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タナトス

作者: 浅阿 朋紀

 わたしたちの宇宙船は、新しく発見した惑星の周回軌道上に停泊し、観察を続けていた。その惑星には陸地がなく、惑星全体が緑色の海で覆われていた。大気中に酸素が含まれていることを考えると、葉緑素をもったプランクトン、あるいは海藻のような生物が存在しているのかもしれない。

「全員即死だったでしょうね。」

 分析官(ぶんせきかん)がため息をついた。

 統星官室の巨大なスクリーンには、海底に沈んだ都市型宇宙船の無残な姿が映し出されていた。

「金属同位体分析によりますと、あの宇宙船が墜落したのは、おおよそ7千年前のようです。標識番号は『UN0056Y』。地球を出航したのは、この宇宙船とほぼ同じ時期です。」

 特殊相対性理論によるウラシマ効果で、それだけの時間差が生じてしまうことは何度も経験していた。

「まるで激突したかのようだな。」

 わたしは統星官席に座り、メインコンピュータとのインターフェイスを頭部に装着した。「何か特別な事故があったのかもしれないし、この惑星自体に未知の危険が潜んでいたのかもしれない。移住することはできないだろうが、もう少し詳しく調べてみよう。」

「ラボステーションから探索モジュール機が惑星に向けて発射されました」

 分析官がモニターを見ながら言った。「緑色の海の正体が判明するかもしれませんね。それから、この奇妙な電磁場の発生源も知りたいところです。」

 惑星の表面には一定のリズムを持って増減する電磁場が発生していた。惑星全体で共鳴しているので、波などの局所的な出来事が引き起こしている現象ではありえない。

「少し電磁場が乱れました。」

 サイドスクリーンに電磁場の波形が表示されていた。一瞬であるが、惑星規模で電磁場の周波数に変化が生じた。

 その時、統星官室にロドス博士と彼の妻が入ってきた。

「セウス統星官、申し訳ありません。妻がどうしてもというものですから。」

 ロドス博士の妻エリスは、スクリーンの前に歩み寄ると、その細い肩を震わせはじめた。

「どうしたのだ?」

 わたしが()いた。

「あの宇宙船には、妻の元婚約者が乗っていたのです。」

 ロドス博士が苦しそうな表情をして言った。「本来彼は、こちらの宇宙船に搭乗するはずでした。ところがある男が嫉妬に狂って、冷凍睡眠(コールドスリープ)に入った彼をあの宇宙船に紛れ込ませてしまったのです。」

「それはひどい!」

「彼は恨んだでしょうね。そしてもし彼が今も生きていたとしたら、もっともっと恨んだと思います。なぜならその嫉妬男は、さらに彼の婚約者を妻にしてしまったのですから。」

 わたしは驚いてロドス博士の顔を覗き込んだ。

 ロドス博士は目をかたく閉じていた。

「電磁場が大きく乱れました!」

 その時、分析官が叫んだ。「スパイク状の巨大波形が多発しています。惑星全体が、まるで唸り声をあげているかのようです。」

「何があった!?」

「わかりません。宇宙船のエンジンには影響がないと思いますが・・・ちょっと待ってください。」

 分析官がモニター画面を見ながらパネルを操作した。「セウス統星官、何者かが通信を求めてきています。プロトコルは地球のものです。」

「なんだって・・・」

 統星官室のスクリーン映像が乱れた。そしてゆっくりと一人の青年の姿が表示された。

「パトロクロス!」

 ロドス博士の妻エリスが叫んだ。

「エリスか? 本当にエリスなのか!?」

 スクリーンから興奮した声が響いてきた。「おれは7千年も君がやってくるのを待っていた。一日だって君のことを忘れたことはない!」

「電磁場の乱れが更に大きくなりました!」

 分析官が悲鳴をあげた。「このままでは磁気嵐が発生します。惑星全体の温度も急上昇しています。かなり危険な状況です!」

 モニター上の波形が振り切れた。統星官室の計器類が火花を散らした。

 スクリーン上の青年の目が、はっとしたように大きく開き、ゆっくりとロドス博士に向けられた。

「ロドスか? そうか・・・きさまがおれをこの宇宙船から追放したのだな。親友だと思って信用していたのに・・・よくもおれを裏切ってくれたな。」

 ロドス博士は顔面を蒼白にして立ちつくしていた。


                          (1)

 わたしの名前はセウス・・・正確にはセウスの一人と言った方がよいだろう。特殊な才能を持った、とある人間のクローンである。遺伝子工学を駆使してさらに能力を高め、脳には生体素子コンピュータが植え込まれている。

 わたしたちセウスは、生まれた時から同じ環境、同じプログラムで教育され、知識も経験も均一化されている。地球人が新しい移住先を求めて宇宙に旅立つ段階になったとき、移住先でも地球の『移民法』を厳守させるため、都市型宇宙船に『統星者』として配置された。


 わたしは宇宙船の各セクションに被害を調査し報告するよう命じた。危機は突然始まり、突然収束した。なにが起きたのか、見当もつかない。惑星全体がガクンガクンと痙攣し、そしていきなり静まりかえった。電磁場の波形も平坦になった。

「ラボステーションから通信が入っています。」

 分析官が疲れたような声で報告した。

 スクリーンに調査班班長のラオコーン博士の姿が映し出された。

「探索モジュール機が採取したサンプルを分析してみました。」

 標本の顕微鏡画像がアップされた。「海の色が緑なのは、やはり葉緑素のような物質を持った生物が、海全体に繁殖しているからです。単細胞生物で、核と細胞質の区別はありません。形は複雑で・・・長く伸びた突起が互いにシナプス結合しているようです。たとえて言えば・・・」

 そこで口ごもった。

「たとえて言えば、何だ?」

「これ以上はわたしの勝手な推測なのですが、なんといいますか、葉緑素を持った神経細胞のような生物ではないかと思うのです。つまり惑星全体が無数の神経細胞のネットワークで覆われていると・・・」

「惑星全体が巨大な脳になっている、ということか?」

 ラオコーン博士がゆっくりと(うなず )いた。

「そう考えると、一連の不思議な現象も説明がつきます。あの電磁場は人間でいえば脳波に相当するのではないでしょうか。人間も興奮すると脳波の周波数が増加し、過剰興奮すると、てんかん発作を起こします。さきほどの電磁場の波形を分析してみると、てんかんの強直性・間代性発作と非常によく似ていました。」

 わたしは全身の力が抜けていくのを感じた。

「すると相手が過剰に興奮したため、てんかん発作を起こし、たまたま助かったということか。今の状態はなんと説明する?」

「てんかん発作後の意識障害・・・トッドの麻痺という現象です。」

「これからの予測は?」

「いずれ脳波・・・電磁場が再活動して、惑星の意識も回復してくるでしょう。」

 その前にこの惑星から脱出しなければならない。

 問題は宇宙船がどれだけ被害を受けているか、ということだ。


 絶望的な報告があがってきた。機関室の被害が甚大だった。修理に一ヶ月ほどかかるらしい。惑星の電磁場は少しずつ回復し始めてきていた。

「わたしが悪かったのです。」

 ロドス博士が泣きながら言った。「パトロクロスが現れたら、彼の目の前で、わたしを処刑してください。あるいは小型探索船でわたしを惑星に追放してもらってもけっこうです。」

