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執事喫茶と犯罪の片棒

作者: 珠洲鈴涼理

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 きゃ~♪ 開幕イケメン! さすが執事喫茶ね!


「どうぞ、こちらの席へ。ご案内します」

 仕草もいちいちステキ! セレブリティーだわ。

 友達の紹介で来たけど、雰囲気もいいし期待大ね。

 いつも友人関係に始まり、金銭、お仕事、巻き込まれ……あらゆるトラブルと災厄と事件と偶然に人生を狂わされている友達が紹介してくれたこの執事喫茶。彼女いわく、ここがあるからこそ、今まで降りかかってきた火の粉・灰燼・厄介事を振り払えたのだと言う。

 よほどサービスがいいか、お気に入りの人がいるのかしら。


 私が会社の人間関係に悩んでいると相談したとき、ここならリフレッシュできるからと紹介を受けたのだ。


 シックなソファに座らされ、メニューを差し出される。


「当店ではお嬢様方はティーカップよりも重いものと、犯罪の片棒よりも重いものを持つ必要はございません。

 全ての雑事と悪事は私めにお任せくださいませ」

 うんうん♪ このセリフがソソるわね~って、え?

「お嬢様の手を煩わせることは一切ございません。物を取るのも、人の命を手玉に取ることも、執事である私めが執り行いますので」

「あの。ここ執事喫茶ですよね」


「ええ、仰るとおり」

「悪事というのは一体……」

「気品と高貴を兼ね備えるお嬢様であるためには、常に優雅に振る舞うべきなのです。故に優雅であるためのお手伝いを、執事の私どもがお手伝いします」

 うん、それはわかるよ。


「時には自らの地位と名誉を守るため、悪の道に踏み込む必要もございましょう。ですがお嬢様が血に手を染める必要はありません。全て私どもに言いつけてください」

 サイキンノシツジキッサハスゴインダナー。

 ま、こういう演出なんでしょ。ここはノってあげないと執事のお兄さんがかわいそうね。


「まずはここのおすすめの紅茶をちょうだい」

「かしこまりました、お嬢様」

 落ち着きのある一礼の後、執事が音も立てずに下がる。しばらくして高級そうなカップとポットを持った執事が戻ってきて、目の前で注いでくれた。


「さてお嬢様。何をいたしましょうか」

 悪事のことかしら。ま、簡単に言ってみようかしら。ここはノってあげるのがお嬢様の仕事ね。

「会社の上司が浮気してるんだけど、それを奥さん……まぁ会社のお局様なんだけど。彼女にバラしてほしいわ」

 ま、無理でしょ。上司のことなんか知らないだろうし。


「畏まりました、お嬢様」

 いつの間にか執事はいなくなっていた。何か茶番でも用意してくれるのだろうか。手持ち無沙汰になったので私は紅茶を一口飲んだ。やけに軽いカップだった。

「おまたせしました、お嬢様」

 気付くと私の隣で控えめに佇む執事が。携帯電話の着信音が鳴り響く。発信相手は同期のB――上司の浮気相手。このタイミングで何……?


『あ、A! 大変なの! 経理のお局様が家に来ちゃったの! 私がC課長と不倫しているって――』

「執事さん、追加の悪事を」

「何なりと、お嬢様」

「実はね、お局様は親会社のD専務とデキてるんだけどね。それもバラさなきゃC課長がかわいそうだわ」


「畏まりました、お嬢様」

 まるでそこにいなかったみたいに執事はいなくなっていた。まるで重さのないカップを掲げて数十秒。

 電話先で喚いていたBの声が悲鳴に変わる。

『えっ何、きゃ、キャ~~~~ッ!!』

「ど、どうしたの!?」

『お局様が……刺され、え、C課長――ぁっ』

 突然通話が途絶えた。まるで終わりを告げるように、ぷつんと、切れた。


「これでよろしいですか、お嬢様」

「え、演技よね……茶番よね」

「気にされることはありません、お嬢様。お嬢様は犯罪の片棒より重いものを持たされることはありません。全ては私どもがやったのですから」


 は、はは。最近の執事喫茶はアグレッシブで激しいのね。ホストクラブよりもハマちゃいそう。

「お嬢様。当店の悪事の手伝いは一日三回です。あと一回を」

「C課長と一緒になれるように仕組みなさい」

「畏まりました、お嬢様」


 言い切った途端に着信。C課長から。よその男と身体を重ねるような女はいらない。お前と結婚したい、だって。なぁんだ、課長も私のことが好きだったのね。

 よかったわ、あんな女王サマ面の熟女よりも、ピチピチのお嬢様の方がいいわよね!

「さてお嬢様。お時間です。精算のお時間でございます」

 こんなにステキなサービスだもの、相当かかるかしら。でもホストに貢ぐよりは安く済むわよね……?

 でも差し出された領収書に刻まれた値段は、ゼロ。


「え、いいの?」

「当店は一切金銭をいただきません。

 ですが――お嬢様が担いだ犯罪の片棒の分だけの"重さ"をお持ち帰りくださいませ。B様の人生を狂わせた呵責を、お局様を殺した責任を、C課長を奪い取った覚悟を。いつかその罪すら精算される日を楽しみにしております」



 ――ほら、お嬢様は犯罪の片棒より重い物を持たずに済みました。まるで紅茶を注文するように他人の人生の崩壊を願えたお嬢様にとっては、本当に罪を犯すよりも軽いでしょう。


 またのご来店をお待ちしております、お嬢様。


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