第32話 忌まわしき森の女王
相変わらず蟲どもは厄介だ。
さっきから、俺達の部隊を分断させようとしているのか、一定の距離を開けて攻撃して来やがる。しかも、こっちが反撃すると直ぐに逃げやがるから深追いも出来ねぇ。
だが、こっちもミルを含めた感知に長けた連中がいる。そのおかげで、被害も大して出ていない。それでも、状況が好転する事はなく、ジリ貧といった感じだ。
何だか嫌な感じだ……。
例えるなら、娘とメデルの2人から同時に冷たい目で見られた時くらいに嫌な感じだ。
「!」
想像しただけで寒気がしやがった。それに、こういう戦場では頭で考えた答えより、勘に頼った方がいい結果に繋がる事だってある。
寧ろ、頭が悪い俺がいくら考えるより、勘の方が大分マシだ。
実際、戦場での勘に何度も助けられている。
「おい、止まれ」
俺の声で、部隊全体の動きが止まる。そして、ミルを含めた隠密が得意な連中を中心に周囲を調べさせた。
「どうしましたぁ?」
「嫌な予感がする」
本来なら撤退して、もっと良く情報を集めたい所だが、今はそんな時間がある訳がねぇ。それに、ここで俺の苛立ちや不安を部隊の連中に見せたら部隊全体の士気に影響が出る。
何で俺が、遊撃部隊のリーダーなんだよ。
ため息が出そうになるのを無理矢理飲み込む。
「……実は私もです」
最近のサティアは、今までの危うさが抜けて、落ち着きが出て来た。戦闘でも常に冷静でいてくれるから、安心して背中を任せる事が出来る。
勿論、ミルも見違えた。
矢の精度や短剣術は前より遥かに上達しているし、何より精神面では別人の様に成長している。
多少の事では全く動じなくなった。
寧ろ、追い込まれれば、追い込まれるほど実力以上の力を発揮する。
だが、勝手に保護者代わりに思ってる俺からすると2人に嫁の貰い手があるのか少し不安でもある。
こんな事を本人を前にしては、口が裂けても言えねぇけどな。
「カシム!」
その時、茂みから偵察に送った連中が慌てて戻って来た。
「どうした?」
「不味い、囲まれてる」
「何!?」
ミルの話では、大量の魔物がゆっくりと逃げ道を塞ぐように迫って来ているのだという。
どうやら、俺達は誘い込まれてたみてぇだ。
「ちっ、一時撤退だ!」
直ぐに撤退の指示を出したが、ミル達の話だと全員が無事に逃げるのは難しいとの事だ。
嘗ての忌蟲の森で味わった苦い体験を思い出す。
「おい!緊急自体と救援の合図を出せ」
俺の指示に従い、若手の魔導師が空に向けて火球を放つ。
そうしている間にも、敵の気配が近づいて来る。そして、周りの茂み、木の上など俺達を囲むように大量の魔物が姿を現した。
「何て数だ」
こっちも逃げられないと分かった時点で、隊列を組み準備はしていた。
「おい!出来るだけ密集しろ!」
次から次へと魔物が現れる。魔法や遠距離系スキルを放ちつつ、敵を牽制する。
「今だ!」
俺の合図と同時に魔導師が風の魔法を敵に放つ。
更に、ミルも風属性の精霊魔法を詠唱する。
「精霊魔法〝風遊び〟」
精霊魔法〝風遊び〟は、風を一定領域に滞留させ風の流れを操るだけの初歩の魔法らしい。
ミル曰く、洗濯物を乾かす時に便利だと言う。それに、操ると言っても風向きを自由に変えるのが精一杯で第一〜ニ階梯魔法と同レベルと言っても過言ではない。
「今だ!」
俺の声と同時に、魔導師は火属性魔法を放ち激しい爆発を起こす。風が対流している事で火の勢いは収まらず周囲を焼き尽くす。
更に、畳み掛けるように遠距離スキル、魔法を放つ。
火が広がって多少森を焼いちまうが、命には変えれねぇ。それに、こっちには住人の救出の為に回復系の水属性魔法が使える魔導師が多めにいる。消火の問題はない。