 わたしは腕を組んだ。

「それだけでは済まないだろうな。彼は君の妻エリスも要求するだろう。それよりもまだ疑問な点がたくさんある。この惑星がひとつの巨大な脳だとしても、どうしてパトロクロスはその中で生きてこられたのだろう。惑星知能の一部になっている、ということなのだろうか。」

「他の乗組員たちはどうなったのでしょうかね。」

 分析官が別の疑問を口にした。「あの宇宙船にはセウス統星官と同じクローン人間も搭乗していたはずです。精神力なら普通の人間よりはるかに強いでしょう。」

「パトロクロスは特別なのです。」

 ロドス博士が言った。「彼は死生学(タナトロジー)の権威でした。『素霊子理論』という新しい学説を発表したのも彼です。そして彼自身が・・・実は強力な霊能力者でした。」

「霊能力者・・・? たとえば人の心が読める、ということか?」

 パトロクロスはさきほど、彼がロドス博士によってこの宇宙船から追放されたことを、今になって察知したようだった。ロドス博士かエリスの心を瞬時に読んだのだろう。

「それだけではありません。他の人間の心を操作することもできるのです。」

 ロドス博士は辛そうな表情をした。

 わたしは思念波を使ってロドス博士の心を読もうとした。しかし彼は(かたく)なに心を閉ざしていた。

 もっと何か、わたしたちに言えないような過去があるのだろうか?


                          (2)

 機関室の修理は遅々として進んでいなかった。『惑星脳波』は、ほぼ元通りに回復してしまっている。しかし今のところ、パトロクロスの再出現はない。

「てんかん発作を起こしたのですから、パトロクロスもダメージから回復していないのでしょうかね。」

 分析官が考え込むような表情をして言った。

「わからないな。人の心を操作できるというから、わたしたちに気付かれないように行動を開始しているのかもしれない。とにかく全セクションに連絡して、少しでも変わったことがあったら報告するよう徹底してくれ。」

「わかりました・・・ところでセウス統星官、さきほどの『素霊子理論』の件なのですが、ご存知でしたでしょうか?」

「聞いたことはある。」

 パトロクロスの名前も知っていた。ロドス博士と連邦アカデミーで同期だった、異端科学者だ。

 22世紀に思念波(テレパシー)の存在が確認され,人間の意識というものが脳の物理的構造を超えて広がっていることが証明された。それにともなって超能力を研究する学問が発達し、数々の成果が得られた。思念波の伝達速度が光速に一致することが確認されたし、念動力(サイコキネシス)と質量保存の法則との関係も解明された。心理学と物理学の垣根が取り払われ、精神的な現象を物理学的に研究しようとする『精神物理学』も発達した。19世紀にユングが提唱した『集合的無意識』も、抽象的な概念ではなく、物理的に証明できる実体として再評価されるようになった。人間はだれでも、無意識の世界で互いに通信する能力を遺伝的に獲得している。それが『集合的無意識』という、時代を超えた巨大なネットワークを構築していたのだ。

 そして25世紀、死後の世界について研究しようとする『死生学(タナトロジー)』にも変化が訪れた。個人を超えて広がる『集合的無意識』の存在が確認されると、人間が死んで脳の活動が停止した後でも、人間の心や精神はなんらかの形で存続するのではないか、と考えられるようになってきたのだ。

 しかし心的な現象は、研究の対象とすることが難しい。25世紀になっても思念波(テレパシー)などの超能力を操れる人間はごくわずかだったからだ。

「パトロクロスは天才的な死生学者(タナトロジスト)と評価されていた。しかしロドス博士が語ったように彼自身が霊能力者であったとすれば、自分そのものを研究対象として観察できる立場にいたのだろうな。」

 わたしが評した。

「しかし彼の『素霊子理論』は天才的な学説です。」

 分析官が反論した。「わたしも充分には理解できていないのですが・・・人間を含む生物の意識とは、物理空間に広がっている『素霊子』の集合体だというのです。」

「似たような発想は昔からあったと思うが・・・要するに精神や霊というものを『まだ解明されていない物理的な現象』と考える立場だろう?」

「それはそうなのですが・・・パトロクロスが考える『素霊子』というものは、常に流動的で知らないうちに人の脳構造から空間に移動したり、他の脳に吸収されたりしているらしいのです。」

「よくわからないな。それじゃ、いつの間にかわたしと君の『素霊子』が入れ替わっている、ということもありえるのか?」

「そういうことですね。」

「わたしには思念波を扱う能力があるが、誰かと入れ替わったといった経験は一度もない。」

 笑いながら言った。

「それは結局、記憶というものが脳の物理構造に固定されているからなのです。もしわたしとセウス統星官の意識・・・つまり『思考する主体』が入れ替わったとしても、生まれてからの全記憶は元の脳にありますから、お互いに入れ替わったことに気がつかないでしょう。」

 わかったような、わからないような・・・

「それでは、人間が死んだらどうなるのだ?」

「パトロクロスによりますと、『思考する主体』つまり『素霊子』の集合体は残りますが、個人としての記憶は失われます。しかし死ぬ前に、『集合的無意識』に個人の記憶を転写すれば、いわゆる『霊体』として存続することが可能なのだそうです。」

 なるほど、異端科学者と評価されただけあって、胡散臭い説を唱えたものだ。

「つまりは『集合的無意識』が霊界なのかね。そこに記憶を残せば霊として存在できるし、残せないとしても『思考する主体』そのものは残る・・・記憶は失われるが、そのうちに新しく生まれてくる赤ん坊に乗りうつって、生まれ変わるとでもいうのかな?」

「誤解しているようですが、『素霊子』は意識を構成する最小の単位・・・物理学でいえば素粒子のようなものでして、一個の『素霊子』が一人分の意識を担っているわけではありません。無数の『素霊子』が集まって、一人分の意識を構成するのです。『素霊子』も常に新陳代謝を繰り返し、変遷しています。生まれてくる赤ん坊の新しい意識は、言ってみれば、以前に亡くなった多くの人間、動物、またまた植物などの意識に含まれていた『素霊子』が、無数に集まって構成されるのでしょうね。」

 ますますわからない・・・

「つまり『思考する主体』は意識をつくる『素霊子』の集まりで、それ自体は記憶を持たない。『思考する主体』が脳構造などに存在する個人的記憶と結びついたときに『自我』が生まれる。記憶は個別の脳だけでなく、人間の無意識の集合体である『集合的無意識』にも残すことができる。するとその『集合的無意識』に存在する記憶とも『素霊子』は結びつくから、一部の人間は死んでも霊として存続することができる・・・ということか?」

「まぁ、そういった理解で問題ないと思います。」

「するとパトロクロスは、自分の記憶を、この惑星の神経細胞ネットワーク・・・巨大脳にコピーして死んだのだろうか?」

「充分ありえますね。」

 パトロクロスは強大な霊能力者だ。惑星の巨大脳と思念波で交信し、そこに意識のトンネルを造って、自分の記憶をもぐりこませたのかもしれない。

「しかし・・・」

 わたしは、あることを懸念した。「この惑星脳は、それ自身が意識や自我を持っていた・・・つまり、この惑星そのものが知的生命体であった可能性があるな。もしそうだとしたら、パトロクロスのしたことは地球人による侵略だ。『移民法』違反になる。」

