろうな。
冒険者は、自分の手の内を隠したがる奴が多い。だからこそ、さっきの戦闘でもおそらく力の出し惜しみをしていた奴はいる筈だ。それに、ヴァーデン王国の冒険者のレベルは他国と比較すると高い。そこで、順調に昇格して来た連中は無駄にプライドが高い奴等が多い。
つまり、この遊撃部隊は、それぞれが自分達の事しか考えていない連中が多い事が考えられる。
俺がもしカシムなら、若手の中でも疲労している者は撤退させて、ベテランと少人数の若手だけを連れて調査村に向かう。
おそらく、カシムも同じ事を考えたかもしれないが、そんな事をすれば回復役が足りなくなるかもしれない。
撤退させた若手冒険者が、プライドを傷つけられたと感じて、大人しく従うかも分からない。だから、戦力の補強と冒険者達への影響力も考えて俺達にこのまま部隊に入って貰いたいんだろう。
だが、そんな事をリーダーのカシムが言えば、余計な波紋を作り出すきっかけになるかもしれない。
「ギルドマスターからの指示だ。俺達も遊撃部隊に合流させて貰う」
「ああ、期待してるぜ」
俺とカシムは、互いに握手をする。
カシムは、戦友に向けるような笑みをこちらへと向けて来るが、俺は視線を何もいない森へと向ける。
「……それで、早速進むか?」
「ああ、遅れを取り戻すぞ」
□□□□□
森を抜け調査村の裏門へと迫る。
「「「はぁ、はぁ、はぁ……」」」
途中木の陰に隠れて、門の周辺の様子を観察して見るが、敵の気配はない。魔力感知にも、周辺に魔物の魔力は感じなかった。
だが、村に入って少し進んだあたりには、何体か待ち構えている様だ。
「「「はぁ、はぁ、はぁ……」」」
「……息が切れ過ぎじゃないか?」
息が切れているのは、主に魔法を専門とする冒険者達だ。戦士職の冒険者は、まだ余裕がありそうに見える。
どうやら、思った以上に前の戦闘で魔力を消費していたようだ。
「雪達が速すぎる」
「そうか」
ここで休んでいたら時間の無駄だ。
「てめぇら、前線部隊が命懸けで戦ってんだ。俺達も命賭けるぞ、良いな!」
カシムの喝が入り、冒険者達の目に力が戻る。
カシムには、指揮官としての才能があるのかもしれない。
「雪、敵は?」
「門の周辺にはいないが、少し進むと敵が待ち構えている」
俺の言葉にカシムは頷き、再度冒険者達に視線を向ける。
「行くぞ」
「「「おう!!」」」
カシムの言葉に遊撃部隊から声が上がり、遂に敵の本拠地へと踏み込む。