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森の中の医者少女  作者: 鳥無し
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第二話『少女の治療薬』

 少女は森の中を進む。友達の――と、少女は信じている――小鳥達が次々に怪我や病気で苦しんでいる動物の情報を運んできてくれるため、少女は患者に不自由しない。

 少女は実に楽しそうに森の中を進み、鞄の中の実験薬(じっけんやく)達が音を立てる。この実験薬は、少女が本を見て、薬草や花で見よう見まねで作ったオリジナルの物だ。

 母親は薬など作らず、完全に治癒能力に頼って医者をしていた。母親は、難しい薬の調合に興味を示さなかったし、治癒能力はどれだけ年をとっても衰えることは無かった。別に少女も、そうしたって問題は無いのだが……。


「こんにちはー。翼を痛めた鷹さんのお宅はこちらですかー?」

 少女が大木の上の方に向かって呼びかける。すると、大きな鷹が巣穴からひょっこりと顔を出した。

「きゃー、見つけた。お元気ですかー?」

 鷹を見つけると、少女は大喜びして腕をぶんぶん振りながら飛び跳ねる。鞄の中から、ガチャガチャと物がぶつかり合う音が響き、何とも不安になる絵だった。


「あんたが腕が良い医者と噂の少女か? そこで待っていてくれ。これから降りるから……」

「ああ、お構いなく。これから登りますからー!」

 そう言うと、少女はジャンプして枝に飛び乗る。二本、三本と飛び移って行き、ついに鷹のいる場所まで飛びあがってきた。

「ただいま到着!」

「さ……猿みたいなやつだな」

「嫌だわ鷹さんったら、リスみたいだなんてー。森の鳥さん達はみんなお世辞がうまくて困っちゃう」

 あからさまな聞き間違いをしながら、少女は自慢の薬()を取り出す。小さな声で、どれにしようかなー? と呟きながら薬を選び、やがて一つの瓶を手に取った。


「さ、お薬を塗りましょうね?」

 少女は何のためらいもなく、薬を鷹の翼に付けた。すると……。

「あれー? なんだか羽がすっごく生えてきちゃったわ」

「う……うわぁああああ」

 薬を塗った所から、ふさふさとした羽がどんどん生えて成長し、片方の翼だけ異常に膨らみ始めた。すぐさま少女が両手で包み込み、怪我ごと異常現象を直す。


「ありがとうございましたー」

 少女は一方的にお礼を言って去って行った。後には自分の翼を心配そうに見つめる鷹の姿だけが残された。


   *    *    *


「虫歯の熊さんこんにちは。森のお医者さんが到着です!」

 熊が虫歯で苦しんでいると聞き、少女が向かって薬を付ける。

「あらやだ。歯が溶けだしちゃった……」

「ぎゃあああ!」

 薬を塗った所から歯が溶け始めて大慌て。


「猿さんが風邪で苦しんでいると聞きましたー」

 ひどいせきを出している猿がいると聞いて、少女は作ったばかりの風邪薬を持っていく。

「あ、せきが止まったわね。大成功! ……ん? どうして何も言わないの?」

「………」

(声が出ない)

 猿は声が出なくなった上に、風邪の苦しみも全く消えていなかった。


「狼さんの歯が折れたそうですね」

 歯はのびたが、あまりに伸び過ぎて地面に刺さった。


「ウサギさんの耳が難聴だとかー」

 あまりに聴力が上がりすぎて、風の音で鼓膜が破けそうになる。


「鹿さんがー、猫さんがー、狸さんがー」

 増えて行く犠牲者の数。何度も薬の副作用ごと治療するために使われる少女の治癒能力。別に治癒能力に限界は無い。寿命が縮むだとか、ひどく疲れるということは全くないのだ。それでも少女は、まず初めに自分で作った薬を使う。何度失敗してもくじけない。自分は森医者なのだ。

 動物達は、結局治療もしてもらうため、少女に文句を言うに言えない。何より、少女の明るい笑みは、怒りなんてすぐに消え去ってどうでもよくしてしまう。

 少女は森の中を進む。お礼なんて聞く暇もなく、立ち止まることもほとんどしないまま患者の元へ向かう。忙しい少女は、とても幸せそうだった。


   *    *    *


「ちょいとちょいと森医者さん?」

 少女が森の中で歩いていると、顔見知りの小鳥が話しかけてきた。


「あら、小鳥さんだわ、こんにちは。何度もあなた会える今日という日は、なんと素晴らしいのかしら」

 少女は立ちどまって小鳥を見つめ、お得意の笑顔で挨拶をする。

「騙されるな騙されるな、こいつは悪魔だ気を付けろ。たったクッキー数枚で、生贄を差し出せと迫る恐ろしい怪物だ」

 少女はクスクスと笑って鞄からクッキーを取り出す。


「ひどいわ小鳥さん。私は迫った覚えなんて一度もないのよ? ただあなたに出会うたびにクッキーを取り出し、『ああ、どこかに腕のいい森の中の医者少女の噂を広めてくれる、親切な方はいないかしら?』と呟いているだけなのに」

