表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルケランダ  作者: ゆか
第一章 異世界の少年
3/17

第二話 遭遇

 どれくらいの時間走り続けているのだろう。

 靴を履いていないにも関わらず、足の裏に何らかの痛みを感じると言うことも無い。

 いつの頃からか視界の先にはうっすらと、それでも既にその広大さが見て取れる森林が存在している。






 少年は突然その走行速度を緩めた。

 自身の進路上に、二つの点のような気配を感じ取ったからだ。

 目視できるわけではないにも関わらず、それらの点が片方は青、もう片方は赤の色を持っているように感じる。

 もしかするとこれは、アルケランダで自身のキャラクターが習得していたパッシブスキル、「広域感知」と同じものでは無いだろうか。


 ここで、アルケランダに存在するスキルの仕組みを説明しておくことにする。


 スキルはまず、自らタイミングを選び使用することで発動するアクティブスキルと、習得しさえすれば常時発動しておくことができるパッシブスキルとに大別することができる。

 そして、アクティブスキルは使用の都度、何らかのコストを支払わなければならない。

 基本的には、使用する際にスタミナ値を消費するアクティブスキルを物理スキル、マナ値を消費するアクティブスキルを魔法スキルと呼称している。

 もちろん、使用する為にスタミナ値とマナ値の両方を必要とする、物理魔法複合スキルのようなものも存在する。

 一方でパッシブスキルは、そのようなコストを支払うことなく、習得後に一度メニューから選択さえすれば、その後は常時使用し続けることが出来る。


 キャラクターのレベルが上がると、いくらかのスキルポイントと呼ばれるものが手に入り、それを各スキルに割り振ることによって、新たなスキルの取得や、既に所持しているスキルの強化を行うことが出来る。

 各スキルには最大で十ポイントまでのスキルポイントを割り振ることができるが、強力なスキルには、それを取得する為の前提条件として、その下位に存在するスキル群を取得していることを求められるものが多い。

 それゆえ、プレイヤーは自分の好みに応じたキャラクターをビルドするために、必要なスキルを取得するに至る道順を考慮した上で、レベルアップ時に得られるスキルポイントを割り振って行くことになる。


 さて、広域感知へと話を戻そう。


 広域感知は、画面上に半透明表示されるマップに、自身のプレイヤーキャラクターを中心とした特定の範囲内の人物やモンスター等を、その種別ごとに色の点として表示するという効果を持ったパッシブスキルだ。

 その効果範囲は割り振られたスキルポイントに応じて広がり、それと同時に隠密系のスキル等に対する看破能力も上昇して行く。

 このような効果を持った広域感知は、極めて強力な攻撃を遠隔から放ってくる上位のモンスターへの対応や、大規模ギルド戦での有用性なども含めて、アルケランダにおいて習熟必須スキルの一つとして数えられている。

 もちろん少年の使用していたキャラクターも例外ではなく、最大値である十ポイントまで広域感知にスキルポイントが割り振られていた。


 少年の得た感覚が広域感知の効果によるものだとすると、赤は自身に敵対する者、青や緑はそうではないものを表す。

 もしこれがゲーム内の話であれば、両点の距離から考えても、赤がモンスター、青はプレイヤーもしくはプレイヤーパーティに組み込まれたサポートNPCで、それらが戦闘状態にある可能性が高い。

 状況を見極めたく思った少年に、ある考えが浮かぶ。



 広域感知が働いているのならば、他のスキルを使うことも出来るのでは。



 その直感に従い、アクティブスキルである「広域探査」の発動を念じると、それはまさに期待通りの効果を発揮した。


 広域探査は広域感知の取得を前提とするアクティブスキルであり、一定のスタミナの消費と引き換えに、広域感知で得られたマップ上の点ごとに、より詳細な情報を追記する。

 どの程度の情報が得られるかは、広域探査に割り振られたスキルポイントの量や、対象とのレベル差等に依存する。

 なぜこのスキルの使用コストがスタミナなのかは少し不思議だが、おそらくスタミナは精神的な疲労と肉体的な疲労を総合した尺度であり、対象の気配を探るために極度の集中を要することを表しているのだろう。


 広域探査にも最大値のスキルポイントを割り振っていた少年は、二点が表す両者の情報を詳細に認識し、衝撃を受けた。


 まず、青い点は剣士だ。

 人属。

 レベルは十六。


 これがアルケランダでのことなら、少年から見ればまだまだ駆け出しのプレイヤーと言える。

 それにしても今の時代に剣士ってなんだよ、と少年は思うが、剣道やフェンシング等を嗜むものならそういう解釈もできるのではないかと、納得できないこともない。

 本当に驚いたのはもう片方、赤い側の点の情報を得た時だ。


 レベル十七のゴブリンリーダー。



 ゴブリン?


