第15話 操演の遊戯
自分の実力を確かめてからは、出来るだけ無理をせず森を進んでいる。戦闘も必要最低限だ。
マンドレイクで集めた魔物との戦闘から、4日が経過している。予定では目的地であるヴァーデン王国まであと半分くらいまで進んでいる筈だったが、途中で休憩を何度も挟んでいる為、予定より遅れているだろう。
今、俺とメデルは、向かい合う様に太い木の根元に腰を下ろして休憩を取っていた。
「申し訳ありません、主」
メデルが唐突にそんな事を言う。
「何がだ?」
「私の体力がない所為で、主にご迷惑をかけています」
「勘違いするな。休憩を何度も挟んでいるのは、俺が予想より弱かったからだ」
前の様に一度の戦闘なら問題ないが、もしも連戦になった場合は正直今のままじゃまずい。
聖剣を抜けば、大抵の事は潜り抜けられる自信はあるが、あれは切り札だ。そう簡単には抜きたくない。
切り札は隠しておく事に意味がある、そんな言葉を嘗て聞いた事がある。
だが、正にその通りだ。
切り札は切り札であって、対策を立てられたら勝率がグッと下がる。
その事をメデルに伝えたが、メデルの表情は晴れない。
精神的な問題で、足を引っ張るようなら、天界に帰って貰えば良いか。
「!」
その時、此方に近付いてくる魔力に気付く。どうやら、相手は魔力を隠す気がないらしい。
「主、どうなさいましたか?」
「……多分、敵だ」
素早く立ち上がったメデルは俺の背後に移動する。
俺は〝身体強化〟を施し、剣を抜き構える。
逃げる事も考えたが、相手が何者かも分からない状態で逃げるのは得策とは思えない。
……魔力は2つ、敵は2人か。
だが、何だこの魔力。2人の魔力の中に、濁った様な混ざった様な違和感を感じる。
これは、魔力が3種類あるのか。
「来ます!」
メデルの声で、思考を途中で止める。
視界に敵の姿が映る。
1人は赤髪に金色の瞳の少女だ。
おそらく、魔力からして魔族だから見た目では年齢が分からないが、体格はメデルが小学生低学年くらいだとしたら、こいつは中学生くらいだろう。顔は整っているし、女性の特徴的な部分も適度にある。
次に、もう1人を見る。そこには、獣と人を合わせた様な生物、白虎の獣人がいた。獣人の男の纏っている襤褸の上からでも分かる程に鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体。まるで全身が1つの武器の様に感じる。
2人とも目が虚ろで、正気や自己の意思の様な感情を感じない。
「主、あの2人は操られてます」
「ああ、2人の魔力の中に別な魔力が混ざっているな」
俺とメデルが目の前の2人を睨みつけると、魔族の少女の口が開き、想像していなかった男性の声が届く。
『よぉ、トウヤ・イチノセだな?』
声とそこから伝わる魔力だけで分かる。
こいつは只者じゃない。
「……」
『おいおい無視かよ。…それともぉ?魔人って呼んだ方が良かったか?』
「……人に名前を聞くなら、自分から名乗るべきだろう」
俺の言葉に、魔族の少女を通して謎の男の笑い声が響く。
『口が達者みてぇだな。俺は、『執行者』〝第四席〟《操演》のハーディム』
「執行者……」
『執行者』。
確か、聖王国最強の騎士団の事だ。人間離れした力を持つ奴ばかりで構成された聖王国の切り札。
そんな連中が俺を追って来たという事は、俺の正体に気付いたのか。
……いや、ハーディムの言葉から、まだ断定はしていないのだろう。
だが、名前だけでここまで追って来る事は考え難い。つまり、何かしらの情報を奴等は掴んでいるのか。それとも、可能性は全て潰しておくつもりなのかもしれない。となると、何故俺に7日間の猶予を与えたんだ?
