第26話 忌まわしき森の女王
いつも早朝は 大勢の冒険者でごった返している冒険者ギルドだが、今日はどうやらいつもと雰囲気が違う。何処かピリッとした緊張感が、冒険者ギルドの外にいても肌で感じる。
仮冒険者登録である、言わば仮冒険者の俺達まで招集するって事はそれだけ切羽詰まった状態なのだろう。
俺は、最近は減って来ていた溜め息を吐きながら、冒険者ギルドの木製のドアを開けた。
すると、ギルド内からは、最近増えて来た冒険者達からの視線が一斉に俺達へ向けられる。しかも、視線には様々な感情が宿っており、今日は大勢の冒険者が集まっている所為で集まる視線も多い。
「おっ!おめぇらもやっぱり呼ばれたのか!」
大勢の冒険者がいても、カシムの声は、はっきりと聞こえる。
「カシム、これは何の騒ぎだ?」
顔に傷を持つ大柄のカシムとエルフ族であるサティアとミルが、人の群れを掻き分けながら俺達の元にやって来る。
その顔には、仲の良い知り合いに街で会った様な笑顔が浮かんでいた。
「雪、おはよう」
「おはようございますぅ」
「雪、相変わらずしけた顔してんな!」
人に会うなり、「ガハハハハ」と笑うカシムを軽く睨み付ける。
「そんなに怒るなよ。今度、美味い店紹介してやるから」
「分かった。それで、何があった?」
カシムは、俺達を他の冒険者から離れた壁際まで誘導する。そして、俺達にだけ聞こえる程度の声で事情を話す。
「実は、忌蟲の森を調査する為の調査村が、蟲の魔物の群れに襲われたんだ」
「蟲……」
蟲という単語を聞いた瞬間に、リツェアが落ち込んでしまった。
「ギルドは、金級以上の冒険者に、住人の救出と魔物の討伐を目的にした緊急の依頼を出すつもりだ」
カシムの話を聞いて、1つ気になる事があった。
「待て。俺達は、仮登録中の冒険者だぞ」
「雪達は、実力で選抜されたんだろ」
確かに、鶏冠蛇竜の異端王と言う凶悪な魔物をカシム達のパーティー『精霊の角』と協力して討伐した事で、俺達への冒険者ギルドからの評価は急激に変化していた。
「……そうかもな」
「それよりぃ、雪さんまたご飯食べに行っても良いですかぁ?」
「ご飯、ご飯」
俺との距離をいつの間にか縮めていたエルフ2人組み。
「勝手にしろ」
適当に返事をしつつ、周りを見渡していると2階に繋がる階段から狼の獣人が降りて来る。おそらく、冒険者ギルド内でそれなりの立場にある人物だろう。
階段から降りて来た獣人の男が、息を吸い込み発した声が冒険者ギルド内に響き渡る。
「朝早くに集まって貰って感謝する!詳しい事は、2階で話す。金級以上のパーティーを組んでいる者は、リーダーのみが2階に上がって来てくれ」
それだけ言うと、獣人の男は2階へと上がって行った。
今のは、どうやら魔力を声に込めて放っていたようだ。
いや、他にも何かしらのスキルを発動していたのかもしれない。
「ふぁ、狼の獣人さんですね」
そういえば、メデルは最近ヴィルヘルムの耳や尻尾を触らせて貰っていたな。子供だからか、もふもふした感触が好きなのだろう。
「ギルマスの魔力を受けてその反応なんて、流石だなメデル」
カシムが、乱暴にメデルの頭を撫でる。
「そ、そうですか?」
「ああ!俺なんて、最初受けた時はビビっちまって…」
「ちびったのか?」
「雪、変な事言うんじゃねぇ!」
「えぇー、漏らしたんですかぁ?」
「大丈夫。奥さんには言わない」
仲間の2人から温かい視線を受け、頬を赤くしつつ叫ぶ。
そんな事より、俺はカシムが結婚していた事に驚愕する。
だが、カシムの年齢的に結婚していても不思議な事はない。
「ちげーよ!雪、さっさと行くぞ!」
カシムは、ズンズンと人混みを掻き分け進んで行く。俺も、衝撃の事実を整理して、カシムに続き人混みの中を進んで行く。
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2階に続く階段を上ると、そこには何人か見知った冒険者達がいた。見知っているとは言っても、挨拶程度の会話しかした事はない。
俺が周囲の様子を確認している、とコソコソと話す声が聞こえて来た。
「はぁ?あいつも参加するのか?」
「まぁ、鶏冠蛇竜を倒すだけの実力者だからな」
「生意気だが、結果は出している」
「だが、正直不気味だよな。会話は碌にしねぇし、雰囲気も冷てぇしな」
「才能って奴は、残酷だな。俺達の苦労より、才能があるだけで優遇されるんだからな」
俺に、わざと聞こえる声量で話しているようだ。
「面倒な連中だ」
呟いた声は、隣にいたカシムには聞こえたようで、俺の愚痴を言っている冒険者を睨み付ける。
俺も横目でカシムを見つめたが、俺が見てもその顔は迫力があった。
カシムの顔を見た冒険者達は、そそくさと人の中に消えてしまった。
「クソがっ……。悪りぃな、不快にさせちまって」
「何でカシムが謝るんだ?それに、あの程度の陰口なら好きに言わせておいて良い」
100年前も同じような事を何度も言われたし、1ヶ月ほど前まで、あれ以上の罵声や嘲笑をクラスメイトから受けていた。
「んー、あれだ。無理だけはすんなよ」
カシムが俺を気づかってくれるのは、正直嬉しい。
だが、最近落ち着いて来て分かった事がある。
やはり、俺は100年の勇者とは違う。
戦闘能力とか、そういう事を言っているのではなく、他人が苦しんでいる姿を見ても全く何も感じなくなっていた。
