第14話 彼の破片
俺は、カシム・グランブール。生まれは魔族領じゃなく、ヴァーデン王国だ。
いつもは擬態の魔法道具で、人間に姿を変えているが、本来は鬼族だ。普段人間に化けている理由はいくつかあるが、一番は魔族だからって嫌な顔をする連中がいるからだ。
ヴァーデン王国は、人間と他種族が共存している数少ない国だが、人っていうのはそれ程強い生き物じゃねぇ。魔族ってだけで絡まれたり、過去の歴史から侵略者のような目で見られることだってある。
俺が生まれる前。今から、約100年位前までは、確かに魔族は、魔王を中心として他種族へと侵略活動を行っていた。
だが、ここ100年の間ではそんなことをするのは極一部の連中にすぎない。それでも、偏見は付き纏う。
ヴァーデン王国は人間と他種族が共存する国だが、元々は人間が建国した国であり国民の割合も人間が最も多い。
つまり、木を隠すなら森の中という言葉がある様に、人間の中に埋もれて置けば魔族だからってだけで、絡まれる機会は減らせる。
ただ、冒険者活動をしている時は偽装を解く為、同業者の連中等は、俺が魔族だって事を知っている。
だが、俺は魔族の中では落ちこぼれだ。
両親が使えた呪詛魔法が使えないだけでなく、魔族お得意の魔法が全般使えねぇ。適性のある筈の火属性でさえ、第三階梯以上の魔法になると暴発しちまう。
若い頃は、その事で良く馬鹿にされた。
それでも、幸い鬼族は魔族の中でも身体能力に長けた一族だった為、冒険者として金級まで登りつめる事が出来た。
そう仲間に恵まれたおかげで、出来ちまったんだ……。
当時の俺は、自分に才能がある気になって、優越感に浸って、下手な自信を付けちまってた。そして、ある依頼の際、自分が、どうしようもない程の出来損ないだということを改めて思い知らされる。
その依頼は、金級冒険者になって暫く経ってから受けた、護衛の依頼だった。
護衛の相手が貴族で、同行する冒険者パーティの連中が、最近ヴァーデン王国に来たばかりの新人冒険者達だということを抜かせば、いつもと変わりない依頼だった。
だが、その頃の俺は、魔法が使えない落ちこぼれだと言われていた自分が、金級冒険者にまで登り詰めた事で何処か自惚れていた。
その所為で、時間は予定以上にかかるが、危険が少ない道を提案する仲間達の言葉を無視して、近道でもある危険地帯の側を通る道を選んでしまった。
もし、可能ならその時の俺の首を刎ねてやりたい。
その先の結果は、自惚れた俺には相応しい報いだったのかもしれねぇ。それとも、自業自得と言う奴なのか……運悪く俺達のパーティは、Aランクの魔物である鶏冠蛇竜に襲われた。しかも、そいつは他の種よりも強力な力を持つ亜種だった。
魔物にもF〜Sのランクがつけられている。更に、その中でも、+とーで同ランク内の格付けを行う。
だが、魔物のランク付けは、個体差が大きく、目安でしかない。
俺達の目の前に現れた亜種の様に、同種より、圧倒的に強い個体も時折生まれる事があるからだ。
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鉄=F
銅=F〜E
銀=F〜C
金=F〜B
白金=F〜A
ミスリル=F〜A
オリハルコン=F〜S
アダマンタイト=F〜S
※冒険者ギルドが行っている階級と魔物相関図
※冒険者もソロとパーティーでは評価に差がある
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金級パーティと新人パーティでは、鶏冠蛇竜から依頼人を護るのだけで精一杯だった。
戦いの果てに、新人パーティは、リーダーの若い少年を残し全滅。
俺達のパーティも、1人は魔物に食い殺され、魔導師はショックから冒険者を引退。そして、新人時代からパーティーを組んでいた親友が、怪我が原因で冒険者を引退せざるを得なくなった。それが引き金となり、俺達のパーティは解散した。
その後、傷が完全に治らない新人パーティのリーダーだった少年が、ギルドに顔を出した。そして、仲間の仇だと叫び、ギルドの酒場で飲んでいた俺に短剣を振り下ろして来た。
だが、咄嗟に躱した俺に、短剣は届かず、直ぐに周りの冒険者に取り押さえられた。少年は、押さえつけられようが、怨みの籠った罵声を止める事は最後までなかった……。
今でも、20年も経つのに、奴の声と顔が忘れられない。そして、俺を殺す為に準備していたのか、それとも最初からそうするつもりだったのか、少年は持っていた毒を飲み死んだ。
長く苦しむ毒を選んだのだろう。
毒に侵される中、俺を睨みつけ、死ぬ寸前には仲間たちの名前を1人ずつ呼び息を引き取った。
その瞬間、俺の中に築いて来た自尊心が跡形も無く崩れ去り、償いようのない罪と贖罪の気持ちだけが残された。
「きゃっ」
俺は、背後の悲鳴に遠のいていた意識が覚醒する。
思わず舌打ちをした。
こんな時に、まるで走馬灯じゃねぇか。
「毒!?早くサティア解毒して!」
「あ、あれ?魔法…つかえ、ない?」
不味い。サティアは魔力切れを起こしている。
だが、用意していたマナポーションは使い切ってしまった。
くそが!何か、何かないのか……。
いくら考えても良い案は浮かばない。そうしている内に、サティアが毒に侵されて動けなくなって行く。
ミルに、サティアを連れて逃げる様に指示を出そうとした時、ミルの悲鳴が聞こえた。
咄嗟に振り向くと、ミルへ大型の魔物が迫っていた。サティアから敵を遠ざけようとしていた為、ミルとも距離が開き過ぎてしまっていた。
直ぐにそちらに向かおうとしたが、両足に蜘蛛の糸が絡み付き思う様に動けない。
「やめて、来ないで、……私、死にたくないっ」
動けないサティアと恐怖に震えるミルに迫る魔物を見て、あの時の光景がフラッシュバックする。
「止めろ!俺を、俺を食え!その2人には手を出すなっ!!」
どうしてこんな事になった?
今まで、この森では何度も討伐を行った。
今回も事前に、情報収集を充分にした筈だ。それこそ、慎重に計画を立てたつもりだった。
それなのに、何なんだこの魔物の群れは!?
背筋に冷たい死の感覚が走る。
まるで、狩りの様に俺達を追い込み、じっくりと逃げ道を塞ぎ、戦力を削って来ていた。
大きな蜘蛛の魔物の牙が、ミルに届く位置まで迫る。
恐怖の所為で、出鱈目に放っていたミルの矢は既に底を付いていた。今は、出鱈目に短剣を振るっているが、あれでは敵に当たるはずもない。
「ぐぁ!」
必死に糸を斬ろうとしていた足をショット・スパイダーの糸玉が貫く。その勢いで、前のめりに地面に倒れてしまった。
口に入った土が、歯を食いしばる度に音を立てる。
「止めてくれ……これ以上、俺から奪うんじゃねぇ……」
糸弾が貫通した箇所から、血が流れ出る程度の事など厭わず、糸を斬ろうと剣を振るう。
だが、糸は切れず、糸が絡まった足は思う様に動かなかった。
短剣を弾かれて腰を抜かすミルと恐怖のあまり泣き叫ぶサティアに魔物が口を開く。
「止めろっ、駄目だ!頼む、そいつらに手を出すな!ちくしょぉお!!」
「第五階梯魔法 〝黒影の針〟」
敵を屠る確信の籠った少女の詠唱が響く。それによって、2人に迫っていた魔物を影から現れた針が貫く。