 小鳥は少女の肩にとまり、クッキーをついばみながら続きを歌う。


「始まった始まった。悪魔のいつものへ理屈が始まったぞ。私が何もしなかったら、クッキーの大きさが小さくなっていったのを忘れないぞ。噂を広め始めたら、クッキーが大きくなって、品も高いものになって行ったのを忘れないぞ」

 少女は小さく「ふふ……」と笑い。小鳥を肩に乗せたまま歩き始める。

「何を言っているのよ小鳥さん。そんなの偶然にしか過ぎないわ。それにあなたは生贄と表現したけれど、私が紹介してもらっているのは患者さん。怪我や病気で苦しむ可哀そうな者達を救っているのだから、あなたは胸を張っていればいいのよ?」

 小鳥はしばらく少女の肩にとまり、こぼれたクッキーのかけらを丁寧に拾う。そして、少女の頬を軽くつついてアマガミし、そこから飛び立って少女の周りを飛ぶ。


「お前が素直に治療をするなら胸も張るさ。だけれどお前は、治療をする前に毒を飲ませる。憐れなり生贄達。彼らのことを思うと、私は食事ものどを通らない」

 それはそうだろう。小鳥は、患者を紹介するたびにクッキーをもらっている。一日に何度も紹介をするから、お腹がいっぱいになって食事がのどを通らなくなるのだ。

「あらあらそれは大変ね? そんな症状に良く効く薬があるのよ、幸せな小鳥さん。これで、今日から食欲不振にさようならね?」

 小鳥は慌てて飛び去りながら、捨て台詞を吐いて行く。


「あまりに長く(わずら)ったせいで、食欲不振は私の恋人も同じ。恋人を殺されてはたまらない。逃げよう逃げよう!」

 少女は小鳥の飛び去った方向を見つめ、やがて小鳥が見えなくなると、にこりと笑って再び森の中を進んだ。


   *    *    *


 太陽が空の一番高い所まで登り、少女のお腹がすいていた。少女は慣れた足取りで森の中を進み、いつもの場所までやってきた。

 

「んー、昼休み!」

 少女がやってきたのは、森を貫くように流れている川だ。とても綺麗な川で、飲み水としても使えるし、夏には泳いで遊ぶこともできる。

 川の中には綺麗な魚たちが泳ぎ、水の音が静かにあたりを包み込んでいて、どれだけの時間ここに居ても飽きることは無い。

 森で医者の仕事をする時は、決まって昼食はここで食べる。食べ終わったら次の患者を探して森の中を彷徨うのだが、たまにそのままここで一日を過ごすこともある。そんな日は、もったいないことをしたと思って後悔する。しかし、次にここに来ると、そんな過ごし方をしても仕方ないなと納得してしまうくらい美しい光景が少女を待っていて、慰めてくれるのだ。


「さてと……」

 少女は鞄の中をがさごそと漁り始める。この鞄には薬以外の物も多く入っている。今日の昼食は、今朝作ったサンドイッチだ。

「いただきまーす」

 サンドイッチをかじると、口の中に幸せな味が広がる。今日は天気もいいし、風がとても心地いいから、思わずにやけてしまう。


「はむ……あむ……ん、んん?」

 少女がサンドイッチを頬張りながら川に視線を落とすと、違和感を覚えた。

「むむ……ん、ん……ぷはッ! なんだか……水が少ない?」

 少女は立ち上がって川の全体を見渡す。明らかに水が少ない。いつもの半分も水が流れておらず、川の魚達は、水たまりの中で窮屈そうにしている。中には、水が無くなったことによってできた地面に打ち上げられ、死んでいる魚も居た。


「ひどい……」

 いくら治癒の力を持っていても、死んでしまった者は助けられない。そんなことができるなら、母親は今でも少女の傍に居てくれるはずだ。


「川上で何か?」

 少女は川上の方に目線を映し、目を細める。川は山のわき水がここまで流れてきているものだったはず。わき水が枯れているとしたら、街の方に流れている川も枯れて、街は騒ぎになるはずだ。しかし、街にそんな様子は無かった。ならば、ここに流れてくるまでの間に何かあったということか? この川が枯れると、森に住む者達は困るだろう。


「……ちょっと調べてみようかな? はむはむッ!」

 少女は残りのサンドイッチを一気に食べ、荷物をまとめて立ち上がった。

「私は森の(・・)医者だものね。森に異常があるなら、私が治してあげないと」

 少女はそう言って川上に向かって歩き始めた。

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