情報が不足していて、全て空想でしか無い。
分からない事より目の前の事だ。
ハーディムは自らの称号を《操演》と言った。
『執行者』に与えられる称号は、その者の主要な武器や戦術、能力に関係している。それを踏まえて考えると、ハーディムは支配系統のスキルの使い手だと推測出来る。
上位の支配系スキルは、距離が離れていても他人を操る事が出来る。そして、操られてる2人も魔力と動作からして強敵の筈だ。
まずいな。
『さて、てめぇが魔人かどうかは戦えば分かるよな?』
『さっきから魔人、魔人って何を言っているんだ』
「ぎゃはは!口ではいくらでも言えるさ………殺れ」
ハーディムの言葉と同時に獣人が動く。
空中から槍が獣人の手に出現し、一気に距離を詰められる。
「ぐっ!」
ガキィィン!
剣と槍がぶつかり合う高い音が響く。
だが、獣人族の力を返す事が出来ず、逸らすのが精一杯だ。
獣人族の高い身体能力に、魔力を身体に循環させて〝身体強化〟を施してしているな。それに、槍の扱いも一流だ。槍特有の長い間合いと獣人族の高い身体能力を生かした体術を上手く組み合わせた戦い方をして来る。
俺は一度距離を取ろうとするが、その間合いを瞬時に詰められ、再度の鍔迫り合いとなった。
何とか反撃に転じようとした所、獣人が後ろに飛び、魔族の少女から闇属性魔法が放たれる。
「第六階梯魔法〝闇槍〟」
第六階梯の魔法か。
俺が現在使えるのは、第五階梯までの魔法だ。
あまり高くないと思うかもしれないが、第五階梯が一般の人間が到達出来る限界だと言われている。第六階梯以上は、それこそ天才と言われる者達の領域だ。
だが、豊富な魔力量と魔法への適性が高い魔族の場合は、第六階梯までが常人の限界だと言われている。
「第二階梯魔法〝強風〟」
強風を起こし、素早く後方に飛び攻撃を回避する。
『どうした?その程度かよ!』
少女の口を通し、ハーディムの笑い声が木霊する。
悔しいが、ここは聖剣を抜くしかない。『執行者』に、俺が魔人だと教える様な物だが、死ぬよりはマシだ。
覚悟を決め偽装を解こうとした時、メデルが俺の側に駆け寄って来た。
「主!」
「お前が来ても足手纏いだ!隠れてろ!」
「主、お願いです!聞いて下さい!」
こんなに取り乱したメデルは珍しい。
付き合いはまだ短いが、メデルは自分の力量を正確に把握している為、普段ならこんな無茶はしない筈だ。
何か、考えがあるのかもしれない。
「第三階梯魔法〝黒煙〟」
辺りに黒い煙が漂う。
ただ姿を隠すだけなら濃霧でも良かったが、黒煙は獣人の鼻を一時的に無力化出来る為、こちらを選択した。
だが、黒煙は濃霧に比べて直ぐに散ってしまう。
俺はメデルを抱えて、敵から距離をとる。
「何か気付いたのか?」
「はい。あの2人に、何か黒い鎖の様な物が巻き付いている様に、私は感じるのです」
「鎖?」
俺は魔力感知に神経を集中する。
「確かに、支配系統のスキルにしては少し変だな。……呪いのスキルなのか?」
「もしかしたら、支配と呪い、その中間の様な固有スキルなのかもしれません」
「……なるほど。可能性はあるな」
最初にハーディムの称号を聞いて、奴のスキルが支配のスキルだと思い込んで思考を続ける事を辞めていた。
こんなの戦闘の初歩の初歩だろ……。
今回ばかりはメデルに助けられた。
「ありがとう、メデル。勝利への可能性が見えた」
「いえ、私など…」
「だが、その為にはお前の力を貸して貰うぞ」
俺の言葉にメデルの目は一度大きく開かれ、次には覚悟を決めた表情になった。
「私に、出来る事なら何でもします!」