 その時、通信ボードのディスプレイがオンになり、保安部員の困惑した表情が映しだされた。

「セウス統星官、報告があります。」

 戸惑っているようだ。

「些細なことでもよい。遠慮せずに言いたまえ。」

「それが・・・各セクションで『幽霊を見た』という報告が相次いでいるのです。」

 とうとう来たか・・・わたしは分析官に目くばせした。

「詳しく報告してくれ。」

「はい。姿は人間のような化け物のような・・・半透明で、スーっと宇宙船内を移動しているようです。不思議なことにモニター画面には何も映っていません。報告を時間順に並べて分析しますと、その『幽霊』は統星官室に向かっているようです。」

 パトロクロスの仕業にしては、まだるっこい印象だ。

「警備官を統星官室のまわりに配置して、侵入を防ぎましょうか?」

 分析官が通信機を手にした。

「もう手遅れのようだね。」

 わたしが答えた。

 いつの間にか分析官の背後に、人間と深海生物が合体したような不気味な生き物が立っていた。


                          (3)

「セウス統星官は、アンコウという魚を知っていますか?」

 分析官が冷や汗を流しながら、ゆっくりとわたしの隣に後退してきた。

「昔の人は、鍋料理にして楽しんだらしいね。」

 化け物は、アンコウの大きな口に人間が飲み込まれたような姿をしていた。ホログラムのように背後が透けて見え、輪郭が時々ぼやける。

「危害を加えるつもりはありません。」

 化け物が声を出した。

 分析官は簡易スキャナーを取り出して、プローべを彼に向けた。

「物理的な実体はないようです。声も機械には記録されていません。」

「わたしたちの意識に、直接映像と音声を送りつけているのだろう。思念波を応用した技術だ。」

「あるいは、『幽霊』かもしれませんね。」

 化け物は、ゆっくりとわたしたちに近づいてきた。

「わたしの名前はキマイラ。惑星タナトスの先住民と地球人の混血の子孫です。」

 姿の割りには、丁寧で友好的な口調だ。

「タナトスとは、あの巨大脳の惑星のことか? わたしたちの調査では、少なくとも高等生物が存在しうる環境ではない、と判断されているのだが。」

「わしから説明しよう。」

 わたしたちの背後から別の声がした。振り返ってみると、そこには人間の老人の姿があった。背景が透けて見える。「わしはアイアース。あの墜落した宇宙船の船長じゃった人間だ。7千年前の事故で、あの宇宙船のセウス統星官と惑星タナトスの先住民によって助けられた。もっともこのとおり、霊体になってはいるがね。」

「アイアース・・・確かに宇宙船『UN0056Y』の船長だった方のようです。」

 分析官がデータを確認した。

「7千年前、なにがあったのだ?」

 わたしが訊いた。

「すべて、パトロクロスが招いた災いだ。あの男は怪物じゃよ。」

 アイアースが説明した。

 7千年前、都市型宇宙船『UN0056Y』は長い旅の後、この惑星タナトスにたどり着いた。陸地がなく移住は無理であるとわかっていたが、今回と同じように調査を行い、神経細胞のような単細胞生物のネットワークが惑星全体にを張り巡らされていることを発見した。

 強力な霊能力者であるパトロクロスは、思念波を使った通信によって、この惑星上に多数の先住民が霊として存在していることを突き止めた。そして地球人の記憶を惑星脳にコピーすれば先住民と同じように霊体としてこの惑星上に存続できると訴え、移住を主張した。

 当然、都市型宇宙船『UN0056Y』のセウス統星官は反対した。先住民がいる惑星に移住することは『移民法』で許されていない。

 パトロクロスは反乱を起こした。乗組員たちの心をコントロールし、統星官室を占拠した。セウスが思念波を使って鎮圧しようとしたが、霊能力ではパトロクロスの方が勝っていた。パトロクロスは操縦官を操って都市型宇宙船の進路を変え、惑星に向けて落下させた。

「墜落の寸前、セウス統星官は惑星上の先住民たちと連絡をとり、宇宙船の乗組員たちの記憶を惑星脳に転写した。5000人ほどの乗組員のうち、約1000人ほどの霊が救われた。わしもそのうちの一人じゃった。」

 アイアースは大きなため息をついた。「霊体となったわしたちは、先住民と協力してパトロクロスと戦った。わしたちのセウス統星官は、ありとあらゆる方法を使ってパトロクロスの記憶を破壊しようとしたが、なんとか彼を神経ネットワーク上の限局したエリアに幽閉するのがやっとじゃった。しかもその過程でセウス統星官の記憶が破壊され、彼は霊体としても存在を失った・・・」

「するとパトロクロスはどこかに幽閉されているのか?」

 わたしが訊いた。

「幽閉したといっても、記憶保持領域が分散しないようにしたにすぎん。ゆっくりとではあるが移動はできるから、惑星脳のどの場所にパトロクロスの記憶が局在するのか、そこまではわからんのじゃ。」

 パトロクロスの記憶がある場所をピンポイントで攻撃すれば彼を倒せるかなと思ったが、事はそう簡単にはいかないようだ。

「ところで教えていただきたいのだが、結局のところ霊体というのは、巨大神経ネットワーク上にある分割された仮想脳のようなものではないのか? 巨大コンピューターに人間の脳構造をコピーすれば仮想的な人格を作ることができるが、それと同じことでは?」

 アイアースは首を横に振った。

「わしたちは惑星脳の中に住んでいるのではない。神経細胞のネットワークは単にそれぞれの霊の記憶を保持しているだけで、霊の実体は、惑星の表面空間上に漂っている素霊子の集合体なのじゃ。」

 データだけが惑星脳にあって、プログラムは霊界にあるということか。

「もっとこの惑星のことが知りたい。先住民というのはどこから来たのだ。かつてこの惑星に陸地があって、そこに住んでいた高等生物が亡くなって霊体となったのだろうか?」

「いや、そうではない。この惑星には元々霊界しかなかった。霊界の中で原始的な霊体が発生し、それが突然変異と自然選択を繰り返しながら進化してきたのじゃ。惑星タナトスには彼ら先住民の他に、多数の低レベル生命体が存在する。地球の動植物のようなものじゃ。そしてこれは理解しにくいかもしれんが、彼らは素霊子でできたDNAのような構造すら持っておる。」

「それじゃこの惑星では、霊体が生殖によって子孫を増やしているのか!?」

 頭がこんがらかってきた。

 アイアースが頷いた。

「これも理解しにくい話じゃろうが、霊体にも寿命があって、先住民たちは生まれてから100年ほどで死ぬ。神経細胞ネットワークに保持されていた『記憶』が失われるのじゃ。個体としての死がなければ、種として進化することもできぬのじゃろうな。」

 しかし地球人の霊体には、そういった寿命はない。『集合的無意識』に保持された記憶が失われれば個体としての『自我』は消失するが、そうでなければ、いつまででも存続できる。だからパトロクロスはこの惑星に移住しようとした。この世界では、永遠の命を持ち霊能力を使えるパトロクロスは、神のような存在なのだ。

