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アルケランダ  作者: ゆか
第一章 異世界の少年
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第七話 道程

 太陽は既に頭上へと昇っている。

 A級未踏地域であるトラク大草原は既に脱しており、景色は草原と言うよりはむしろ、草木のまばらな荒野と言った様相を呈し始めている。

 そんな中、アイン達三人は、本日幾度目かのモンスターとの遭遇戦を開始していた。


 対するのは二体のゴブリン。

 トラク大草原に出現する個体と比べれば、その力は随分と劣る。


 そのうちの一体へと、相手の射程距離ギリギリから、エメルがその剣をかすめる。

 ゴブリンが思わずそれに気を取られた隙をつき、リリィから光の帯が飛ぶ。


 風属性を帯びた雷の魔法攻撃スキル、「雷撃」だ。

 見事に命中したそれは、ゴブリンのライフを少しばかり削ると同時に、スタン状態へと陥らせる。

 そこへすかさずエメルが、物理攻撃スキル「斬撃」を叩き込み、残ったライフを削りきった。


 今日だけでも既に何度か彼らの戦闘を見て来たアインは、改めて見事な戦いぶりだと思う。

 俯瞰視点からの簡略化された操作で戦闘を行う自分には、逆にあそこまで繊細な連携は出来そうもない。

 そして自らの相手、残ったもう一体のゴブリンを見据える。


 やはり主観による認識を通してですら、昨日感じたような、凶悪なモンスターに対する恐怖は無くなっている。

 エメル達との交流を通して和らいだとは言え、変貌してしまった自身の心に対しては、未だ恐ろしさとも悲しさともつかない感情が残っている。

 けれども、このアルケランダの地で生き残る為には、その方がむしろ好都合だと、今は前向きに捉えておくしか無いだろう。


 ゴブリンへと駆け寄ったアインは、物理攻撃スキル「閃撃」を打ち込む。

 これは、ゲーム内では比較的低レベルな段階から取得できるスキルだ。

 しかし攻撃前の溜めや攻撃後の硬直が存在せず、スタミナが続く限りの連撃を行えるため、スキルポイントをつぎ込むことによってそれなりの攻撃力を備えることも相まって、フィールドを移動しながらの戦闘、対群体モンスター戦、より強力なスキルへの繋ぎなど、様々な局面で有用な汎用スキルとして、限界レベルに到達したプレイヤーの間でも閃撃は非常に重宝されていた。


 アインもまた、ゲーム時代からこれをメインスキルの一つとして用いており、スキルポイント限界値を高める貴重な消費アイテムまで使って強化している。

 とは言え、エメル達A級冒険者が属するレベル帯の、スタミナや割り振り可能なスキルポイント総量を考えれば、多くとも二連発が限界だろう。

 従ってそのような連撃を、エメルはともかくとして、リリィの前で見せる訳にはいかない。

 だが今回程度の相手ならば、それは問題にならない。

 アインの閃撃は、一撃でゴブリンのライフを奪い去った。






 アイン達三人は、転がっている朽ちた木片に腰掛け、休憩がてら昼食にする。

 かじりついたのは、パグと呼ばれる携帯食だ。

 様々な食物や植物を魔法的に調合し、板状に加工されたそれは、固い上に味気は無いものの、一口で腹を膨らませ、同時に十分な栄養を摂取することができる食品として、冒険者たちの間で非常に重宝されていた。

 それなりに値は張るのだが、冒険者が旅の荷物を減らすことの重要性を考えれば、十分以上に元は取れる。

 アインが口にしているのは、さすがに食料も持たずに旅をして来たと言うのはおかしいだろうと、昨夜のうちにエメルから水袋とともに数枚渡されていたもののうちの一つだ。


「いやー、アインさんはやっぱり凄いですね。あのゴブリンを一撃なんて。エメルさんよりずっと強いんじゃないですか?」


 リリィはいたずらな笑みを浮かべながら、隣に座るエメルの脇腹を軽く肘で小突いた。

 それを軽くあしらいながら、表情には出さずにエメルは内心で考える。


 やはり、いくらA級の冒険者であろうとも、リリィはあくまでも魔法使いだ。

 自分のように近接戦闘へとその身を晒し続けることによって、その力を磨いて来たものでもなければ、アインのあの異常性には気付かないか、と。


 確かに閃撃は非常に強力なスキルではあるし、A級冒険者にはその取得に成功したものも存在する。

 それに加えて、攻撃力を中心に己を鍛えて来たものならば、先ほどのアインのような芸当を行うことが出来る可能性はある。

 だからアインが行う戦闘の、本当に不自然な部分はそこではない。


 戦闘中の彼からは、何か、本来備わるべき気概のようなものが感じられないのだ。

 実戦における命のやりとり。

 どれだけ彼我に実力の差があろうとも、そこに約束された絶対の勝利は存在しない。


 死。


 それをもたらす存在を、常に眼前に置き続ける近接戦闘者は、それに対する恐怖、そして、それを乗り越える為の覚悟を、特に強く持つ傾向がある。

 だが、戦闘中のアインからは、そういったものを微塵も感じ取ることができない。


 このことがいずれアインにとって、あるいはアインの周囲にとって、何か良く無いものをもたらすのではないか。

 思考が微かな不安へと転じ、心の奥底で燻りはじめたことに、エメルはまだ気付いてはいなかった。






「さて、出発するか。とにかく急がないとな」


 そう、エメルが声を上げ、背負い袋を担ぎ上げつつ立ち上がる。

 トラク大草原にギルドの想定レベルを超えるモンスターが出現したことは、一刻も早く冒険者全体で共有しなければならない重要な情報だ。


「この分なら、日のあるうちに王都に着けそうですね」


 そう言って、リリィが続く。

 広大なエリアを網羅するアインの広域感知には、すでに王都との境界が捉えられている。

 走りながらとは言え、エメル達に合わせた速度での移動になるので、確かに到着はそれくらいになるだろう。

 この先に待つ異世界の街並みに思いを馳せながら、彼もまた、その一歩を踏み出した。

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