敵の影が消えたのを見計らって、水属性魔法が使用出来る魔導師に消火の指示を出す。その間も周囲の警戒は緩めない。
「……来ないな」
「あ、ああ」
若手の冒険者達が、敵影が見えない事を良い事に警戒を緩めた。そして、不用意に陣形から敵を探す為に数歩程離れてしまう。
「ん、下から敵!」
ミルが 周囲の冒険者に警戒を促すも遅かった。
地面から現れた、大口を持つミミズのような魔物に、不用意に陣形から離れた1人の冒険者が噛み付かれた。
現れたのは、地中を移動し敵を捕食するC+ランクモンスターのサンド・ワームだった。魔導師のローブを纏った冒険者は、運悪く喉に噛み付かれ短い断末魔を上げる。食い千切られた喉から血が吹き出し、周囲の冒険者に飛び散った。
「「「ひぃ」」」
「よくも!」
「うぉぉぁあ!」
突然の奇襲を受け、浮き足立つ遊撃部隊。
「まだ!地面にいる!」
再度ミルが周囲の冒険者に警告するが、仲間を殺された怒りと動揺から殆どの冒険者が、その警告が聞こえていない。
いや、聴こえていても、特に若手冒険者達は理解が出来ない。
「バカ野郎!サンド・ワームは、音に反応するんだ!」
サンド・ワームが、ヴァーデン王国周辺で生息している地域はそれほど多くはない。その所為で、音に反応する事を知らない若手冒険者も多い様だ。
俺と同じように、サンド・ワームの習性を知っている冒険者達が若手を止めようとするが、敵はこちらの一瞬の隙を逃す事は無かった。
音に反応し、次々と地中から出現するサンド・ワームと森の奥からぞろぞろと魔物が現れる。全体的に色が黒い所為で、黒い波が迫って来ているように感じた。
俺は、この危機的な状況に舌打ちをし、指示を飛ばす。
「サンド・ワームとの戦闘は、習性を知ってる奴がやれ!それ以外は、迫る敵を迎撃しろ!」
指示を出している間にも、敵が眼前に迫る。
「〝羅刹炎舞〟」
炎が俺の全身から吹き出し、眼前の敵を焼き尽くす。更に、炎を手の形に変形させ敵を薙ぎ払う。
「精霊魔法〝防毒の光布〟」
蟲系の魔物が持つ事の多い、毒の効果を弱める光が周囲に広がる。
「精霊魔法〝乱れ風牙〟」
ミルが、3本の矢を同時に弓に番え風を纏わせる。矢の先端に集まった風は、狼の口のように変化する。
「射貫け」
迫って来る敵に向かって、冷静に矢を放つ。矢は少し奥にいた魔物に突き刺さるが、それまでに通り過ぎた魔物は、まるで獣に食い千切られたような傷が出来ていた。
「すげぇ」
「あれが『精霊の角』か」
「何であれだけ強くて金級何だよ……」
俺達が戦う周囲で、若手達が騒ぎ始める。
「カシムさん……」
「不味い」
確かに俺達は、充分に敵と戦える。
だが、全方位をカバー出来る訳じゃねぇ。
不味いぞ……。このまま戦って勝てたとしても、被害が多すぎて先には進めねぇ。
このままじゃ、村の事を殆ど本隊の連中に任せる事になる。
じっくりと迫って来る敵を前に、冒険者達の戦意が薄れ恐怖が混ざり始める。
「ひぃ…」
「来るなぁ!」
「ちくしょう、まだ戦える!」
駄目だ。経験の少ない若手の冒険者達が、完全に浮き足立ってやがる。
こうなりゃ、全力の〝羅刹炎舞〟で一瞬でも撤退の道を作るしかねぇか。
「ちっ、悩んでる暇はなさそうだな」
魔力を全力で練り上げる。
その時、獣の咆哮が響き渡る。
「「ピュァァアアアア!!」」
鳥系の魔物のようにも似ているが、今まで一度も聞いた事のない咆哮だ。
その謎の咆哮に、俺達と魔物共の意識が向けていると、あの4人が俺達と魔物の間に重力を感じさせない動きで空から舞い降りた。
「カシム、救援だ」
 