「地球人たちの霊体にも『素霊子DNA』がそなわっていました。おそらく霊体には普遍的な構造なのでしょうね。」

 今度はキマイラが説明した。「パトロクロスによる弾圧で、先住民は急速にその数を減らしました。それに対抗するため、先住民と地球人の霊体は交配によって混血霊体を誕生させました。混血した方が寿命が延び霊能力も強くなるからです。わたしたちは約1千年かけてパトロクロスの侵攻を喰い止めることに成功しました。しかしその後は一進一退です。7千年の間わたしたちはパトロクロスを倒す機会をうかがってきましたが、すべて失敗しました。現在純血の先住民は絶滅寸前です。この機会を逃したら、惑星タナトスの原状回復は不可能になってしまいます。」

「この機会とは?」

「あなた方の出現です。パトロクロスは地球の『移民法』に違反し、この惑星を侵略しました。セウス統星官は彼を罰して排除する責任があるでしょう。」

 わたしは苦笑した。

「他の宇宙船の出来事にまで口出しする権限はないのだが・・・どうやらわれわれも巻き込まれてしまったようだし、パトロクロスを倒さなければ、この惑星を脱出することもできないだろうね。しかし勝算はあるのだろうか? あの宇宙船に乗っていたセウス統星官とわたしは、同じクローンだ。彼があらゆる手段を考えて攻撃しても成功しなかったのだから、かなり手ごわい相手なのだろうな。」

「状況が違います。あなたはまだ生きていて、宇宙船に乗っています。」

 確かにそのとおりだが、強大な霊能力を使える相手に対して、どのように戦えばよいのだろうか。

「パトロクロスは今、どのような状態なのだ?」

「わたしたちにもわかりません。さきほどは精神的に過剰興奮してダメージを受けましたから、回復しているとしても今後は慎重に行動するでしょうね。」

「わしたちも後方から支援する。」

 アイアースが言った。「パトロクロスがこの宇宙船を攻撃すれば、彼の霊体の所在が明らかになる。そうなれば、われわれ地球人と混血体の霊が、彼を周囲から攻撃する。力は及ばないだろうが、時間稼ぎくらいにはなるじゃろう。」

 心強いが、パトロクロスの力量がよくわからない。霊体となって7千年も存続してきたのだ。どれほどの霊能力を使うことができるのだろうか。

「統星官・・・」

 分析官がモニター画面を見ながら震える声で言った。「この宇宙船の進路が変化しました。惑星の周回軌道から少しずつ離れてきています。」

「機関室の修理は終わっていないはずだが。」

念動力(サイコキネシス)かもしれませんね。」

 パトロクロスはこの宇宙船を動かすほどの念動力を身につけてしまった、ということか?

「わしたちは惑星脳に戻って、パトロクロスを攻撃する。」

 アイアースはそう言うと、ゆっくりと姿を消した。

 キマイラも後に続いた。


                          (4)

 わたしは操縦官に思念波で連絡して、宇宙船の進路を惑星外に向けさせた。思念波を使用したのは、通常の通信では、どこかでパトロクロスに傍受されてしまう可能性が高いからだ。

「メインエンジンは現在のところ、まったく動かないそうだ。補助エンジンの動力にも限界があるので、時間稼ぎにしかならない。このままでは墜落する。」

 統星官室に、ロドス博士と彼の妻エリスがやってきていた。

 エリスは魂が抜けたような表情をして、わたしの話を聞いていた。

「パトロクロスはわたしだけでなく、この宇宙船の乗組員全員を死に追いやるつもりなのでしょうか?」

 ロドス博士の顔は青ざめていた。

「あの墜落した宇宙船の乗組員も、パトロクロスによって全員が道連れにされてしまった。彼はそういう男だよ。」

 統星官室が細かく振動した。補助エンジンとパトロクロスの念動力が拮抗しているのだろう。

「宇宙船の位置が、惑星の周回軌道上に戻りました。」

 分析官がほっとしたような声で報告した。アイアースたちが支援してくれているようだ。

「どうしてパトロクロスは姿を現さない?」

 わたしが疑問を口にした。「彼はこの巨大な宇宙船を動かすほどの力を持っているのだ。直接わたしたちの命を奪うことなど、彼にとっては簡単なことだろう。」

「何か理由があるのかもしれませんね。ロドス博士やエリスさんに思念波を向けて交信すると、過剰に興奮して前回と同じようにてんかん発作を起こしてしまうとか。」

 なるほど。

 わたしは思念波を惑星タナトスに向けてみた。霊体の誰かと交信できるかもしれない。

<アイアースじゃ。>

 返信があった。<パトロクロスの霊は疲労困憊しているらしい。あれだけの念動力をつかったのだから、当然じゃがな。>

<彼の記憶が存在する場所は特定できたのかな?>

 わたしか訊いた。

<パトロクロスの素霊子を感じることはできるが、それは霊界上でのことで、彼の自我をつなぎとめている記憶が実際に惑星上のどの場所にあるのかは・・・残念ながらわからぬ。わしたち霊体は、自分の記憶が惑星上のどの位置にあるのかは漠然と実感できるが、他の霊体の記憶の位置については(うかが)い知ることができぬのじゃ。>

 そういうことか。

「脳波を分析すれば、わかるかもしれません。」

 分析官が提案した。「大昔、てんかん患者の病巣を熱で焼く、という治療がありました。脳波上に最初に現れる棘波(きょくは)を探して、脳内で異常興奮するてんかん源を同定します。その病巣に頭蓋外から針を刺して、電気を通して焼却するのです。」

「なるほど。それではこの惑星上に脳波センサーを多数配置して、その棘波とやらがどこで最初に発生するのか観察すればよいのだな。そこがパトロクロスの記憶がある場所だ。そこをピンポイントで中性子線攻撃すれば、彼を倒すことができる。」

「そのとおりです。」

 わたしはさっそくラボステーションのラオコーン博士に命じて、電磁場センサーを積んだ探索モジュール機を多数発射させ、惑星上に張り巡らせた。

「パトロクロスはこのことを警戒して、思念波による攻撃を控えたのかもしれないな。」

 相手の手が見えてきた。パトロクロスは馬鹿ではない。合理的に考えて行動しているのだ。

<パトロクロスは精神力を使い切って弱っているようじゃ。今のうちに地球人たちの霊体を集めて、彼を攻撃しようと思う。>

 アイアースの思念波が届いた。

 わたしは警戒した。

<ちょっと待ってほしい。これは罠かもしれない。>

<しかし絶好の機会じゃ。罠であったとしても、わしたちが総力で攻撃すれば惑星表面で彼の脳波がひろえるじゃろう。そこをそちらの宇宙船が攻撃すればよい。>

 一理あるが、どうなのだろう。

 とにかくわたしは、宇宙船の船長に命じて、いつでも中性子線攻撃できるようスタンバイさせた。

「棘波が現れました!」

 分析官が叫んだ。「座標は北緯11.4度、相対東経15.2度・・・この宇宙船のすぐ近くです。絶好の攻撃位置です!」

 中性子線の砲身がゆっくりと攻撃位置に向けられた。いつでも発射できる。

「セウス統星官、どうされたのですか? 早く攻撃命令を出してください。」

 分析官がけげんそうな顔をした。

「なにかおかしい。これも罠かもしれない。それにあそこを攻撃すれば、アイアースや先住民も巻き込んでしまう可能性がある。」

「それはやむを得ない犠牲でしょう。こんなチャンスは二度と来ないかもしれません。」

「いやダメだ。このまま待機する!」

 わたしの額に汗が流れた。


 突然、統星官室が激しく揺れた。と同時に轟音が鳴り響いた。全員が耳を押さえた。

「なにがあった!?」

 分析官は急いで宇宙船のデータを解析した。

「不思議ですね。モニターには何の異常も記録されていません。」

 思念波による攻撃か?

