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春と秋。  作者: 柚香
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あの日に妙な胸の高鳴りを覚えて以来、俺ははるくんのことばかり考えていた。


授業中も、家で課題をやっているときも、お風呂に入っている今も…。


湯船に浸かりながら、口を半開きにして放心する。

白い湯気が浴室に充満して、俺の思考をさらに鈍らせる。


本当どうしたんだよ、俺。まるで恋する乙女みたいじゃないか。


そう思って、はっとする。


恋…?まさか、そんな。


俺は生まれてこのかた、恋というものをしたことがなかった。

そのため、それが具体的にどのようなものであるのかは分からない。


しかし伝聞に基づくと、想い人が頭から離れなくてどうしようもないというものではなかっただろうか。


いや、そうであったとしても、やっぱりおかしい。


そもそも俺は男だし、はるくんも男。

恋であるはずがない。恋であるのはおかしい。


じゃあ、この気持ちは何だと説明する…?


分からない。何も分からない。


分かるのは、相変わらず俺の脳内ははるくんに占拠されているということだけ。


「ねえ、お風呂まだ上がらないのー?」


考え込んでいるうちに長風呂になってしまっていたらしい。脱衣所の外から、姉の声が響く。


「ああ、もう上がるー」


そう言った声はかなり間抜けていた。

湯船に浸かりすぎてしまったのだろう。なんだか、ぼーっとする。


それもこれも全部、はるくんのせいだ。









決めた、極力はるくんのことを避けよう。


あれから一週間くらい経ったある日の朝。

今になってもやはり脳内は相変わらず。

このままだとおかしなことになってしまうかもしれない。

だから、俺はそう決心した。


決心、したのだが…。


「あっ、しゅうちゃんもう来てたんだ。おはよう」


いつものように俺の隣にはるくんがやってきて、いつものように挨拶をした。


幼稚園時代から、俺とはるくんは登下校を共にしている。

2人の家の間にある小さな公園が、昔からの待ち合わせ場所。


小学生の頃には、ここにある鉄棒で逆上がりの練習をしたっけ。


勉強はそうでもないけど、それ以外のことならなんでもそつなくこなしてしまうはるくん。

もちろん逆上がりも難なくやってのけたが、何かと鈍臭い俺はなかなか習得出来なかった。


そんな俺に、はるくんはずっと付き合ってくれたっけ。


夕日に照らされながら、やっと初めて逆上がりができるようになったとき、自分のことのように喜んでくれたはるくん。


“やったよ!出来たよ、しゅうちゃん!”


大声で何度もそう言ってた。俺の何倍もはしゃいでいて…。


「おはよう」


俺はなるだけぶっきらぼうに挨拶をした。


本当は一緒に登下校をするのも避けたかった。

だけど幼稚園時代から続けていることであるし、今更何を理由に断ればいいのか分からなかった。


それに…はるくんとゆっくり2人で歩けるこの時間が、俺は好きだった。


「全然ダメじゃん、俺…」


「ん?しゅうちゃん、何か言った?」


「ううん、なんでも…」


やっぱり、はるくんを避けるなんて俺には不可能だった。









2学期も中盤に入り、学校はすっかり文化祭モード。

この学校の文化祭では、クラスごとに様々な催し物が企画される。


「では、まず役者から決めていきたいと思いまーす」


学級委員の言葉と共にクラス中がざわついた。俺はその様子を、1番後ろの1番端の席から、他人事のように眺めていた。


うちのクラスは、講堂で劇をやることになっている。これから、その配役を決めるらしい。


「おい春也ー、お前主役やれよー」


クラスの誰かが、教室の真ん中に座るはるくんにそう言った。


「いいじゃん、田上くんなら出来るよ」


「うんうん」


さすがクラスの人気者のはるくん、男女問わず誰も反論する者がいなかった。


「ええ、僕が主役?」


はるくんは慌てたように教室中をキョロキョロしている。


やっぱりすごいな、はるくんは。


役者なんて、クラスで地味な俺には出来るわけがない。道具作りにでも立候補しよう。


投げやりにそう思い、頬杖をつきながら窓の外を見やった。


相変わらず空は高く澄んでいる。俺の気も知らないで。


「僕はいいよ。それより、道具作りやりたい!」


はるくんの次の言葉によって、クラスは再びざわついた。先ほどまでとは違う、不満を含むざわめき。


え、今、なんと…?


窓の外から目を離し、はるくんの方を見る。


すると何故か、ばっちりと目が合った。はるくんが、俺の方を振り返っている。


その瞳に捉えられた瞬間、俺の心臓はドキッという効果音と共に跳ね上がった。



「一緒に道具作りやろうよ、しゅうちゃん!」



俺は目を見開いた。

優しく笑う、はるくんの笑顔。


その周辺は、とても華やかで、美しくて…。

あまりの輝きに思考が鈍っていく。


周りの音も景色も、全部遮断されたような…また、この感覚。


「お、俺は、どっちでも…」


半開きの口が、いつの間にかそう答えていた。

はるくんは、にこっと笑って前を向いた。


跳ね上がった心臓は、しばらくドクドクと疼いていた。痛いくらいに。



それからのことは、全く覚えていない。


チャイムが鳴り、黒板を見ると、

“道具作り→田上・小谷野”

という文字を目にしたところから俺の記憶機能は再開していた。









本格的に文化祭の準備が始まった。

授業は少し短縮され、放課後に準備の時間が充てられるようになった。


俺とはるくんは、教室の隅で道具作りに励んで……


「しゅうちゃん、どこまで出来た?」


「えっ!?えっ、と…ここまで」


励めるはずがなかった。


確かにはるくんを避けることは諦めたが、むしろ2人でいる時間が長くなってしまっている。


こんなことは予期していなかった。

今の俺は、これまでの人生の中で最高記録の心拍数を記録しているのではないだろうか。


「ふふ、遅いなあ。僕はここまで出来たよ」


「う、うるさい…」


俺ははるくんのことを考えたくなくて、作業に専念しようとした。


しかし、無理だった。


考えないようにしようとすればするほど、考えてしまう。



もう、認めるしかないんじゃないか?



心の中の俺が顔を出した。









下校時刻になり、いつものように2人で家路を歩いていた。

住宅街を抜け、橋を渡る。今日もオレンジ色の川が穏やかだ。


「しゅうちゃん、もしかして具合でも悪いの?」


ふと、はるくんが困ったように眉を下げて俺の顔を見た。


「へ?いや、全然、大丈夫だけど…」


思わず慌てたように答える俺。自分でも分かる、全然大丈夫とは言えない答え方をしてしまった。


「顔、赤いよ。熱があるんじゃないの?」


そう言って、はるくんは自らの手で俺の前髪を掻き分け、額に手を当てた。



大きくて、なんでも優しく包んでしまいそうな手。

長くて細くて綺麗な指。


そんなはるくんの手のひらが、俺の額にあてがわれている。


鼓動はこれまでにないくらいに速い。もうだめだ、沸騰して消えてしまいそう…。



「だ、大丈夫だって…」


俺は力なくはるくんの手を払いのけた。


「本当に?でも、顔赤いってば」


相変わらず心配そうに俺を見つめるはるくん。


優しすぎるんだよ、はるくんは。

こんなに地味でなんの取り柄もない俺なんかにも、いつでも変わらず…優しすぎるんだよ。


「夕日の、せいだろ」



そういうところが、好き、なんだよ。



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