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6、封印されし魔王

「……へ?」


 エリスが間抜けな声を出す。


「それ、……本当なの?」

「本当だよ、ほら。あれが遺影と、お祖父さんの形見の魔術書」


 ベルは机の上に置かれている、生前、旅の絵描きに書いてもらった、ウィンクをしながら親指を立ててはにかむイウヴァルトの絵(三回描き直させて、しかも若干美化させている)と、そのイウヴァルトが書いた魔術書を指さした。


「し、知らなかった……」


 とてつもない虚無感に襲われたエリスは、ガクリと頭をうな垂らせた。


「お祖父さんと知り合いじゃかなったの?」


「別に知り合いって訳でもないのよ。イウヴァルトさんの事は、あたしの死んだお祖母ちゃんから聞いていただけで、実際に会った事はないわ……」


「会いにくればよかったのに」


「イウヴァルトさんはね、誰にも自分の所在を明かさないって事で有名なのよ。実際、何年経っても連絡が取れないイウヴァルトさんは、王宮では伝説上の人物とされちゃってるし、かつての伝説の英雄仲間のあたしのお婆ちゃんにも、『孫が生まれた』って伝えに来ただけで、その他の事は何一つ教えてくれなかったみたいだし」


「へぇ、そうなんだぁ……」


 あのお祖父さんが伝説の英雄ねぇ……、と。ベルは祖父の知らない一面を聞いて感心したように頷いてみせた。


「あのちょっとお間抜けのお祖父さんが、まさか伝説上の人物で、しかも伝説の英雄だなんて……」


 ベルが固まる。先程言った自分の言葉を掘り起こていく。その中に何だかおかしい単語があった事に気付いたのだ。



「お祖父さんが、伝説上の人物で、伝説の英雄ぅ?」


 ベルは考える。


確かに、イウヴァルトは魔術で村を守ったり、病気の人を助けたりしていた。けれど、感謝はされても英雄だと持ち上げられた事など一度も無かった。


「嘘だよそんなの、確かにお祖父さんは僕にとっては偉大な人だけど、そんな英雄って程の人じゃ……」


 あまりにも無知なベルの言葉に、エリスは深い溜息を吐いた。


「ベル、あなたイウヴァルトさんから何にも聞いてないのね……。いいわ、だったらあたしが変わりに教えてあげる、その前にシチューおかわり」


「ダメ」


 ベルはきっぱりと断った。


いつの間にか日が落ちて部屋の中が暗くなってきた事に気がついたベルは、天井から吊るされたランプに、魔術で火を灯した。


淡いオレンジ色の炎がゆらゆらと揺れながら部屋を照らし出す。


「……まぁいいか。長くなりそうだから、話してから食べる事にするわ」


 エリスは差し出した皿を下げた。


「今から五十年前、あたしのお祖母ちゃんとあなたのお祖父さんは、伝説の英雄と呼ぶに相応しい偉業を成し遂げたの」


「偉業って……、新しい魔術を生み出したとか、何か発明をしたとか?」


「そんなの、お祖母ちゃん達が成し遂げた事に比べたら、小さな事よ」


「もったいぶらないで教えてよ、お祖父さんは何を成し遂げたって言うのさ?」


 ベルは愛用のカップにコーヒーを注ぎながら尋ねた。


「五十年前、絶望を司りし魔王デストロス、この地に降臨す」


「え?」


 聞き慣れた一節を耳にしたベルの体が固まる。


「その魔術、大地を抉り、瞬く間に人を屠る姿は、まさに、魔族の王にしてこの世界の覇者。混乱と争いが民を苦しめ、闇が世界を覆う時、人の中より立ち上がりし英雄、神々より賜りし聖なる剣をもって、これを封印す」


「……それは」


 ベルが幼い頃から教会で聞いてきた、魔王デストロスの伝説と似たものだった。


ベルが聞いてきた伝説と違う部分は、『英雄達』と、『封印す』の二つだ。ベルが聞いてきた伝説は、『英雄達』の部分が『ロキ・アルヴァート十四世』に。『封印す』の部分が『打ち滅ぼす』となっている。


「ここまで言ったら分かると思うけど、イウヴァルトさんはね、五十年前に降臨した魔王デストロスを封印した伝説の英雄の一人なのよ」



「……」



 ベルはコーヒーがカップから零れるほど注がれている事にも気づかず、口を開けたまま、呆けた顔でエリスを見ていた。


お祖父さんが魔王を封印したなど、ベルには信じられなかったのだ。


「コーヒー、零れてるわよ」

「え? わわっ!」


 正気に戻ったベルは、慌てて零れたコーヒーを手じかにあった布巾で拭いた。


そうしている間にも考えを巡らせていたが、やはりベルには信じられなかった。


魔族とは人間が対抗するにはあまりにも巨大すぎる存在で、中級の魔族でさえ、一夜にして大きな町一つを壊滅に追い込む事が出来る力を持っている。


それが魔王ともなればどうだろう。世界が滅んでしまってもおかしくない、寧ろ滅んでしまう事の方が正しい成り行きだと思える相手だ。


「僕が、というか。世間一般で常識とされている伝説では、魔王を討ったのはロキ・アルヴァート十四世国王陛下で、完全に魔王を討ち滅ぼしたって流れなんだけど」


「それは単なるでっちあげ。疲弊しきった人々の心を一つにまとめる為に、王国軍が戦いを挑み、王様が魔王を討ち滅ぼした事にしてくれって、当時のお偉いさん方がお祖母ちゃん達にお願いしたらしいの」