<セウス統星官、キマイラです。>

 混血霊体のキマイラが思念波を送ってきた。<今のはアイアースたち地球人の霊体が、記憶を破壊された時の断末魔の叫びです。>

<どういうことだ?>

<やはり罠でした。パトロクロスはまったく弱ってなどいませんでした。地球人の霊体たちが一ヶ所に集まって攻撃してきたところを、一瞬で殲滅(せんめつ)してしまいました。>

 わたしは言葉を失った。

 恐るべき敵だ。中性子線攻撃をためらうべきではなかったのかもしれない。

「統星官。あれを見てください。」

 分析官が脳波モニター画面を示した。惑星上のあらゆるところから、棘波が出たり消えたりしていた。「結局あの棘波はダミー・・・パトロクロスが作り出した罠だったのですね。」

 パトロクロスの(あざ)笑う顔が見えるようだった。


                          (5)

「パトロクロスは何を考えているのでしょう?」

 分析官が疑問を口にした。「あれほどの霊能力を持っているのですから、もっと簡単にわたしたちを攻撃できると思うのですが・・・」

「わたしたちををなぶり殺しにしようとしているのかもしれないな。それともゲーム感覚で楽しんでいるのか。しかしそれにしても、彼はなぜ姿を現さない?」

「それは、さきほども言いましたように、過剰興奮して再度てんかん発作を起こすのを恐れているのではないでしょうか?」

・・・本当にそうか?

「もう一度、あの時の状況と脳波を分析してみよう。」

 わたしが提案した。なにかパトロクロスを攻撃できるヒントが得られるかもしれない。

 分析官がパネルを操作し、スクリーンにさきほどの統星官室の映像をアップした。右ペインに惑星脳波が表示されている。

棘波(きょくは)が多発していますが、てんかん発作を起こすほどのものではありませんね。」

 エリスと会話している時点までは、発作を自制できていたらしい。「この後スクリーン上のパトロクロスの注意はロドス博士に向けられます。この時点でも発作を起こすほどの脳波ではありません。」

 ロドス博士への怒りで、てんかん発作を起こしたわけでもないようだ。

「えーと・・・この時点からです。いきなり棘波だらけになっています。てんかんの強直性発作ですね。人体でいえば、眼球が上転し四肢が伸展したまま細かく振るえ、口から泡を吹いて意識を失っている状態です。」

「ちょっと映像を戻してくれ。」

 わたしが注文した。発作直前のパトロクロスの表情が見たかったからだ。

「怒りの表情から・・・なんていいますか、驚きの表情に変化していますね。」

 その直後に発作を起こしている。

 何か衝撃的な心的ダメージを受けていたかのようだ。

「ロドス博士。なにか大事なことを隠していないか?」

 わたしが訊いた。「おそらくパトロクロスはあなたの心を読んで、なにかを悟ったのだ。それは彼にとって、かなり衝撃的な事実だったのだろう。」

 ロドス博士は顔面を蒼白にして、うなだれていた。隣にいたエリスも緊張した表情をしている。

「この宇宙船の乗組員5000人の命と、惑星タナトスの命運がかかっているのだぞ。辛くても、真実を明らかにしてほしい!」

 ロドス博士の額に汗が流れた。目を硬く閉じている。

 わたしは思念波を送り、彼の心を読んだ。同時にその内容を分析官とエリスにも投射した。


 西暦2456年11月5日、わたしたちの都市型宇宙船は出航を3時間後に控えていた。多くの搭乗員はすでに冷凍睡眠(コールドスリープ)に入っている。十数人の整備員や科学者たちだけが覚醒して作業していた。

 最終チェックの段階になって、大変な事実が判明した。搭乗員たちは冷凍睡眠に入った状態で搬入されるのだが、ほぼ同時刻に出航する同型の都市型宇宙船『UN0056Y』の搭乗員約100名が、なんらかの手違いで当宇宙船に紛れ込んでしまっていたのだ。

 燃料の搭載はすでに完了している。出航を引き伸ばすことはできない。覚醒していた科学者たちは、大急ぎでタグと呼ばれる電子的な識別票を修正した。そしてなんとか、出航間際に100人を『UN0056Y』に移乗させることに成功した。

 ロドス博士はホッと胸をなでおろした。ロドス博士とエリスが最終的なチェック責任者だったのだ。

「これで僕たちも冷凍睡眠(コールドスリープ)に入ることができるね。」

 ロドス博士がエリスを慰めるように言った。彼はエリスの精神状態が最近特に不安定なのを心配していた。「次に僕が覚醒するときは、君とパトロクロスはすでに結婚しているのかな。何十年・・・いや何百年先のことか、わらかないけれど。」

 笑ってみせた。

 しかしエリスは無表情のまま、何も言わない。

 その時、『UN0056Y』から緊急連絡が入った。相手の宇宙船の科学者からだ。

「大変だ! 一人だけそちらの宇宙船の搭乗員が、こちらに紛れ込んでいる!」

「え!」

 そんな筈はなかった。チェックは何重にもしている。

「その搭乗員の名前は?」

「パトロクロス・T・イリアッド。」

 ロドス博士は愕然としてエリスに目を向けた。

 エリスは困惑したような表情をした。そして言った。

「ロドス・・・どうしてこんなことをしたの?」

 え・・・!? ロドス博士は動揺した。しかしすぐに理解した。

 罪悪感からの防御反応・・・精神的な安定を保つために自分のしたことを意識下に追いやり、そして別のストーリーを構築したのだ。

 反論することはできない。それではエリスの精神を破壊してしまう。それでなくともパトロクロスの長年にわたる思念波による支配で、彼女は辛い思いをしてきたのだ。

「君を取り戻したかったからだよ。許してくれ・・・」

 ロドス博士が、そう答えた。


棘波(きょくは)が出現しています。さきほどより強いですね。」

 分析官が報告した。

 パトロクロスが、わたしたちの思念波による交信の内容を知ったのは間違いない。事実を再確認してショックを受けているのだ。わたしの思念波を直接傍受すれば、さすがにわたしは気が付く。おそらく思念波によってエリスの心に彼の精神を紛れ込ませ、間接的に盗聴していたのだろう。

「遠いな。補助エンジンだけでは、攻撃地点まで到達するのに時間がかかる。」

「それでも位置を確認しました。パトロクロスの『記憶』はゆっくりとしか移動できないそうですから、攻撃できる可能性はあります。」

 わたしは通信機で操縦官に連絡し、補助エンジンを使って発進するよう命じた。しかし宇宙船が移動を開始した途端、棘波の発生源は急速に位置を変え、ゆっくりと消失してしまった。