 ゴブリン!?



 少年には意味が分からなかった。

 いや、ゴブリンリーダーという名称が意味していることはわかる。

 複数のゴブリンを率いて行動する、それ自体もまたゴブリン族の一種。

 ゲーム中も度々目にしていたモンスターだ。

 問題はそこでは無く、そんなものが現実に存在するのかという点にある。


 少年はおののきながらも、自分の身に宿ったこの不可思議な能力の方が間違っている可能性もあると思い直し、しかし心の奥底では広域探査の結果の正しさに対する確信を抱きながら、肉眼で状況を確認することを決めた。

 ゴブリンリーダーと剣士のライフ値を見比べると、一定時間にそれが削られる回数はゴブリンリーダーの方が多く、レベル差や種族特性などを考慮に入れた上でも、剣士がうまく立ち回っていることが分かる。

 だが、戦闘前からある程度のダメージを受けていたのであろう。

 このままのペースで行けば、間違いなく剣士のライフの方が早く尽きる。


 アルケランダというゲームの中であれば、ライフを全て失ったところでゲーム内通貨や少しの経験値を失い拠点へと戻される程度のペナルティで済むが、現実世界でそれが意味することは間違いなく死だ。

 目の前でそんな光景を見せつけられるのは真っ平御免だし、自分に降って湧いたこの力で助けることが出来るのであれば、もちろん助けたい。


 気取られないよう腰を落とし、さらに速度を落としながら近づく。

 そしてついには、俯瞰視点と肉眼視点の両方でその光景を捉えた。



 ゴブリンリーダーだ。


 本当にゴブリンリーダーだ。



 先ほどまでは確かにあったはずの、少年の小さな正義感は既に霧散していた。

 そこにはアルケランダでのデザインを踏襲しつつも、ゲーム画面では決して得られない圧倒的現実感を持ったゴブリンリーダーが、一人の剣士と激しい攻防を繰り広げる姿があった。


 小柄な通常のゴブリンとは違い、対峙する剣士よりも二周りは大きく筋肉質な肉体。

 黒ずんだ緑の肌。

 眉間を中心に顔中に走る深い皺。

 赤い眼球に鈍く灯る黄色の虹彩。

 鋭く尖った耳。

 潰れたような鷲鼻。

 歪んだ口に覗く不揃いな歯。

 手入れすらされていなさそうな、朽ちかけたレザーアーマー。

 太く血管の浮き出た右手には、錆の浮かぶショートソード。

 そして剣士に付けられた傷から散ったのであろう、それら全てにまとわりつく、赤を帯びた紫の体液。


 その全てが、少年の恐怖を駆り立てる要素となる。

 八十八にも及ぶ、彼我の圧倒的レベル差など関係ない。

 人間としての、いや、生物としての本能が、少年にここから立ち去れと叫びを上げている。

 お互いがお互いに集中していることもあるだろう。

 向こうはどちらも少年に気付いた様子は無い。

 今ならこのまま逃げ出せる。

 だが、この場を離れようとする意思を上回る、少年の中にあった思いは。



 見ていたくない。


 あんなものをこの目に収めていたくない。



 その、まさに逃避としか言えない思考は、少年の意識の全てを俯瞰視点へと追いやる。

 それに引きずられるかのように、少年をとりまく世界が丸ごと急激に現実味を失ったように思えた。






 視界の中央には自分の姿が見える。

 十八年間も共にあった肉体だが、他人からはこういう風に見えていたのかと、今更ながら妙な気分になる。

 録音した自分の声を、機械を通して聞いたときの感覚に近いかもしれない。


 視線を角にやれば、そこには打ち合う剣士とゴブリンリーダーの姿。

 その周りには小柄でひょろりとした、通常のゴブリンの死骸が七体あった。

 ゴブリンリーダーが引き連れていたのだろう。

 剣士がダメージを受けていたのは、これらによるものと推察される。

 先ほどまでは、ゴブリンリーダーに集中しすぎていて気付かなかったようだ。


 剣士に目をやる。

 赤毛で褐色の肌をした筋肉質の男だ。

 対面すれば、自分が少し見上げる形になるだろう。

 今この時点で命が危ないというほどでは無いが、このまま行けばやがて押し負けるだろうという考察は先ほどと変わらない。


 そして最後にゴブリンリーダーへと意識を向ける。

 なんということは無い。

 自身の進路上に存在すれば、すれ違うついでに一撃で葬りさる。

 そんな雑魚モンスターの内の一体だ。

 今の自分は何の武器も装備していないが、それでも百五レベルがもたらす攻撃力は、たやすく残りのライフを削り切るだろう。

 対象を選択し、攻撃すればそれで終わりだ。

 ほら、こんな風に。


 少年の身体が、操られるかのように動き出す。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