第23話 鬼が斬る
鶏冠蛇竜の異端王と呼ばれる鶏冠蛇竜の亜種は、通常の個体よりも大きく、強力な魔力が宿っている様だ。
ここに来るまでに倒した、群れのボスって所か。
確かに、これ程の相手ならカシム達が勝てなくても不思議ではない。
「グギュルルウォォォオオ！！」
鶏冠蛇竜の殺気と魔力が乗った咆哮を浴びた。
おそらく、スキルを使っている。
「悪いが、その程度の〝恐怖の咆哮〟じゃ俺には効かないぞ」
声を聞いた相手を恐怖の状態異常にして、動きを止めるスキルだろうが、精神耐性を持つ俺には効く筈もない。
耐性を持っていなかったとしても、あれくらいなら自力で抵抗出来た。
だが、さすがに石化の耐性や無効化は持っていないので警戒はしておく必要がある。
「来るぞ！」
カシムの声に、魔眼に注意して敵を見る。
鶏冠蛇竜の異端王が、強靭な肉体による爪牙を放った。
俺は、近くで未だ回復しきれていないカシムを抱えて躱す。
「わ、わりぃ！」
カシムの謝罪に答える暇もなく、地面に手を付く。
「錬金魔法」
俺の意思に従い、突如として鶏冠蛇竜の異端王の足場が砕ける。驚愕して動きを止めた所に、更に魔法を放つ。
「第七階梯魔法 〝氷閉領域〟」
直前で効果範囲から逃げ様としたが、鶏冠蛇竜の異端王は躱し切れずに〝氷閉領域〟の効果を受ける。そして、不利を悟った鶏冠蛇竜の異端王が逃げようとするが、地面に手を付いて再び錬金魔法を発動した。
「グゲェレ！？」
俺達を囲む様に地面が壁となり、壁からは錬金魔法で土を鋼へと転化させた槍の様な突起が突き出していた。
それを見て混乱した鶏冠蛇竜の異端王。そして、その原因が俺だと悟ると、俺から離れた位置にいたサティア達に狙いを変える。
鶏冠蛇竜の異端王は、人の弱点を知っている。
だが、その方法が通じるのは、同格か格下までだ。
「混合魔法 〝連鎖する黒雷槍〟」
俺の詠唱の完成と同時に、鶏冠蛇竜の異端王の周囲に黒槍が突き刺さり、雷撃が中央の敵を襲う。しかも、雷撃は常に槍から槍に連鎖し、俺の魔力が尽きない限り、敵を襲い続ける。
闇と雷の混合魔法である〝連鎖する黒雷槍〟を見て、カシム達は呆然としていた。
カシムが動けるようになる前に、錬金魔法で変えた地形を元に戻す。
「一体、何者だよ……お前…」
「さぁな。それより、決着を付けたらどうだ？」
俺の言っている言葉の意味が分からないのか、カシムは顔を顰めている。
「あれは、お前の獲物だろ？」
その言葉でやっと気付いたのか、カシムの表情が引き締まる。そして、傷付いた体に鞭を入れ歩き出した。
「礼は言わねぇぞ」
「俺もいらない」
「けっ、可愛げがねぇな」
僅かに笑みを浮かべたカシムは、剣を構え数回深い呼吸を繰り返す。その過程で、魔力が少しずつ練られて行く。
10日前まで稚拙だった魔力操作が、やっと形になって来た様だ。
「〝羅刹炎舞〟！」
カシムの全身から噴き出した炎の全てが、両手剣へと集まり炎の大剣へと姿を変える。
「行くぜ！」
大剣を肩に担ぐ様にしてカシムは、地面を蹴り走り出す。
鶏冠蛇竜の異端王も危険を感じ逃げようとするが、俺が〝連鎖する黒雷槍〟と足下を錬金魔法で固めて動きを封じる。そして、カシムが鶏冠蛇竜の異端王に後数歩と迫った瞬間を狙い〝連鎖する黒雷槍〟を解除した。
「グギャア…」
「うぉぉぉおおおおおお！！！」
高熱の炎に焼き斬られた傷口から血は噴き出さず、２つに両断された首と頭が互いに違うタイミングで地面へと落ちる。
「や、やったぜ……」
魔力切れを起こし、倒れそうになっているカシムを風魔法で支えてやる。
暫くカシムを休ませて置くと、背中に２つの感触を感じた。
避けようと思えば避けれたのだが、あんなに分かりやすく泣き疲れては避け辛い。
一応顔を確認する為に振り向けば、やはりサティアとミルだった。
「うわぁ〜〜、雪さん！私恐かったけど頑張りましたぁ〜！」
「ぅぅ、生きるって、凄い……グス」
このままでいるべきか、無理矢理引き剥がすべきか悩んでいると、リツェアがこっちに走って来ていた。
「ちょっと！何時まで雪にくっ付いてんのよ！私だって……もうっ」
顔が赤くなりながらもリツェアは、無理矢理2人を俺から引き剥がしてくれた。
その後ろでやれやれと言った様子のヴィルヘルムが、こちらをメデルと共に眺めている、
「また、助けられちまったな」
カシムは剣を杖代わりにして、ゆっくりとこちらにやって来る。
「ただで助けたつもりはない」
「何が目的だ？」
カシムと視線が交差する。
「鶏冠蛇竜の異端王の鶏冠は俺が貰う」
鶏冠蛇竜の異端王の鶏冠はとても貴重で、売るつもりはないが、売れば最低でも3ヶ月は遊んで暮らせる。
一流の職人が武器に加工すれば、他には無い国宝級の武器や魔法道具になる可能性もある。
それを後からやって来た俺が、寄越せ、と言っているのだから、少しは抵抗すると思ったのだが……。
「鶏冠？ああ、好きにしろよ」
「お前、鶏冠の価値を知らない訳じゃないだろ？」
カシムは、少しだけ表情を顰めるといつもの荒々しい言葉使いのまま言い切った。
「んなもん知ってるよ！だがな、俺達がこれを手に入れても宝の持ち腐れなんだよ」
冒険者なのだから、宝の持ち腐れにはならない筈だ。
「ふふふ、カシムさんは、素直じゃないんですから」
「ん、不器用」
「なっ！」
なるほど。命を2度も救われて、これ以上借りを作りたくなかったのか。
「分かったよ。これで、貸し借りは無しにしよう」
「うぅ、ああもう勝手にしろ！」
狂獣の森屈指の危険種の隣で、人の笑い声が森に流れていた。
