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春と秋。  作者: 柚香
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「まだ終わってなかったのかよ、何やってたんだよ~」


翌日。

高校生になって、二度目の文化祭の日。


「ご、ごめんって!早急に終わらせます!」


俺たち道具係は、当日になっても作業を終わらせることが出来なかった。

もちろん、クラスのみんなから飽きるほどの抗議を食らった。


「ふふっ…じゃ、残りとっとと片付けちゃおうか、しゅうちゃん」


だけど俺たちの耳に、クラスメートの野次は入ってこなかった。


「…うんっ」


俺ははるくんに笑いかける。

はるくんも俺の目を見て、少し頬を赤らめて笑ってくれた。


相変わらずキラキラとした爽やかすぎる笑顔。

だけど俺に見せてくれるものはちょっと特別。クラスメートに向けられるものともまた違う、少し照れくささを含んだ笑顔。


俺に向けられるのは本当にもったいないと思う。


だけど、誰が何と言おうと、この笑顔は俺だけに見せてくれる笑顔。俺だけのもの。


昨日の放課後から、世界が違って見えた。


今まで灰色に見えていたものが、これでもかというくらいカラフルに見える。


例えばこの文化祭も、以前の俺にとっては灰色中の灰色の存在であった。


だけど今は違う。

はるくんと自然と2人でいられる素敵な行事。

どうか、終わらないでほしいとさえ思う。









秋風が収まり、カーテンがひらりと元の位置に戻った。


それとほぼ同時に、はるくんは俺に回していた腕を解き、俺の両肩に手を置いた。


お互い、真っ赤な目ではにかみ合う。


「しゅうちゃん、目、真っ赤」


「はるくんだって。涙の跡がすごいよ」


俺ははるくんの頬に手を伸ばした。

そして懲りずに目尻から流れようとする涙を、親指で優しく拭った。


きゅっと目をつぶる はるくん。

長いまつ毛が俺の親指に当たる感触。


あんなに泣きじゃくった後だというのに、本当に綺麗で整った顔だ。


「こんなに泣いてるはるくん、初めて見た」


「だって…怖かったんだもん。僕の気持ち知ったら、離れていかれちゃうんじゃないかって」




離れるわけないよ、俺だって…好き、だから。




そう言おうとして、飲み込んだ。やっぱり、恥ずかしい。


太陽はすっかり沈みかけ、ふと時計を見ると、完全下校である19時の10分前であった。


「やば…今日も終わらなかったね」


「明日、みんなにこっぴどく叱られちゃいそうだね」


はるくんはいたずらっぽく笑った。


制作途中の道具をそのままにし、2人は教室を後にした。

その教室は、いつもとは少し違って見えた。


下駄箱でローファーに履き替え、校門を出る。


冬はまだ先であるが、少しばかり肌寒くなってきた。


「…ちょっと寒いね」


それを口実に、俺ははるくんに寄り添って歩いた。









なんとか、準備を完了させた。


生徒会に急かされながらギリギリでステージ設営を終えた。

この1年で一番走ったと思う。道具係が、こんなにも激務だったとは。


「はぁ、やっと終わった…疲れたね」


だけど、爽やかな汗をうっすらと滲ませて走り回るはるくんがかっこよかったから、どうだっていいや。




午後になり、講堂にはまあまあ多くの観客が入ってきていた。

生徒から、保護者まで。


観客席からも、舞台袖に待機するクラスメートからも、緊張感が伝わる。


いよいよ、俺たちのクラスの演劇が始まる。




…と言っても、俺もはるくんも出番があるわけではない。

暗い舞台袖でしゃがんで身を寄せ合って、立派に演技をこなすクラスメートを見守っていた。


無事、舞台は終わったようだ。

拍手喝采。


出演者は全員でステージに出て、それに応えていた。


「大成功だね」


「うん」


ここから見るクラスメートたちは本当に輝いていた。


だけどやっぱり、俺はあそこには立てないな。暗がりにいる方が落ち着く。


俺はしばらく華やかなステージに見入っていた。

しかし、なんだか視線を感じる。


「な、なに、はるくん」


恐る恐るその視線の先を見ると、俺の顔を覗き込むように見るはるくん。なんだか、良からぬことを考えていそうな表情をしている。


「そういえば、僕、しゅうちゃんの口から直接 好きって聞いてないよ」


「はっ!?」


思わず声を上げてしまう。

しかしはるくんは全く動じず、表情を変えない。


「ねえ、しゅうちゃんは僕のこと好きなの?」


「うるせ、分かってるくせに…」


俺は膝を立てて顔を埋めた。


絶対に顔が真っ赤だ。

完全にはるくんの手のひらの上で転がされている。悔しい。


「言ってくれなきゃ、分かんないよ」


それでもはるくんは動じず、変わらない声色でそそのかした。


「な、なんなんだよ、めんどくせえな…」


