第24話 猫
「何あれ?」
ミルの声に、カシム達のパーティーが俺の背後から歩み寄る者に視線が釘付けになる。
「ありゃ、ケット・シーか」
「あ、お疲れ様です」
メデルが茂みから現れて、歩いて来る三毛猫に駆け寄った。
良く見なければ、幼女が猫を撫でる場面なのだが、客観的に見るとやっぱり異世界なんだなと感じる。
まず猫が、二足歩行で足には毛皮で作ったブーツを履き、頭には羽が飾られた深緑色の三角帽子、毛皮のコートにズボンまで履いている。
更に、あまり似合っていないが金色の糸で刺繍された羽毛のマントまで羽織っていた。服だけ見れば、センスの悪い何処かの王様の様である。
だが、その腰には使い込まれたレイピアが装備されており、鞘で隠しているが研ぎ澄まされた魔力が込められている。
「ゴロゴロ〜」
「おい、仕事は終わったのか?」
名残惜しそうにメデルの脇をすり抜けると、三毛猫のケット・シーは俺の前に来て跪いた。そして、クリクリとした目を細めながら口を開く。
「旦那、もう少々お待ちを。俺っちの一族総出で解体作業をしていやすニャ」
見た目通りの語尾に、『ニャ』を付けた話し方と盗賊の下っ端の様な話し方をするケット・シーにカシム達が固まっている。
メデルたちも最初は固まってたし、しょうがない事なのだろう。
「別に急ぎじゃなくて良いから、丁寧に頼む」
「はは!俺っち達の一族が、必ずや旦那の期待にそってみせやすニャ!」
「喋った……」
ミルの言葉に、ケット・シーは貴族の様な一礼で返す。
「お初にお目にかかりやす、御嬢さんと鬼の方。俺っちは、ニャンコ一族の長ラッセン・ティム・ニャンコと言いやすニャ」
「言葉は可笑しいが、悪い奴じゃ無い」
「旦那方に悪戯を仕掛ける様な恥知らずは、俺っちの一族にはいませんニャ」
ラッセンは、人懐っこい笑みで俺を見上げる。それを「可愛い」と言って、リツェアとメデルが撫で回す。
「いやいやいや、可笑しいだろ!」
「言葉が?」
「ちげーよ!ケット・シーだぞ、しかも亜種」
ケット・シーは、精霊と魔物の間の獣や妖精猫とも言われる種族なので確かに珍しい。
だが、偶に人間領で盗みや悪戯をしているから見た事がある奴も多いと思ったんだが……予想外だ。
「ケット・シー、超希少。滅多に見られない」
「それに、言葉を流暢に話すって事は亜種ですよね」
「しかも、一族の長とまで来やがった」
俺が説明を求める様に、ラッセンに視線を向ける。ラッセンは、快く承諾する様に一度頷いた。
「お三方の言ってる事は、少し違いますニャ。ケット・シーは、色々な国に住み着いていますので、知らず知らずの内に会ってる筈ニャ。そして、言葉を流暢に話す事が亜種の証ではなく、長である事が亜種の証なのニャ」
更に解説を続ける。
メデルはメモを取る。
「ケット・シーは、特殊で長になると固有スキルを得るんすけど、それが亜種の証になりやすニャ。まぁ、俺っちの一族は影猫族とも言われやすので、出会う回数は極端に少ないっすけどね。……他に質問は?」
ラッセンの言葉に、ミルが手を上げる。
「ケット・シー、人に懐かないって聞いた」
「あぁ、旦那は特別っすね。命の恩人なんすけど、詳しくは言えないニャ」
「むむ」
カシムたちはまだまだ質問が足りないと言った様子だが、言葉が口から出る事はなかった。
何故なら、森の奥から黒い風呂敷を抱えたケット・シーが大勢やって来たからだ。しかも、風呂敷1つ1つがケット・シーたちの背丈の倍はある。
カシム達は、開いた口が塞がら無いと言った様子だ。
