第十二話 貸与
あれが白銀の魔女、フレア=フラン。
この中にその姿を見たことがある者は存在しないが、しかしこの場にいる全ての者が、その本能によってそれを理解していた。
いつからいたのか。
なぜこの場にあらわれたのか。
突如として現出した異質の存在に囚われ続ける意識の片隅で、イフリートがさらなる攻撃へと動き出した気配を感じ取る。
反応が遅れる。
まずい!
戦いの最中にありえない失態。
ハスク達が、今も対峙する炎の魔人へと、その意識を強引に引き戻そうとしたその瞬間、微かに白銀の魔女の小さな口が動いた。
同時。
白銀の魔女を中心に、ハスク達をも巻き込んで、爆発的な光量を持った巨大な白い魔法陣が展開される。
その光陣の拡大に引きずられるように、空間が色を失って行く。
ハスク達を飲み込んだのは、白いオーロラが差す灰色のドーム。
気付いた時にはイフリートが、その炎の揺らめきすらもが、まるで時の流れからこぼれ落ちたかのようにその動きを静止していた。
これは、魔法なのか。
この、地獄の業火の化身のごとき怪物すら縛る。
そんなものが、あり得るのか。
今現実に起こったその現象に対し、理解が全くと言って良い程に追いつかず、ハスク達はただ立ち尽くす。
ガチャリ。
ガチャリ。
白銀の魔女がゆっくりと、ハスク達の元へと歩みを進める。
ガチャリ。
ガチャリ。
足音は聞こえない。
ただ、その左手が引きずる大きな袋の内部で、金属がぶつかり合うような音だけが響いている。
ガチャリ。
ガチャリ。
やがて、まるで気にも留めないかのようにイフリートの脇を通過した白銀の魔女は、ハスク達の前でその歩を止める。
「ぁ、」
そう、何とか声を絞り出そうとしたハスク。
対し、白銀の魔女はその手から袋の口を離し、告げる。
「……これらをお貸しいたします……」
精巧に作られた少女人形が、そこに意味だけを乗せた音を発したような、そんな違和感。
まるで感情を含まない、気を抜けば聞き漏らしてしまいそうな程に静かな声。
そして白銀の魔女は、僅かにシブラスの方へとその顔を向けると、ゆっくりと袋から何かを引きずり出す。
漏れだした光に一瞬目を奪われ、その源が何であるかを理解したとき、ハスク達はさらなる驚愕に包まれた。
それはミスリルの輝き。
それによって作られた、プレートアーマーを中心とする防具一式。
今はその製法すら失われた、古の魔法金属。
それが、これほどの大きさの防具を形成していることに、一同は衝撃を隠せない。
目を見張るハスク達には一瞥もくれず、白銀の魔女は続けて袋から何かを抜き取る。
現れたのは、巨大な琥珀色のクリスタル。
それを削り出し、柄頭へと加工したようなメイス。
その内に秘めた巨大な魔力に惹かれ集まった精霊達が、質量を感じさせる程に存在感を放っている。
「こ、これを俺に?」
自らの前に置かれたそれらの神器に対し、慌てたように問うシブラスには答えもせず、白銀の魔女はスケイラへと、その顔を少しばかり動かす。
そして取り出したのは、ミスリルのチェインメイルを主に置いた防具一式。
それは、先ほどのミスリルのプレートアーマーに遜色無い魔力を発している。
だが、あらゆる攻撃を打ち返すと言わんばかりのプレートアーマーに対し、同じ素材とは思えない程の、まるで上質のシルクのようなしなやかさを感じさせる。
さらに白銀の魔女は袋から、滑らかな弓を引き出す。
それはまるで磨き抜かれた象牙のように美しく、その周囲を取り巻く魔力に惹かれ、精霊達が踊るように舞っている。
「奇麗……」
スケイラが思わず感嘆の息を漏らす。
S級冒険者である彼女が、数多の探索でその目にして来た宝物達。
その全てが色あせてしまうような感覚を、スケイラは抱いていた。
最後に魔女はハスクへとその顔の位置を戻すと、青で纏められた防具類を取り出した。
それを目にした一同は、驚きを超越した衝撃をその心に受ける。
それは、竜鱗のスケイルアーマー。
未踏地域の最深部に潜む、この世界最強の種と言われる竜族。
もし遭遇し戦闘にでもなれば、この世界に生きる者はただ自らの死を受け入れるしか無いだろう。
生ける神話とも言われるそんな生物の鱗を、規則正しく植え付けて作られた鎧。
付随するバックラー等にも竜鱗が埋め込まれている。
ここで白銀の魔女が久方ぶりの、しかし、依然として何の感情も宿さない言葉を発する。
「……あなたの剣は……レベル帯に適合していますので……これらをお使い下さい……」
そして、袋から三つの赤い宝玉を取り出す。
一部のアイテムには、ジェムスロットと呼ばれる窪みが付いている場合があり、それらは魔力が結晶してできた宝石を埋め込むことによって、その威力を増す。
実際、ハスクの炎の魔剣も三つのジェムスロットを持っており、既に三つの火の宝石を埋め込んで使用している。
だが、今白銀の魔女が渡してよこした、この宝玉は何だ。
ここまで巨大で形の整った魔法石を、ハスクは見たことが無い。
それは当然スケイラとシブラスも同様で、あまりの驚嘆に言葉を失っている。
白銀の魔女。
この存在は一体何なのか。
自分たちの前に置かれた、神話の中の宝物を見つめながら、ハスク達は考える。
この行為は、本当に彼女の意思なのか。
与えられた作業を静かに、ただ淡々とこなす。
そんな口ぶりだ。
その瞳からどれだけ感情を読み取ろうとしたところで、そこに映るのは、ただ反射された自身らの疑心のみ。
「……準備が完了しましたら……イフリートの静止を……解除いたしますので……お試しください……」
再開される戦闘の時を、まるで蓄音魔法に残された音を再生するかのように、白銀の魔女が静かに告げる。




