第八話 王都
大陸有数の森林地帯である、レドマイン大森林。
コドウオリア王国は、この大森林とトラク大草原に挟まれた荒野に点在する小規模な集落群を統治する小国である。
レドマイン大森林の眼前を流れる大河を背に構築され、周囲を見上げるばかりの石壁に囲われたその王都メトロワは、まさに城塞と呼ぶに相応しい様相を呈している。
メトロワはその立地上、農作物の生産などには向いていないが、大河を中心とした交通の便の良さ、貴重な素材や太古の宝物が数多く眠る周辺未踏地域の存在などを背景として、各地から冒険者や商人の多く集まる交易都市として永きに渡り栄えてきた。
だがその地名はおろか、地形すらもがアインの知らない物だ。
一方で、ここがアルケランダであるということは、エメルの証言と自身の内側からくる確信めいたものによって明らかだとしか思えない。
これは、一体どういうことなのだろうか。
アイン達一行は、そんなメトロワのメインストリートを進む。
入都の手続きは、門番の騎士へと自身の身分を証明する冒険者カードをエメルが提示することで、簡単に終了した。
国家と呼べるものがまばらにしか存在しないこの世界では、そもそも人間同士の大規模な戦争はほとんど存在せず、メトロワの重厚な外壁もまた、モンスターをはじめとした人間という種への脅威に対する為のものだ。
門を潜った後のしばらくは、有事の際に騎士団の駐留地として利用されるのだと言う空地が続き、すれ違うのも冒険者らしきものが幾人かと言う程度であった。
しかし市街地に入った今は、その喧噪に少々圧倒される程の活気の中にいる。
王城へと続くメインストリートとは言うものの、その幅は馬車が二台行き交うことができるかという程度でしかなく、地球の大都市を知るアインには、どうしてもせせこましく感じられる。
その両辺には、道具屋、武器屋、防具屋、宿屋、飲食店など、様々な店舗が軒を連ね、民家の壁の前でも、露天商が興味を引く品々を並べている。
その中を行く大勢の人々に混じる、冒険者風のもの、騎士のようなもの、商人らしきもの。
隙間を縫って駆け回る、子どもたちの姿も見える。
エメルとリリィに先導されながら、アインはその異国の、いや、異世界の情緒に、自身の心が高揚するのを感じていた。
そんなアインを振り返り、リリィが話しかける。
「なんだか楽しそうですね。
私もお師匠様の所を離れてはじめてこの街に来た時は、本当にびっくりしました。
こんなにたくさん人がいて、お店もあって。
もう目が回っちゃいそうで」
それにエメルが続けた。
「あの頃は物珍しさに何日もあちこち見て回ってたんだろ?
何やら町中を面白い生き物がちょこまかしてると、俺たちの間でも話題になってたんだぜ」
からかうようなエメルの物言いに対して、リリィがすねたように返す。
「もう!エメルさんはいつもいじわるばっかりひどいですよー」
どうやらこの二人は、いつもこんな感じに冗談めかしたやりとりをしているらしい。
年の功だか何だかは分からないものの、どうもリリィの負けが込んでいるようだが。
そしてリリィは、そうだ、とばかりにアインへと提案を行った。
「支部への用事が終わったら、私のお勧めのお店、教えて上げますね!
エメルさんには内緒ですよ?」
それを聞いたエメルは、しまった、というような表情を浮かべながらも、
「じゃあ、俺もリリィには教えてない食い物の旨い店を紹介してやるよ。
期待してくれて良いぜ」
と、対抗するような言葉を発した。
「二人とも、ぜひお願いします。とても楽しみです」
二人のそんなやりとりに、アインは心に暖かいものが灯るような感覚を得た。
さらに一時ほど歩を進め、アイン達は大きな石造りの建築物の前へと到達した。
こここそ一行が目指して来た、冒険者ギルドのコドウオリア王国支部である。
エメルを先頭に、木造の扉を開き足を踏み入れると、それに気付いたギルド職員らしき栗色の髪の女性が、驚いたように駆け寄って来た。
職員で統一しているらしい制服の上に茶色のケープをまとった、素朴な印象を受けるものの、とても奇麗な人物だ。
「エメル様にリリィ様!
どうされたのですか。
随分早いお戻りですね」
それを聞いた、支部内でたむろしていた冒険者であろう人々が、こちらに目をやるとにわかにざわめき始める。
さすがはA級の二人。
冒険者の間ではかなりの有名人らしい。
周囲の様子は気にも留めず、エメルが、あー、と頭を掻きつつ答える。
「いや、ちょっと緊急に伝えなきゃならないことが出来てな。
支部長に会わせてくれないか」
隣でリリィがこくこくと頷く。
すると職員の女性は、すぐさまその表情を真剣なものへと変え、
「分かりました。
では一番奥の部屋でお待ちください」
と、三人を案内する為に歩き始めようとする。
A級冒険者たるエメルが緊急と称する案件だ。
内容は知らずとも、その重要性をすぐさま悟ったのだろう。
それを受けてエメルは、
「いや、部屋の場所は知っているから案内はいらない。それよりこの男の冒険者登録の手続きをしてやってくれないか」
と返した。
それを聞いた職員の女性は、分かりました、と発してエメル達に軽く頭を下げる。
その後側にいた別の職員に支部長への伝達を頼むと、アインの方へと向き直り、手をカウンターの方へと差し伸べて、言った。
「それでは、こちらの席へおこし下さい」
「それでは登録を行いますので、冒険者カードに御触れください」
お互いに簡単な挨拶と自己紹介を交わし、依頼受諾の仕組みや達成報告の方法などをはじめとした、冒険者ギルドという組織の仕組みを簡単に説明し終えると、職員の女性シヴィスは、丁寧に紫の布に包まれた小さなカードをアインに差し出した。
あらかじめエメルから受け取っていた登録料と交換だ。
冒険者として登録する上で、こちらの身分を証明する必要は特に無いらしい。
この世界では、戸籍や住民登録といった制度は普及しておらず、そもそも冒険者を志すものには身元不明のものが多いため、この冒険者カードが冒険者達にとって最も大切な身の証となる。
アインがゆっくりと布を開き、取り出したカードにその手を触れると、その表面にほのかな光を発し、複数の文字列が浮かび上がる。
それは、本名、レベル、能力値をはじめとした、アインに関する詳細な情報だ。
やはりアインには読めないはずのこの世界の言語で書かれているが、会話の時と同様に、なぜか理解することが出来る。
「その冒険者カードに書かれた情報は、自ら明かすことを望まない限りはご本人様にしか読むことはできません。
しかしアイン様固有の魔力パターンは、これにてギルド本部へと登録されましたので、各ギルド支部にてそのカードを提示していただくことによりご本人様の確認ができます」
さらにシヴィスは続ける。
「また、カードの所持者はその固有の魔力パターンによって識別されていますので、第三者がこのカードを悪用することはできません。
しかしながら、カードの再発行の際には手続き料が余分に課されますので、紛失には十分ご注意ください」
アインはよく出来た仕組みだと思い、納得するように相づちを打ちながら、シヴィスの説明を聞き続ける。
「初期の状態でカードの表面に記述されていない情報をお読みになりたい場合は、その項目をカードに対して念じてみて下さい。
例えば冒険者同士でパーティを組んだ際、そのパーティメンバーの一覧を確認できます。
今のアイン様は冒険者になりたてなので、空のメンバーリストが表示されるはずです」
では試しにと、アインはパーティメンバーの項目を表示するよう冒険者カードへと念を送った。
これにて第一章は終わりです。
次回から第二章、白銀の魔女編を始めます。