苦しい、辛い、悲しい、などの感情を抱いている事は予想出来るし、理解する事も出来る。
だが、それだけだ。共感は出来ない。
まるで、氷の壁に囲まれている様だった。
凍りついた先の景色は、透けて見えても、自分のいる世界とは違う世界の話。俺には関係のない世界。そんな違和感の様な感覚を感じていた。
「……き、……ゆーきー。…雪!」
「何だ?」
どうやら塾考し過ぎて、カシムが話しかけて来た事に気付くのが遅れたようだ。
「もうとっくに全員集まってるぞ!」
カシムが指差す方を見れば、既に2階に上がっていた冒険者は部屋の奥に立つ獣人の男の周りに集まっていた。
俺とカシムも 少し急いでそっちに向かう。
「改めて挨拶するが、俺がヴァーデン王国冒険者支部のギルドマスター、バルザック・ラウシュルツだ」
ギルドマスターのバルザックは、威厳たっぷりの声を響かせる。
「バルザックは、元アダマンタイト級のソロ冒険者で、半年前まで現役だったんだ」
ソロ冒険者とは、その名の通りパーティーを組まず1人で依頼を受ける冒険者の事だ。
勿論、依頼によって一時的にパーティーを組む事もある。
「半年?それじゃ、ギルドマスターになったのは、本当につい最近なのか?」
「ああ、約2ヶ月くらい前だ」
俺とカシムが、1番後ろの方で話をしていると強い視線を感じた。そちらを向けば、獲物を狩る寸前の獣の様な目をしたバルザックが俺達を睨んでいる。
2人揃って口を閉じ、バルザックの話に耳を傾けた。
「今回の事件を既に知っている者もいると思うが、忌蟲の森にある調査村が蟲の魔物を主体にした群れに襲われた」
その言葉に、2階全体に緊張感が包まれる。
「脱出して来た者の話では、村を襲った魔物は魔法耐性、斬撃耐性、火耐性などのスキルを持っていたとの情報もある」
その後も、幾つか情報が伝えられる。
遂に我慢出来なくなったのか、何人かの冒険者が口を開いた。
「それって、私達が不利なんじゃ……」
「耐性スキルか。厄介だ」
「……話を続ける。今回の依頼内容は、調査村の住民の救出及び魔物の討伐だ。参加報酬は、最低でも1人に金貨3枚は約束しよう。追加報酬は、依頼達成時に国と相談し決定する」
再度場が騒つく。
無理もない。この依頼を受けるだけで、金貨3枚が約束されるのだ。
因みに、依頼の難易度などによって依頼料に差はあるが、金級冒険者を雇う基本報酬が約大銀貨5〜10枚。一般的な宿に、一泊二日すると銀貨3〜5枚はかかるらしい。ただ、宿でも、食事付き、相部屋なし、防音などの条件によって値段の差は大きくなる。
それから考えると今回の依頼は、破格の額だが、それだけ冒険者ギルドが今回の依頼を重要視している事になる。
ここで金に目が眩んで、依頼を受ける奴がいれば死人は増える。だからこそ、依頼の受注条件を金級冒険者以上にしたのか。
「ただし、この依頼はそれだけ危険だ。相手の魔物は、今までの戦い方で勝てる相手ではない。事実、調査村には金級と白金級の冒険者パーティが警備に付いていた」
バルザックの感情の籠った声に、今まで浮き足立っていた冒険者達の表情に影を落とす。
それも当然だ。自分達と同級か、それ以上の冒険者がいても手も足も出ずに調査村を奪われた。それは、相手が数で勝ったのか、それとも手に負えない程の強敵がいたかのどちらかだ。
「出発は1時間後だ。それまでよく考えて、依頼を受ける覚悟がある者は、依頼を受注して西門に集合してくれ」
話し合いはここで終了となり、ぞろぞろと1階へと続く階段に向かって歩いて行く。
俺とカシムもその流れに合わせようとした所、バルザックから話があると呼び止められた。
結局2階に残ったのは、俺とカシムとバルザック、それと副ギルドマスターだという女性だけだった。そして、何故か俺は先程からバルザックに睨まれいる。
「あの、何か?」
「……いや、君は今回の一件をどう見る?」
「どう見る、とは?」
「久方振り現れた期待の新星である、君の意見を聞きたい」
バルザックが俺に向ける視線は、純粋な興味の範疇を超えた感情が込められている様に感じる。
「正直、何とも言えません。何かの前触れかもしれませんし、単なる不運な事故かもしれませんし……」
「不運な事故、か」
俺の言葉を聞いたバルザックの瞳に、動揺が走ったかの様に揺れた。
「……では、今回の依頼内容についてはどうかな?」
「何故それを俺に?」
「理由は先程言った通りだ」
質問の意図が分からないが、正直に答える事にした。
「今回の依頼は、魔物の討伐と村人の救出ですよね?」
「そうだ」
「俺は、討伐に専念する必要があると思います」
バルザックの俺を見下ろす視線と俺の視線が交錯する。
「人々を見捨てろと?」
「魔物を下手に取り逃せば、国が危険に晒されるかもしれない。それなら、調査村の人間を見捨てる事は、当然の判断でしょう」
「……君には、その覚悟があるのか?」
「覚悟なんて必要ありません。それが、力を持つ人の責任ですから」
バルザックが一瞬息を呑み、表情が強張った様に見えた。
「……そうか。なら、今回の依頼には必ず参加して貰う」
「分かりました」
俺は、カシムを置いて階段へと向かった。
背中でカシムがバルザックと言い争う声が聞こえたが、無視してそのまま階段を降りこちらを見つめるメデル達の元へと向かう。