「えー、じゃあ僕、しゅうちゃんのこと嫌いになっちゃうよ」


「えっ!」


嫌い、というワードに反応して思わず顔を上げる。

その先には、にまにまとした表情を浮かべるはるくん。


見事に釣られてしまった。


「ねえ、いいじゃん、1回くらい」


はるくんは駄々をこねるようにそう言い、ごつんと俺の肩に自分の肩をぶつけてきた。


「わ、わかったよ…」


ぎゅっと、膝を抱える腕の力を強めた。顔を埋める。


顔を埋めていても、隣にはるくんがいる安心感があった。


そうだ、思えばはるくんはいつも俺の隣にいてくれた。


出会ったばかりのとき、初めてクラスが離れて友達が出来ずにいたとき、どうでもいいことでいちゃもんをつけられてガキ大将に喧嘩をふっかけられたとき。


そして、俺がはるくんへの気持ちに気づいて避けようとしていたときにだって。


いつだって、はるくんは俺の側にいてくれて、俺を守ってくれたんだ。


ゆっくりと、顔を上げる。


「はるくん…」


今にも消え入りそうな声で、愛しい人の名を呼ぶ。

もう急かすことなく、俺の次の言葉を待ってくれる彼。




「……好き、だよ」




はるくんへの想いが募って、また泣きそうになった。


たぶん今の俺は涙目で、顔が真っ赤で、上目遣いで…女子だったらよかったね、ごめん、はるくん。


だけど。




「ありがとう」




はるくんは、こんな俺のことも受け入れてくれるって、知ってるから。


あんまり男らしくない俺だけど、はるくんはずっと隣にいてくれたから。


これからはもっと上手に愛を伝えられるように頑張るよ。


不器用でどうしようもない俺だけど、そのときまで一緒にいよう。




全ての気力を出し切って脱力しかけていたとき。


はるくんは突然、何も言わずに俺の後頭部に手をかけた。


俺があれこれ思案する間もなく、はるくんの綺麗な顔が近づいてくる。


閉じた瞳。

長いまつ毛。

薄くて綺麗な唇……。




それは本当に一瞬で、瞬きをする間もないくらい。


少し暖かくて、柔らかくて…。




「えっ……」


喉から勝手に声が漏れていた。




俺は今、はるくんに…キス、された…?




「ちょ、ちょっと、何やってんだよ!」


正気に戻った俺は顔を真っ赤にして、はるくんをぽかぽか叩いた。

痛い痛い、と言いながらもはるくんは満足げに笑っていた。


「だって、しゅうちゃんが可愛くて」


「い、意味分かんねーし!誰か見てたらどーすんだよ、馬鹿!」


「馬鹿はひどいよぉ。それに、皆ステージにいるから大丈夫だよ、ふふ」


「いや、馬鹿だ!はるくんの馬鹿!ヘンタイ!馬鹿!」


「ヘンタイもひどいよぉ。ごめん、ごめんって」


優しくそう言うと、顔を真っ赤にして必死にわめく俺の頭をぽんと撫でる。


悔しいけど、それだけで何もかもがどうでもよくなってきてしまうのだから、はるくんはすごい。


本当、敵わないなあ。


俺ははるくんを叩いていた腕を、おとなしく床に落とした。

本当に全身の力が抜けてしまい、真っ赤な顔を自分の膝に埋める。


そして人形のようにこてん、とはるくんに寄りかかり、身を預けた。


「はるくんのバカ…はるくんの、バカ…」









俺の恋人は、幼稚園の頃からの幼馴染。


今日もいつものように一緒に帰ろうとしていたんだけど…。


「ごめん、待ったよね」


「1時間」


「ごめん。あったかい飲み物でも飲みながら帰ろう、奢るから!」


「嘘だよ、奢らなくていいよ。帰ろう」


「いや、奢る!だって僕はしゅうちゃんの彼氏だから!」


「は、恥ずかしいこと言うなって…」


自然と、はるくんが彼氏で俺が彼女みたいなポジションが確立した。


まあ、そうだろうなといった感じだ。

身長差的にもそうだし、はるくんはリードするのが本当に上手い。

正直かっこいいし、甘えたくなる。




「また告られたの?」


2人はお揃いの、砂糖の入った缶コーヒーを飲みながら家路を歩いていた。結局、はるくんの奢りで。

俺は何度も説得したが、いつものようにはるくんに主導権を握られてしまった。


「うん、でも、ちゃんと断ったよ」


「あ、当たり前だ!」




いつも歩く橋、いつも見かける川。

そして、はるくんに想いを告げられたときと同じくらいに美しい夕焼け空。


隣にいるのは、いつも側にいてくれる人。

俺より14センチも身長が高くて、どうしようもないくらい爽やかで、今になってもモテモテで、いつだって優しくて。


そして、俺の愛しい人。


男同士なんて社会的にはイレギュラーかもしれないけど、俺たちは確かに愛し合っている。




オレンジ色の暖かい光が、2人を見守るように包んだ。


秋風が、道端の長く伸びた草をさらさらと揺らす。

それに乗って、はるくんの髪がなびく。






「僕には、大切な人がいるから…ってね」






end



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