 ベルはまさかと思った。何より、あのお祖父さんに国のお偉い方が頭を下げている場面が、想像できなかったのだ。


「魔王を封印した後の世界の荒れ様と言ったら、それはもう酷かったらしいわ。寧ろ、そうする事で人々の心が国に集まって、復興が早まればそれでいい。お祖母ちゃん達はそう思ったの。まあ実際、こうして今世界は平和なんだから、これはこれで良かったんじゃないかしら?」


「確かに、僕もそれでいいと思う……思うんだけど。お祖父さんが魔王を封印したなんて……、やっぱりまだ信じられないよ」


「信じるも信じないもあなた次第だけど、これが事実よ。そして、あたし達が背負っている宿命も、紛れもない事実」


「……宿命?」


「そうよ。あたし達伝説の英雄の子孫に与えられる宿命、それは、この世界に魔王を降臨させない事」


「な、なんだって! そんなバカな!」


 エリスの言葉を遮ったベルは、思わず机を叩いて立ち上がった。。


「この世界に魔王を降臨させないって……、魔王はもうこの世にはいないんだろ? 君だってさっき……」


「あら? あたし、魔王は滅んだなんて言ってないわよ。ただ封印しただけで、魔王は完全に討ち滅ぼされていない。ただ、その活動を制限されているだけで、今もこの世界で生き続けているわ」


「そんな、いったい何処で……?」


 エリスは、人差し指を立てた右手を胸の高さまで上げた。エリスの人差し指がさす方向に居るのは、


「ぼ……僕?」

「そう、それと」


 伸ばした腕を曲げ、今度はエリス自身に人差し指が向けられる。


「あたし」

「嘘……だ」

「本当よ。五十年前、魔王との決戦で生き残った人間はたったの二人。あたしのお祖母ちゃん、赤髪の剣士と言われたリリス・リンドバーグと、あなたのお祖父さん、天空の魔術師 イウヴァルト・ジェイ・ファルシフォムよ。百人は居た他の魔王討伐隊は全滅。それだけの犠牲を払っても、魔王は討てなかった」


 エリスは目をつぶり、話を続けた。


 彼女が小さい頃から、ずっと祖母に聞かされてきた、祖母が魔王と対決した時の話だ。


「空には果ての見えない暗雲が立ち込め、後ろには物言わぬ骸と化した同志達の山。目の前には悠然と立ちはだかる魔王デストロス。対して、こちらは地に足をつけて立っているのはたったの二人、もはや勝ち目は無かった。いや、正確に言うと一つだけあった……。しかし、それに運命を委ねるのは、あまりにも危険だった」


 ベルは想像する、姿形も分からない魔王を。そしてすぐに悟る、その先にある絶対の死を。そう思わせる何かが、魔王と言う言葉にはあるのだ。


「しかし、迷っている時間など無かった。私たち二人が考えていた事は同じだった。もはや倒せないのなら、封印するしかない」


「封印だって? バカな、相手は魔王だぞ!」


 エリスは続ける。祖母が語ってくれた言葉は、自然にエリスの口から出てくる。


「魔王に傷を負わせられる武器。竜の神の力を宿す炎剣ヴォルテクス、エルフの神の力を宿す水剣オルカノスの力を合わせて、魔王の体を切り裂きその力を奪う。そして、その一瞬の隙をついて、魔王の体の一部を、封印の聖石へと封印し、収まりきらない部分は、私達の体の中に封印する荒技。その結果は……」


「……」


 いよいよクライマックスにきて、話を聞くベルの拳に力が入る。


「成功だった。かくして、魔王の脅威から世界は救われ、世界は平和な日々を取り戻した」


 エリスは閉じていた目を開け、ベルを見つめた。ベルは驚いたような、困惑したような表情をしている。


「あたしが小さい頃からお祖母ちゃんに聞かされてきた話よ。何百回も聞かされたから、一字一句間違っていないと思うわ」


「そんな……、バカな」


「因みに、あなたのお祖父さんには魔王の頭、あたしのお祖母ちゃんには魔王の上半身、封印の石には魔王の下半身が封印されたらしいわ。そして、役目を終えた聖石は、空の彼方へ飛んで行った……って、お祖母ちゃんが言ってたわ」


 エリスは正気だ、そして嘘など吐いていない。その事は彼女の真っ直ぐで純粋な目を見ればすぐに分かる事だった。


 だが、それでもベルには信じられなかった。小さい頃から聞いてきた魔王が、自分の体に封印されているという事を認めたくないのだ。


「まだ、信じられないって顔してるわね」

「信じろって言う方が難しいよ」

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