第33話 忌まわしき森の女王
眼前には魔物の大群。しかも、全て蟲系の魔物であり、流石にこの数を見ると嫌悪感が半端ではない。更に、背には戦意と隊列を保つのでギリギリの冒険者ばかりだ。
「なんとか間に合ったか?」
「ああ、充分だ」
俺の言葉の意味を理解したカシムは、頷く。
蟲特有の濡れたような瞳と威嚇音が、突如現れた俺達4人に向けられている。
「カシム、地中のサンド・ワームに気を付けながら冒険者達を一箇所に集めろ。……そして、自分の身だけ護れ、と伝えてくれ」
「任せろ」
俺の指示を受けたカシムは、周りの冒険者に指示を出す。文句を言いたそうな連中もいたが、カシムの剣幕に押され渋々従う。
「雪、援護いる?」
ミルが「一応聞いておく」と言って質問して来た。
「必要ないな」
「ですよねぇ〜」
サティアが笑顔で応える。
「さて、時間がない。さっさと終わらせるぞ」
「分かった」
「元々そのつもりよ」
「私は、怪我人の治療に行きます」
再度、接近を開始した魔物を群れを前に、俺達は魔力を練り、手に武器を持ち構える。
□□□□□
ん、やっぱりあの4人は凄い。
まだ、戦闘は始まっていない。でも、分かる。
あの魔物程度じゃ、あの人達には傷1つ付けられない。これは、私が自信をもって断言出来る。
その時、メデルがカシムの脇に立っていた私の所に駆け足でやって来る。
む、やっぱり可愛い。
軽装に薄緑色のマントを纏った白髪の少女。同性である私が見ても愛らしい。だが、不思議な事に、そこには一切の嫉妬といった負の感情が湧いて来ない。
一言で言ってしまえば、神秘的な異質性を持っている。
最初は、桁外れに強い3人と何故こんなか弱い少女が一緒にいるのか疑問でしかなかったが、この異質さに気づいた時から疑問は無くなった。
きっと、メデルだからこそ、あの3人は側に置く事を許しているのだ。
「ミルさん、怪我人は?」
「ん、何人かいる。こっち」
メデルを怪我人が集められた場所に連れて行く。そこでは、サティアと水属性の回復魔法が使える魔導師達で治療が行われていたが、やっぱり水属性では光属性の魔法には及ばない。
メデルが、直ぐに怪我人達に駆け寄り治療を開始する。しかも、瞬時に誰が重傷者か見極めてだ。
確か、雪がとりあーじ、とか言ってた気がする。
周りの冒険者達は、メデルの光魔法に驚いている。
「当然」
メデルは自分を過小評価しているが、光魔法だけを取ってみれば充分に金級としての実力はある。
メデルの比較する対象が雪達だから、自分が弱く見えるだけ。
噂だと、治癒師ギルドが、メデルを勧誘しようとしていると聞いた。
その気持ちは分かる。
メデルの治療を行っている脇で、冒険者達の声が耳に入った。
「あいつら本当に大丈夫なのか?」
「こんな小さな子供まで働かせて」
「てか、援軍はたったの4人かよ」
その声の裏に含まれているのは、失望と疑念だ。
心底のバカ。拠点から離れたこの場所に、こんな短時間でやって来ただけで、只者じゃない事が分かるのに……。
溜め息を吐くのを我慢しつつ、その声のした方をみれば、先ほど慌てていた若手の冒険者達だ。だから、私は鼻でそれを嘲嗤う。
「何だよ?」
「情けない」
「んだと!」
怒りを露わにする冒険者。
だけど、全く怖くない。威圧感も何も込められていない。空っぽで生温い怒りの感情。
「力がないのに、空っぽな自信だけは一人前」
そう少し前の私と同じだ。だからこそ、私は知る事が出来た。
揺るがない真の強さを。
私が持っていた、鈍のような強さとは違う、研ぎ澄まされ、磨き抜かれた弱者を圧倒する力。
「たった3人で、何が出来んだ!」
これは、この場大勢の冒険者の気持ちを代弁した声だ。だからこそ、不快でしかない。
「あの3人だから出来る」
私の視線を間近で受けた若手冒険者は、ビクッと震える。
その時、低く肉食獣のような獰猛さ纏わせた声が冒険者達に届く。
「うるせぇぞ。俺が雪達に任せたんだ。文句があるなら、俺に言え!」
その声を浴びた冒険者達は、絶句する。
金級冒険者としてカシムは有名な方だが、魔法の使えない落ちこぼれ魔族だと影でバカにしていた奴は多い。カシム自身それを認めていた。
だが、最近のカシムは私が見ても見間違えた。
もう誰も、カシムの事を落ちこぼれなんて呼べない。それに、私が言わせない。
私が、カシムの脇に戻った時、斬られた。そう錯覚させる程の殺気と力の本流が、私の身体を駆け抜けた。
ああ。この感覚だ。
最初は恐くて震えていた感覚なのに、今では、この感覚の虜になってしまった。
「……」
もう言葉など出なかった。
いや、この光景を前に言葉など無粋でしかない。
ただ、私は目の前の光景を両眼に焼き付け、肌にこの感覚を染み込ませるように、感覚を研ぎ澄ませる事に集中した。
だって、あの3人は私にとっての英雄だから。
カシムと同じ、私も憧れずにはいられなかった。