□□□□□
煙が散り、視界と俺の鼻が元に戻り黒髪の人間を探す。
俺は、あの人間と戦いたい訳じゃない。
ハーディムの話では、あの人間の少年は異世界人。俺達とは、全く関係のない『他所者』だ。
だが、この体は既に俺の物であって、俺の物ではない。
あのハーディム・クラプトラと言う人間の力で、俺は奴の操り人形になっている。
畜生。俺は、奴だけは絶対に許さない。
仲間を追い詰め、死へと追いやった男……。奴だけは、奴だけは、命に変えても殺す。
「!」
思考の途中で、反射的に俺に向かって放たれていたナイフを弾く。
そちらに視線を向ければ、いつの間にか風下に移動し、どういう訳か魔力を一切感じない黒髪の人間がこちらに走って来ている。
その背中には、白髪の少女がしがみ付いていた。
両手に、武器を持っていない……っだと。
馬鹿がっ、自殺行為だ。
俺は心の中で「来るな!」と叫ぶ。
先程の戦闘で、接近戦では俺に勝てない事くらい分かっている筈だろうに。そして、後ろの魔族の女が先程から魔力を溜めているのを感じる。
すると、もう1本俺に向かってナイフと魔法を放つ。
避ける事も出来たが、女を護れと命令されている為、ナイフを弾き女の前に立って魔法をこの身で受ける。
「ぐっ…」
「第六階梯魔法〝闇槍〟」
空中に6本の闇槍が出現し、人間に狙いを定める。
誰もが回避を選択する中で、黒髪の人間は速度を緩める事なく俺たちの方に走って来る。その姿に、僅かな恐怖を感じたのは気の所為だろうか。
黒髪の人間が右手を前に出し魔法を発動する。
「第一階梯魔法〝闇〟」
発動したのは、周囲を一時的に闇で暗くするだけの最底辺の魔法だ。
何が狙いだ。
この程度の闇では、身を隠す事も隙を突くことも出来ない。
失望した。
あの人間に出会った時、不思議な何かを感じた。だからなのか、ほんの少しだけ期待してしまった。
俺をこの呪縛から解放してくれるのではないかと。
だが、そこで俺は気付く。
何故俺は、初めて会った人間に救いを求めている?
あまりにも滑稽だった。
仲間を奪われ、自由を奪われ、何もかもを失っておきながら、救われる事を願うのか。許されない罪を犯した俺が、救われて良い筈がない。
俺が最も大切にして来た筈の誇りすら、ハーディムの玩具にされ、踏み躙られた挙句に、粉々に砕かれてしまった。
俺に生きている価値など……ない。
だが、今の俺は死すらも己で選択出来ない。
絶望を胸に、黒髪の人間を見据える。
闇槍が迫っていた。あの数を全て無効化する事は不可能だろう。
もし、交わしてもそこを俺に狙われる。
終わりだ、と俺は思った。
「なぁっ!?」
迫っていた6本の〝闇槍〟を急激な前方への加速とまるで魔法の軌道を全て見抜いた様な動きで躱したのだ。
俺も少女も動揺を隠せない。
少年が弱く無い事は知っていた。
だが、何だこの違和感は。
戦えば戦う程、死の危険が迫り追い詰められる程に少年の瞳が発する光が力強さを増す。そして、纏う覇気とも言うべき、存在感が否応なく、俺に突き付ける。
『俺は負けない』と、少年の全てが俺に叫んでいた。
その誇り高く、勇猛な姿に俺は圧倒される。
「……来い、人間」
ハーディムと離れている所為か、言葉は若干ではあるが自分の意思で話す事が出来る。
俺は、目の前に迫る戦士に向けて槍を構えた。
「今だ!」
「はい!第三階梯魔法〝大閃光〟!」
「「っ!?」」
強い光で、視界が奪われる。
何とか反撃しようとしたが、遅かった。
腹部に感じる手の感触。そして、そこから流れて来る優しい魔力を感じながら俺は意識を手放した。