「けっこう速く移動できるのですね。」

 分析官が唖然とした表情をして言った。「せっかく本物の棘波を補足できたのに残念です。メインエンジンの回復はまだなのですか?」

「ほぼ絶望的らしい。それにあの速さで移動されたら、メインエンジンを使っても追いつくことは不可能だろう。」

 エリスの表情は変わらない。しかし会話には注意しなければならない。どこまでパトロクロスに伝わっているのか、わからないからだ。

「最初の時、パトロクロスはロドス博士の心を読んで、実はエリスが彼を追放したことを知ったのですね。それで過剰に反応して、てんかん発作を起こしてしまった・・・てんかん発作を起こせばパトロクロスの意識もなくなるでしょうから、『記憶』の位置を移動させることもできなくなるのではないでしょうか?」

「もっと強烈な精神的ショックを与えて、てんかん発作を誘発する・・・か。しかし前回のように惑星規模でてんかん発作が起きれば、磁気嵐が発生して、こちらの宇宙船も破壊的なダメージを受ける。」

「その前にパトロクロスの『記憶』の位置を突き止めて、攻撃しなければならないのですね。この宇宙船の近くまで誘導できればよいのですが・・・」

 わたしは再度、思念波を惑星タナトスに向けた。

<キマイラ、聞いてほしい。おそらくパトロクロスは精神的に病んでいる。>

<それは7千年前から知られています。>

 キマイラの返信があった。

<そういうことではない。パトロクロスは恋人が彼を追放したことを知って、おそらく半狂乱になっている筈だ。彼のような人間は、そういったことには精神的に弱い。>

<理性を失っている可能性があるのですね。>

<そこでだ。彼の『記憶』をおびき寄せる方法を知りたい。>

<理性を失ってセウス統星官を攻撃していれば、わたしたち混血霊体が、彼に気付かれないように惑星神経ネットワークの全体的な位置を変化させることができます。>

<そんなことが可能なのか!?>

 突拍子もない提案だ。

<電気的な現象ですからね。そもそもパトロクロスの『記憶』といっても、それは神経細胞ネットワークを流れる電気の集合体に過ぎないのです。>

<なるほど>

<それよりも問題は、前回のように過剰興奮して、惑星脳全体にてんかん発作を広げてしまうことでしょう。そうなったら初めからやり直しです。>

 キマイラも同じ心配をしていたようだ。

<やり直しどころか、再度あのような磁気嵐が起きたら、この宇宙船はひとたまりもない。発作を局所に留める方法はないのか?>

<パトロクロスの『記憶』の位置さえわかれば、わたしたち混血霊体の『記憶』をその周囲に集めて、発作波が周囲に拡散しないようにすることができます。自分たちの『記憶』の位置はわかりますし、移動させることも可能ですから。>

<それでは君たちの『記憶』も、わたしたちの中性子線攻撃で破壊されてしまう可能性があるが。>

<それは覚悟の上です。わたしたち混血霊体は、パトロクロスを倒すために生み出されたのですから。>

<・・・・・・>

 返す言葉がなかった。

「統星官!」

 分析官が叫んだ。「とうとうパトロクロスが現れたようです。」

 スクリーンが乱れ、怒りに満ちたパトロクロスの顔が浮かび上がってきた。

 いよいよ最終決戦である。


                          (6)

「パトロクロス、わかっただろう。お前は霊能力でエリスの心を支配していただけなのだ。エリスはまだ洗脳が解けていないが、潜在意識の中ではお前を嫌っている。」

 わざと挑発的な言葉を投げかけてみた。

<ダメです。棘波は出現しません。>

 思念波で分析官が報告した。パトロクロスに内輪の会話が漏れないように、分析官とキマイラとの間では思念波通信をオープンにしたままにしていた。

「ロドスの記憶が信用できるのか? 彼は何度も冷凍睡眠を繰り返している。その間に現実と妄想の記憶が入れ替わってしまった可能性が高いな。あるいは人工的に記憶を置き換えた疑いもある。」

 パトロクロスの声は低く冷たい。

「おめでたい人間だな。そのような無理な解釈をして精神の安定を保とうとしているのか。なんならエリスの深層心理を分析してみたらどうだ。」

<一瞬棘波が現れましたが、すぐに消えました。場所は遠いですね。この宇宙船の反対側です。>

 それでもおおまかな場所はわかった。あとはキマイラたち混血霊体がパトロクロスに気付かれないように、ゆっくりと神経ネットワークの座標を回転させてくれればよい。

「おれを故意に怒らせて、脳波から記憶の位置を割り出そうとしているのだろう。無駄なことだよ。この船の状況はよく把握している。おれを倒すことは絶対にできない。」

 自信ありげだった。

「どうした。エリスの深層心理を分析するのが怖いのか?」

 再度挑発してみた。

「どうしてもおれを怒らせたいみたいだな。さきほどのおれの力を見ただろう。この船だって動かすことができるのだ。おれがその気になれば、お前など一瞬で叩き潰すことができる。」

「いや、できないと思う。」

 わたしが即座に否定した。「確かに強大な念動力だが、霊界で発達させた能力だ、生きている人間に使ったことはないだろう。重力を変化させて大きな物体を動かすことは可能だろうが、わたしのような個別の人間をどうこうすることはできない筈だ。」

<棘波がまた現れました。さっきより幾分この宇宙船に近づいてきています。>

 キマイラたちが作戦を開始したらしい。あとはパトロクロスに気付かれないように、彼を挑発して注意をこちらに向けさせ続ければよいのだ。

 わたしは続けた。

「さらにお前は、顔を見た人間の心しか読むことができない。この宇宙船の状況を知るのに、わざわざエリスの心の中に潜んで、わたしたちの会話を盗聴していた。誰の心でも読むことができるのなら、そのようなことをする必要はない。さらに言えばお前は、アイアースやキマイラのように霊体となってこの宇宙船に乗り込むこともできない。けっこうできないことが多いのだ。」

 だからわたしたちの前に、なかなか姿を現さなかったのだろう。

<棘波が増強しながら接近しています。まだまだ攻撃の射程外ですが。>

 分析官が報告した。作戦は成功しつつある。

 突然、パトロクロスの笑い声が響いた。

「さすがセウス統星官だな。そのとおりだよ。7千年前の別のセウス統星官との戦いで、そういった能力を制限されてしまった。もっとも相手はくたばったがね。」

 楽しそうだった。「どうやって当時のセウス統星官の霊体を倒したか、教えてやろうか? やつが自分の記憶とおれの記憶を合体させようとしたとき、おれは自分の意志でてんかん発作を起こしたのさ。やつの記憶は発作波で吹き飛んでしまった。そう、おれは自分でてんかん発作を誘発することができる。再度惑星規模でてんかん発作を起こしたら、磁気嵐でお前の船はひとたまりもないだろう。」

 統星官室の会話を、すべて盗聴していたらしい。

「そうなれば、エリスまで巻き込むことになるが。」

 わたしが忠告した。

「その前に、エリスの記憶をこの惑星脳に転送するさ。おれに忠誠を誓う他の乗組員も助けてやりたいところだが、もう時間がないな。言っておくが、エリスを隔離しようとしても無駄だぞ。顔を知っている人間なら、どこまでも追跡することができる。」

