第29話 忌まわしき森の女王
約束の1時間後に集まった冒険者達が、一箇所に集まる。そこでは、ギルドマスターであるバルザックが自らパーティー名と人数、ソロの名前を記録し、簡単にであるが作戦が伝えられた。
どうやら、今回集まった冒険者を村の正面と裏側の2箇所から攻める部隊とその2つの小隊を同時にカバーする後方支援部隊の3つの小隊に分けるそうだ。
詳しい振り分けは、調査村付近に到着後に発表される。
「改めて、今回の依頼を受けてくれた事を感謝する。それでは、ギルド側で用意した馬車に乗り移動してくれ。馬車があるパーティーは、そちらを使用してくれて構わない。それと、申し訳ないが、相乗りが可能な所は相乗りしてくれ。見張りも交代で行うように」
冒険者パーティーのリーダーを集めた簡単な会議を終えたところで、バルザックが全体に向けて大声で謝辞と指示をだした。
その声を聞いた冒険者達は、ギルドが貸し出す馬車に乗り込み移動を開始した。
俺達は、列の1番後方に並び、ヴィルヘルムが馬の手綱を握っている。
前との馬車との距離を開けすぎず、縮め過ぎない絶妙な位置を常に保つヴィルヘルムの腕はなかなかだ。そして、俺とリツェアは、外で馬車の周りを警備し、メデルはヴィルヘルムの隣に座り馬と会話をしている。
会話をしている、と行っても簡単な意思疎通ができる程度だそうだ。
これは、聖獣特有の能力なのか聞いてみたが、メデル自身も良く分からないらしい。
だが、会話相手の2頭の黒毛の馬達も何だかご機嫌なように見えるので、意思疎通が出来るのは本当なのだろう。
「あ、あぅ、ごめんなさぁい」
「反省、してる……」
「ぐぅ、雪、もう勘弁してくれ」
これから戦場に向かうとは思えない程に、澄み渡った青空の下、まるで拷問を受けている様な声が馬車の中から聞こえる。
馬車の中を覗けば、両腕に『虚弱の腕輪』を身に付けたカシム達が、四つん這いの状態で馬車の中にいた。
「依頼直前まで飲んでいるなんて、随分余裕だな」
「それは悪かった、この通りだ!」
頭を下げようとしているのだろうが、身体に力が入らず必死な目が言葉以上に感情を伝えて来る。
「悪いと思うなら、訓練に励め」
「ぅぅ、私達は無実」
「何言ってるのよ。連帯責任、自業自得でしょ」
「そんなぁ〜」
ヴィルヘルム、リツェアの順に言われ3人は四つん這いのまま、揺れる馬車の中でプルプル震えていた。
身体能力が弱体化している所為で、馬車が揺れる衝撃を上手く逃せず何度も馬車の床に転がっている。
俺は先程、3人から飲んだくれた状態で待ち合わせ場所に現れた理由を聞いた所、その何ともくだらない理由にこの罰を決定した。
罰、と言っても馬車の中で、3人揃って立ち上がればそれで終了だ。
「カシム、早く立って」
ミルが、鬼気迫る表情をしているカシムを促す。
「ふざけんな!ミルが先に立て」
「……私は、いつでもやれる」
「嘘つけぇっ」
カシムの言う通り、ミルも汗を流し辛そうで立ち上がれそうには見えない。
「雪さん、流石に2つは無理ですよぉ」
「俺は2つ付けてるぞ」
俺はサティアに見えやすいように、両腕に付けた『虚弱の腕輪』を見せた。
他にも、リツェア、ヴィルヘルム、メデルも現在1つずつ身に付けている。それを説明してやるとサティア達が驚愕する。
「何でこんなもん付けて平然と歩けんだよ」
「凄過ぎて、もう良く分かりません」
「同意」
調査村は、ヴァーデン王国から忌蟲の森に向かう過程にある為、王国から3時間程で辿り着く事が出来る。
忌蟲の森の調査村と言っても、村の位置は王国側に近い森の外れの方だ。
間違いなく危険ではあるのだが、住民の殆どが逃げ遅れる事は考え難い。しかも、相手が魔物の大群なら、村の防衛よりも国に逃げた方が助かる確率が上がる筈だ。それに、調査村と名付けられるだけあって、森内部の調査をしていた事で、異変にも早く対応出来ただろうに。
「おい、雪、これじゃ依頼の前に、へばっちまう」