「お!来たか、お〜〜〜〜い!」
「「「「長〜〜〜〜!!」」」」
大勢のケット・シー達が、一斉に手を振る景色は中々に良い。そして、目の前に次々と頼んでいた物が山の様に積み重ねられる。
「約束通り、女王3体分の素材はこれで全部ですニャ」
黒猫のケット・シーから報告を受けたラッセンは、和かに俺へと報告をする。
「約束通り、素材にならない部位は全てお前達にやる」
「「「「今日はご馳走だぁーー!!」」」」
「悪いが、あれも頼む」
俺が、鶏冠蛇竜の異端王を指差すとラッセンも素早く一族全体に指示を出す。
「追加で解体するっすよ!」
「「「「解体すぜ!ヒャーハー!!」」」」
世紀末の悪党の様な叫び声を上げるケット・シー達。そして、自らの影から取り出した解体の為の道具は、使い込まれ、悪党らしさが醸し出されている。
ちょっとだけ、ラッセンの一族の思考が気になってしまったが、何も言わずに目の前に積み重ねられた風呂敷をアイテムボックスの中に放り込んで行く。
アイテムボックスの事は、この10日間の間にカシム達も見飽きたのだろう、ツッコミを入れて来る事はない。
「良し、帰るか」
「うぅ、分かりました」
「帰るぞ、リツェア」
未だにラッセンを撫でるリツェアをヴィルヘルムが抱える。
「あ〜〜猫!」
「それじゃ、旦那。血抜きとかもありやすんで、夜には届けやすね」
「頼む」
4人が森を進んで行く中、カシム達は未だに血抜きをされている鶏冠蛇竜の異端王を眺めていた。そして、カシムは隣で鼻歌を歌うラッセンを見る。
「なぁ、雪ってのは何者だ?」
「……あ〜旦那ですか。うーんと、教えても良いっすけど、生きてはこの森から出さないっすよ?」
「っ」
その瞬間、カシムの全身から汗が吹き出し鶏冠蛇竜の異端王よりも濃密な死の予感と恐怖が全身を走り抜けた。
意識を少し周りに向ければ、ケット・シー達は解体作業をしながらもこちらの一挙一動に意識を向けている。それに、カシムが気付いたのを見計らった様にラッセンは口を開く。
「1つ豆知識っす。ケット・シーの危険度は知っていやすか?」
「……確か、C+」
「ニャハハ!確かに、一族によってはそれくらいニャ」
ラッセンは、何がそんなに面白いのか腹を抱えて笑っている。
「俺っちも人の基準は良く分かりやせぇんが、あの 鶏冠蛇竜の異端王なら俺っち1人でも楽勝っすよ」
「「「!!」」」
「……冗談ニャ」
ラッセン自身が、「冗談」だと否定したが、先程感じた死の予感がカシムに疑問を抱かせる。
「後ろの御嬢さん達は、聞いた事があるんじゃないっすか?竜殺しの猫の話」
「……嘘、貴方が?でも、物語と姿同じ」
「確か、100年前にエルフの里を襲った黒竜を討伐したケット・シーの英雄」
「二ャハハハ!何か、むず痒いっすね!でも、これで分かりやしたよね?俺っちは本気っすよ」
目を細め、口角が上がる。
「旦那の事が知りたきゃ、命を賭けるんすね」
威嚇にも等しい笑みを浮かべたラッセンに、カシム達の体は、再び恐怖で支配されていた。
だが、次の瞬間には既に恐怖は消え幻を見たとさえ思ったが、全身から流れる汗と荒くなった呼吸が先程のが現実だったのだとカシム達に教えていた。
「ニャププ、じょーだんすよ!俺っちは、そんな強くないニャ。さ〜て、特別に森の外まで送りやすね!ほら、早くっすー!」
そう言って、森の外へと歩き出すラッセンの後ろをカシム達は黙って付いて行く。それが、今の彼らに出来る精一杯だった。