 はったりではないようだ。今度はこちらが窮地に追い込まれた。

<棘波が弱まってきました。>

 分析官の声も弱々しい。

「さあエリス、こちらにおいで。霊体にはなるが、意識と記憶は永遠に保たれる。すばらしい世界を用意していたよ。」

 スクリーン上のパトロクロスが、なだめるような口調でエリスに言った。

 そこにロドス博士が割って入った。

「それよりわたしの記憶を転送してくれ! 憎いのはわたしだろう。わたしの霊体を監禁して、ずっと拷問を加えれば気が済むのではないか!?」

「それは名案だ。」

 パトロクロスが残忍そうな笑みを浮かべた。「エリスと一緒にお前も霊体にしてやろう。お前を痛めつけて、ぶざまな姿を毎日エリスに見せてやれば、エリスもお前に愛想をつかすだろうな。」

「なんてやつだ!」

 ロドス博士が絶句した。

「あたしは行きたくない・・・」

 突然、エリスが口を開いた。「あたしがやったんだ。あなたと離れたかったから、タグを改竄してあなたを別の宇宙船に紛れ込ませた。そのせいで、こんなことに・・・。でもロドスはいつもあたしを(かば)ってくれた。あたしがやったのに、自分のせいにしてくれた。」

「なにを言っているのだ、エリス!」

 パトロクロスが動揺した。

<棘波が現れました! かなり接近しています。もう少しで攻撃射程内に入ります!>

 エリスのおかげで、再度パトロクロスに精神的ショックを与えることができた。

「今度はよくわかっただろう。お前はだれからも嫌われていたのだよ。ロドス博士はエリスを守るために、彼が罪を背負った。お前は7千年たっても、そんな芸当はできないだろうな。」

 スクリーン上のパトロクロスの顔が、怒りで歪んだ。

<棘波が増強しています! 危険な水準です! 過度に刺激しない方が・・・>

<まだまだ大丈夫だ。最後までこちらの作戦を感づかれたくない。てんかん発作を起こして意識がなくなった時点で、中性子線の砲身をやつに向けて攻撃する。>

 うまくいけば、キマイラたちを巻き込まなくても済むかもしれない。

「7千年も君のことを待っていたのに・・・」

 急にパトロクロスの口調が変わった。泣きそうな声だ。「おれは・・・いったい何のために・・・。」

<棘波が減衰してきています。>

 まずい。怒りから悲しみに感情が変化してしまった。

「ぶざまな姿だな、パトロクロス。ここにきてまで、エリスの同情を買おうとしているのか?」

 神経を逆なでした。 

「そこまでバカにするのなら、貴様らの希望どおりにしてやる!」

 再び棘波が増強してきた。「てんかん発作を起こしてやるさ。特別大きいのを、な。磁気嵐でお前たちの船は空中分解するだろう。エリスもロドスも死んでしまえ!!」

 気がふれたようだ。

<棘波が激しくなってきました。敵はすでに攻撃の射程内に入っています。>

 分析官が興奮した声で報告した。

<てんかん発作に入ったら、ただちに攻撃だ。最後まで気をゆるめるな。>

 なんとか作戦は成功したようだ。

 棘波が惑星全体に広がりはじめた。表面温度も徐々に上昇してきている。統星官室の床が細かく振動しはじめた。

 いよいよだ。

 そう思った瞬間、棘波が朝霧のように、一瞬でかき消えてしまった。


                          (7)

「どうした! なにがあった!?」

 さすがに慌てた。

「わかりません。あれも最初からダミーだったのでしょうか?」

 そんな筈はない。しかしどこかの時点でパトロクロスは作戦に気付き、本物の記憶を移動させて、代わりにダミーの脳波を作り出したのだ。

スクリーンの映像が再度乱れた。

「神経ネットワーク全体を移動させたらしいな。」

 パトロクロスの憎たらしい顔が現れた。(わら)っている。「おそらく混血霊体キマイラの発想だろう。あんな化け物の提案を受け容れるとは、今度のセウス統星官は情けない。7千年前、おれたちのセウス統星官が使った手だぞ。」

 どういうことだ?

<セウス統星官、申し訳ありません!>

 キマイラの声が思念波として響いてきた。<確かにわたしの先祖たちが、同じ作戦をパトロクロスに使っていました。見破られるのは当然でした。>

 先祖のことだ、仕方がない。

「セウス統星官、最後の提案だ。よく聞け。」

 パトロクロスが勝ち誇ったように言った。「統星官の命令でエリスの記憶をこちらに差し出せ。記憶はいくらでも改造できるのだ。おれの思っていたようなエリスに戻してやる。それからロドスの記憶も差し出せ。こちらで痛めつけてやるさ。以上の条件を飲めば、他の乗組員の命は助けてやる。」

「そんなことが信用できると思っているのか?」

 ため息をついた。「いつ反撃するかもしれないわたしを、お前が見逃すはずはないだろう。エリスを差し出しても差し出さなくても、この宇宙船は破壊されるはずだ。それにお前のような変態野郎に、わたしの仲間を差し出すことなど、絶対にありえない。」

「そんなに死にたいのか?」

「信頼できる仲間たちと死ぬのなら、本望だ。しかしパトロクロス、お前も本当に哀れな男だな。生前も、そして死んだ後も、お前は誰からも愛されない。ずっとひとりぼっちだ。」

<棘波が現れました。北緯20.5度、相対東経65.2度。かなり遠方です。>

 分析官が報告した、声に力がない。

「わかった。それなら本当にお別れだな。」

 パトロクロスが哀れむように言った。「最後に言っておくが、あんな単純な作戦にすべてを賭けるとは、この船のセウス統星官は無能だったな。昔のセウス統星官のほうが、ずっと優秀だったぞ。」

 捨てセリフを吐いて、パトロクロスはスクリーンから姿を消した。

<棘波が急激に増えてきました。意識的にてんかん発作を起こすつもりのようです!>

 モニター上の棘波は、惑星全体に広がりつつあった。

<セウス統星官、わたしたちが戦います!>

 混血霊体キマイラの声が響いた。<パトロクロスの記憶の位置がわかりました。その周囲にわたしたち混血霊体の記憶を集めます。わたしたちは防波堤になります。狭い場所にてんかん発作を押さえ込むことができれば、発作の熱でパトロクロスの記憶が自壊するかもしれません。>

 無謀であることはキマイラたち自身がわかっていた。ダムの決壊を素手で防ぐようなものだ。

<棘波の広がりが狭まってきました。>

 分析官が報告した。<キマイラたちの行動が、少しは効果を上げているのかもしれませんね。ただし棘波の密度は高くなっていますので、このままではてんかん発作を起こしてしまいます。>

<てんかん発作に移行したら、すぐに知らせてくれ。>

<わかりました。しかし補助エンジンで到達するまで、キマイラたちが持ちこたえられるでしょうか?>

 それにわたしは答えず、腕を組んだ。

 突然、棘波がバーストを起こした。

<なんだ今のは? てんかん発作に移行したのか?>

<いや、まだです。パトロクロスの攻撃でしょう。>

 わたしは不安になった。キマイラに思念波を向けてみた。

<大丈夫か?>

<今のバーストで、混血霊体の半数が記憶を吹き飛ばされました。>

 キマイラの弱々しい声が伝わってきた。<わたしのミスで、セウス統星官に致命的な迷惑をおかけしました。どのようにお詫びしたらよいのか・・・残念ながら、持ちこたえることは不可能なようです。それでも最後まで頑張ります。本当に・・・残念です。>