カシムの言葉にも一理ある。
「分かった。後30分」
「ん、頑張る」
「うー、きついよー」
「倒れたら延長だからな。全員立ったら、そこで終わりだ」
「2人とも倒れんじゃねぇぞ!」
「「こっちの台詞!」」
「いや、立てよ」
最近のカシムは、多少の魔力操作が出来るようになっているがまだまだ未熟だ。実際、今四つん這いになっているのも辛そうで、歯を食い縛って気合いで耐えている状態に見える。
逆に、元々魔力操作が得意なエルフ族のサティアとミルは、良い具合に形になって来ている。
魔力の循環もスムーズで、後少しで〝身体強化〟の及第点を上げても良いかもしれない。
3人が必死に時間を消化している間は、特に襲撃もなく順調に進んだ。
「ぁ、あ〜終わったぁ」
「限界」
「体に力が入らねぇ」
3人同時に馬車の中に突っ伏し、メデルが労いの言葉をかけながら『虚弱の腕輪』を回収していく。
「そんなに難しいか?」
俺とリツェアは、同じくらいのタイミングで『虚弱の腕輪』を外す。
「んー、私は大丈夫だけど。あの3人は、元々腕輪1つで立ち上がるのが限界だったから」
「なるほど」
どうやら、本当に難しかったようだ。
カシムは兎も角、サティアとミルなら立ち上がるくらいは出来ると思ったんだが……。
「少し休憩するか?」
「そうね」
俺がリツェアに聞いてみると、微笑みながら頷かれた。
俺とリツェアは、動き続ける馬車にタイミングを合わせて飛び乗る。
俺は、アイテムボックスからフルーツジュースを入れたピッチャーを取り出す。
いくつかの果物を合わせてはいるが、味はオレンジジュースに近い。それに、フルーツジュースを入れているピッチャーにも〝冷却〟の効果が付与されている為、緩くならず冷えたままだ。
メデルは、全員分のタオルをポーチから出して配る。
メデルが持つポーチの様な魔法道具は、俺のアイテムボックスに近い性能がある。そして、ヴァーデン王国には、凄く高価ではあるがアイテムボックスに似た魔法の込められた魔法道具が売られていた。
ただ、異世界人のアイテムボックスや天界で作られたメデルのポーチよりは性能が格段に劣る。
どうやら、メデルも腕輪を既に外しているようだ。
「主、私が変わります」
「いや、メデルも少し休め」
そう言って、飲み物を注いだグラスをメデルに手渡す。その意味を理解したメデルは、眩しい程の純粋な笑顔で「ありがとうございます」と俺に礼を言った。
飲み物を手渡すくらい普通だと思うんだが。
同じように、リツェアとカシム達にも注いでやる。そして、馬の手綱を握るヴィルヘルムにも持って行き、隣に腰を下ろす。
「すまん」
「気にするな」
俺は、ヴィルヘルムの手綱を握る手元を見る。
3年前の経験もあり、今でも馬には乗ったり、指示を出す事も出来るがあまり得意じゃない。それに比べヴィルヘルムは、器用に手綱を操り馬に指示を出している。
悔しいが、俺にはここまでの技術はない。
「貴殿は馬に乗れるのか?」
ヴィルヘルムの質問に、「あまり得意じゃない」と応える。それを聞いたヴィルヘルムは、何故か少し嬉しそうだった。
「悪いな。あの雪にも、苦手な事があるとは思わなかった」
「……苦手な事だらけだよ」
「ん?」
どういう事だ?と言う視線をヴィルヘルムから向けられる。
いや、それだけじゃない。先ほどまで、馬車の中で飲み物のお代わりを奪い合っていた連中も俺へ視線を向けている。
「俺に出来るのは、魔法を唱え剣を振るう事だけだ。それ以外には、何も取り柄がない。強いて言えば、料理が人並みに出来る事位だな」
最後は少し冗談のつもりだったのだが、誰も笑わず馬車の中から鼻水を啜るような音が聞こえて来た。
「雪、おめぇって奴は……」
「ぅぅ」
「サティア、ハンカチ使って」
「ミル、ありがとう」
何でそうなる。どこに感動する所があったんだ。
心の底から俺は疑問に思う。
その後もカシム達と会話を続け、気付けば目的の調査村まで後少しと迫っていた。