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アルケランダ  作者: ゆか
第一章 異世界の少年
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第一話 疾走

 自身の姿を見下ろす。


 目に入るのは長袖の、学校指定の白のカッターシャツ。

 その上には、襟ぐりに赤のラインが入った、クリーム色のベスト。

 さらに視線を落とせば、黒の学生ズボンに白の靴下。

 帰宅後、はやる気持ちに任せるまま学ランを脱ぎ捨て、アルケランダIIのプレイを始めようとした時のままだ。

 靴も履いていない。

 自室で机に向かっていたので当たり前だ。






 しばらくの間呆然と立ち尽くしていた少年であったが、ふと奇妙な感覚を自身が抱いていることに気付いた。

 確かに自らの身体を見つめているのは自身の双眸である。

 だがそれと同時に、第三者の視点、自身を中心におき斜め上空から俯瞰するような視点からも、自身の姿を眺めているような気がしたのだ。

 そちらへと意識を強く集中させてみる。

 すると、肉眼を通した視界は薄れ、逆に今まで希薄だった上空からの視界が開ける。


 それはまるで、ゲームの中で慣れ親しんだクォータービュー。

 多少現実感が薄れたように感じるのは、視界に映る景観が、透視投影から平行投影されたものへと変化したことが原因だろうか。


 その中央にポツリと佇む自分自身をかたとき眺めていると、不意にそれをゲームのキャラクターのように動かせるのではないかという考えが生じた。

 移動先として、自身の身体のすぐ隣に意識を集中させる。

 すると、その身体は一歩を踏み出し、確かに指定した場所へと移動した。


 自身の身体を外部から動かす不思議な感覚。

 自ら動いているのか、それとも動かされているのか。

 一瞬抱いた戸惑いはしかしすぐに、それがあたかも生まれもったものであったかのように、意識の底へと溶けて消えた。


 そのとき少年は、自身の身体が、確かに自身の身体でありながらも、今までとは全く変わってしまっていることに気がついた。

 見た目には何も変化は無い。

 しかしその肉体の内に、少年が本来なら絶対に持ち得ない、いや、地球上の生物では絶対に持ち得ないであろう、途方も無い力を感じるのだ。

 少年はその力を、具体的な数値として、多様な観点から認識できた。

 あたかも、アルケランダのキャラクターに割り振られたパラメータのように。

 しかも少年の肉体のそれは、六年もの歳月を費やして育て上げた、自身の分身とも言える剣士のものに一致していた。


 その剣士の大まかな強さの段階を示す数値であるレベルは百五。


 アルケランダにおける通常のキャラクターの最大レベルは百である。

 だが、ゲーム運営後期から導入された、レベル限界上昇を報酬とする超高難易度の特殊クエストをいくつかこなすことにより、少年の操る剣士は、アルケランダにおいてもトップレベルの強者の一体として数えられるまでに上り詰めていた。


 一瞬、自身が人間ではなくなってしまったような気がし、それが微かな恐怖へと転化する。

 しかしそれすらも、すぐに意識の奥底へと消えさった。






「ここでこうしていても、何も起こりそうには無いなあ」


 少年は草原の元いた場所の周辺で、自身の身体をうろうろとさせていたが、それなりの時間が経過してもいっこうに状況に変化が訪れないことから、この場所から移動することを検討し始めた。

 この周辺には動物どころか、虫の気配すら感じられないので、自らこの状況を解決する為の手がかりを探しまわる方が賢明に思えてきたのだ。

 少なくとも人のいる痕跡を見つけなければ、少年には今いるここがどこなのかすら分からない。


 どちらの方角を見渡しても、目に入るのはただ一面の草原。

 特に体力に自信がある訳でもない普段の少年であれば、この地帯から抜け出せるとすら思わなかっただろう。

 しかし今の彼には、どういうわけかアルケランダで使用していたキャラクターから引き継いだとおぼしき身体能力が備わっている。


 アルケランダでは、高速移動の際にスタミナ値を消費する。

 この値は物理スキルの使用などでも消費され、尽きれば走行の不可や、攻撃速度の低下などのペナルティを受ける。

 消費した値は走行をやめれば少しずつ回復するし、瞬間的に回復できるような消費アイテムも、もちろん存在する。

 また、スタミナ値の減少速度を押さえる装備類も存在し、少年のキャラクターにもスタミナ値の減少を完全に無効化する希少な魔法の指輪が装備されていた。


 ただ、今はそのようなアイテムや装備品を、少年は持ち合わせていない。

 しかし、基礎能力の高さからくるスタミナ値の絶対量の多さと、その回復速度から鑑みて、走って移動しても問題は無いだろうと彼は判断した。






 駆ける。


 駆ける。


 駆ける。


 波を切り裂き大海を突き進む高速艇のように。


 風を切り裂き大空を突き進む動力航空機のように。


 広大な草原を尋常でない速度で疾走する自身の姿を、主観と客観の両方で捉えつつ、少年はその顔に微かな笑みを浮かべていた。

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