 わたしの額に汗が流れた。

<てんかん発作は、まだか!?>

<いよいよだと思います。今度は本物でしょう。>

 分析官がモニターを見ながら言った。

 棘波が再び惑星全体に広がり、惑星表面の温度が急上昇した。緑の海が渦を巻きはじめた。

 もうじき、磁気嵐が発生する。

<てんかん発作に移行しました!!>

 分析官が叫んだ。

 わたしは、ただちに通信機を取り上げ、操縦管に連絡した。

「メインエンジン駆動開始!全速力で攻撃地点に移動せよ!」

「メインエンジン? 修理は絶望的ではなかったのですか!?」

 分析官が驚いた顔をして訊いた。

 足元が激しく振動した。後方に強いGがかかってきた。宇宙船が移動を開始したのだ。

「罠ですか!」

 分析官が、わかった、といった表情をした。「本当はメインエンジンの修理は進んでいたのですね。それを感づかれないように、あえて他の仲間も騙した。そうですね!」

「相手は狡猾なパトロクロスだからな。ウラのウラをかかなければ、勝算はなかった。キマイラたちには済まないことをした。」

 本当はキマイラたちに犠牲を強いることは、したくなかった。

<セウス統星官、尊敬します!>

 キマイラの声が響いてきた。<わたしの作戦は失敗でしたが、パトロクロスはそれに気をとられて、セウス統星官の罠に気がつきませんでした。わたしの作戦も無駄ではなかったのですね。>

 もうすぐ死ぬというのに、明るい声だ。

<攻撃準備ができた。覚悟はいいか?>

<お願いします。わたしたちの霊能力も限界にきています。>

 わたしは目を閉じて、船長に攻撃命令を出した。

 宇宙船が激しく揺れた。

 惑星の一部、直径数十キロの範囲が緑から紅に変化し、水蒸気が舞い上がった。

 電磁場が乱れ、惑星レベルで雷が多数発生した。


                          (8) 

「セウス統星官、報告があります。」

 通信ボードのディスプレイに、保安部員の困惑した表情が映しだされた。

 パトロクロスとの戦闘から地球時間で約一ヶ月が経過し、宇宙船の修理もほぼ完了していた。わたしは統星官室で、制御機器の最終チェックをしていた。

「また幽霊が現れたのか?」

 からかってみた。

「はい、それが・・・わたしの隣にいて、統星官室に案内してくれ、と言っています。」

 ディスプレイには映っていない。しかし嘘ではないだろう。

「それでは、連れてきてくれ。」

 わたしが言った。

 あれから時々惑星に向けて何度か思念波を送ったが、なんの反応も得られなかった。パトロクロスが本当に消滅したのか、それにキマイラたち混血霊体がどうなったのか、知りたかったが情報が入ってこなかった。

 

 しばらくして、統星官室に保安部員が入ってきた。一緒にやってきたのは、3体の、雲のような霊体だった。顔はなく、身体の各部の区別もつかない。

「先住民を代表して、セウス統星官に挨拶に参りました。」

 どこからか声がした。地球語はマスターしているらしい。「パトロクロスから惑星タナトスを守っていただいたことを、感謝いたします。」

「パトロクロスや混血霊体たちは、どうなったのだろう?」

 わたしが訊いた。

「すべて消失しました。残っているのは、わたしたち先住民だけです。」

 キマイラたちのことは残念だったが、一応ほっとした。

「それでは、これから原状復帰に向けて一致団結することができるのだな。」

「そのことについて相談なのですが・・・」

 真ん中の雲型霊体が、ユラユラと身体(?)を揺らした。「わたしたちは、どのようにしたら先住民をまとめることができるのか、そのすべを知りません。7千年もの間、パトロクロスによる弾圧を受けてきましたので、このような世界が当たり前になってしまったのです。」

「それは気の毒なことをした。」

 征服された期間が長すぎた。当然のことだろう。

「地球人がやってくる前、わたしたちは多くの国に分かれて争っていたそうです。けっして平和だったわけではありません。これからまた、そのような世界に逆戻りしてしまう可能性もあります。」

 一息ついた。「できましたら、セウス統星官たちに移住していただいて、神としてわたしたちを導いていただけないでしょうか?」

 意外な申し出だった。

 わたしは笑った。

「大昔の地球人も同じだった。むしろ神が信じられていた時代の方が、争いは多かったよ。紆余曲折はあるだろうが、自分たちで解決していくべきだ。だれかに頼っていたら、種族としての発展も期待できない。それにわたしたちは、まだまだ死にたくないのでね。」

「そうですか。」

 残念そうな声が響いた。「しかし今回、地球人から多くを学びました。セウス統星官の活躍は、これからも神話として語り継がれるでしょう。」

 わたしらしくはないが、ちょっとだけ照れた。

「あなたがたのために戦ったアイアースたち地球人の霊体やキマイラたち混血霊体こそ、神として崇めてほしいね。彼らの自己犠牲なくして、今回の勝利はなかった。彼らはあなたがたの未来を信じて死んでいったのだ。それを肝に銘じてほしい。」

「よくわかりました。」

 少しだけ声に明るさが感じられた。「彼らの活躍も神話になるでしょう。アイアースたちから、大昔の地球にもそのような神話がたくさんあったと聞かされました。地球人はそのような時代から、自らの力で発展して宇宙に飛び立ったのですね。わたしたちも見習ってみることにします。」

「期待しているよ。もう二度と会うことはないだろうがね。」

 もうすぐ別の恒星に向けて、宇宙船を出航させなければならない。

「いえ・・・わたしたちの子孫とは、将来また、お会いするかもしれません。」

 意味深な言葉を残して、先住民の霊体は、ゆっくりと姿を消した。


「どういう意味だったのかな?」

 宇宙船の修理が完了し、船長に出航命令を出した後、わたしが分析官に訊いた。

「さあ・・・死後の世界でまた会える、ということでしょうかね。」

「死後の世界が恒星を超えて連続している、とでもいうのか? そんなことはないだろう。思念波だって光速を超えることはないし、惑星を離れた遠方までは伝わらない。素霊子は宇宙空間を飛びまわっているのかもしれないが、自我を作り出している記憶は脳などの媒体に依存して存在している。だいたいパトロクロスの霊ですら、惑星タナトスを離れることはできなかった。」

「確かにそうですね・・・」

 分析官が考え込んだ。「ひょっとしたら遠い将来、霊たちの文明を発展させて、宇宙に飛びだすつもりであることを示唆していたのではないでしょうか?」

「霊たちが恒星間航行?」

 笑ってしまった。

「ありえないことでしょうか?」

「いや、念動力を応用すれば、神経細胞ネットワークの一部を切り離すことは可能だろう。それにしても大胆な発想だ。将来が楽しみだな。」

 メインエンジンの駆動音が伝わってきた。

 そして惑星タナトスの姿が、徐々に小さくなっていった。

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