□□□□□
背後でごちゃごちゃ煩い冒険者がいたが、カシムが黙らせてくれたのが分かった。
「リツェア、ヴィルヘルム、分かれて戦うぞ」
俺の言葉に2人は頷く。そして、それぞれが抑えている力を解放した。
「魔装〝迅雷〟」
合掌の様に、掌を打ち合わせて雷を全身に纏う。
魔装は、獣人族固有のスキルだが、誰にでも使えるスキルではない。
厳しい鍛錬や才能を磨き続ける事で、手に入れる事の出来る力なのだ。そして、手に入れるだけではなく、そこから魔装をコントロールするまでにも長い時間をかけて鍛錬を重ねる必要がある。
「雷の魔装っ」
「なんて練度の魔装だ!」
ヴィルヘルムは、周囲で騒ぐ獣人族の冒険者達の声など気にもせず、空中に槍を出現させそれを握る。そして、一気に迫って来る魔物の群れの中に飛び込み敵を薙ぎ払う。その巧みな槍裁きに、感嘆の声が数名の冒険者から上がる。
「〝雷電〟」
雷が魔物をつたり、焼き殺して行く。
「〝魔力解放〟」
〝魔力解放〟は、魔力操作が一定以上のレベルまで上達すると習得出来るスキルだ。
これの利点は、魔力が抑えられている状態だとその全体像を把握しきれない、という事だ。
簡単に言ってしまえば俺の持つ〝魔力偽装〟に近い下位互換のスキルだ。
解放された魔力を浴びた冒険者もまた、リツェアに向かって感嘆の声を上げる。
「なんて魔力だ」
「魔力だけなら、アダマンタイト級じゃないか?」
リツェアもまた、冒険者達の声を気にする事は無く魔力を練り上げ魔法を放つ。
数々の歓声と感嘆の声を上げる冒険者達から離れた俺は、2人が戦う反対側に来ていた。
既に、〝身体強化〟は発動している。
「〝実力偽装〟解除」
俺の〝実力偽装〟解除に反応したのは、カシムも含めたベテランと呼ばれる冒険者達が殆どだ。
若手の冒険者達は、気づいていない。
〝魔装〟や〝魔力解放〟のように劇的に、何かが変わる訳じゃない。強いて言えば、雰囲気が変わる、と言った所だ。
だが、だからこそ経験を積み、死の危険を潜り抜けた者だけが、俺の変化に気付く事が出来たのだろう。
まずは邪魔な奴らを先に潰す。
俺は地面に空いている左手で触れる。
「第五階梯魔法〝風の衝撃〟」
ドンッという音が響く。
冒険者達の視線が、俺に集まる。
「来い、蟲共」
俺が言葉を発したのとほぼ同時に、10匹近いサンド・ワームが地中から現れた。
サンド・ワーム特有の気色悪い鳴き声を上げ迫って来るが、目に〝身体強化〟を集中させていた俺からすれば欠伸が出る速度だ。
「第六階梯魔法〝斬風の刃〟」
風が薄く片手剣に纏わり付く。それを10匹近いサンド・ワームに向かって一閃。
風の刃は、キィィィィンという高い音を上げ、何の抵抗も無くサンド・ワームの胴体を切断した。
更に、迫っている魔物の大群に向けて魔法を発動する。
「第六階梯魔法〝氷結凍矢〟」
空中に氷の矢が生まれ、その数を徐々に増やして行く。5 10 20……50発にまで増やした氷の矢が、俺の合図と共に敵に降り注ぐ。
しかも、これは第三階梯にある氷の矢を放つだけの魔法とは違う。
「キィ、キィアッッ」
貫かれ生きている魔物が、苦しみだす。そして、数秒後魔物は絶命した。
氷結凍矢は貫いた相手を、内側から凍らせる魔法だ。その効果を見届けた俺は、迫って来ていた蟷螂のような魔物に視線を向ける。
Bランクのモンスター、ソード・マンティスか。
俺は、ソード・マンティスの鎌を躱し、強化した足で頭を蹴り飛ばす。脳震盪でも起こしたのか、一瞬動きを鈍らせた所に火属性の魔法を撃ち込む。そして、苦し紛れに放ったソード・マンティスの鎌を剣で弾き返し、首の関節を狙って剣を振り抜く。
たったそれだけの単純な動作で、本来金級冒険者が1人では討伐困難なBランクモンスターを倒した。
だが、数は減るどころか、増える一方だ。
「北の果てに創られし園 存在は停滞を望まれ
孤独と静寂が包み込む 流れるのは凍て付く風
天の恵も届かず 長き時を経て園は氷に閉ざされる
第七階梯魔法〝氷閉領域〟」
魔法において、詠唱をする事で威力を高めて、制度を上げる事が出来る。
だが、戦闘における長い詠唱は危険を伴う為、省略されるのが常識だ。その為、戦闘での完全詠唱は、魔法戦闘における高等技術と呼ばれている。
嘗て、初めて異世界に来て魔法を学んだ時、《賢者》と呼ばれる魔導師から詠唱文を叩き込まれた。
素早く詠唱出来るように、何度も練習させられた。側から見れば、早口言葉を練習する子供に見えただろう。
だが、俺はその時間を自分の力とした。
「ふぅー」
俺の吐き出した息が、白く染まり空へと登って消えて行く。
大勢の冒険者達が口を大きく開き、唖然としているのが振り返った時、俺が最初に見た光景だ。
逆に冒険者達が見たのは、波のように迫って来ていた魔物の大群が、まるで氷のオブジェのように変わり、風魔法で粉々に砕け散る光景だった。