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5、天空の魔術師


「そっか、あたし溺れてたんだ……。おかわり」


 少女が、空になった皿を目の前の席に着いているベルに差し出しながら言った。


 ベルはそれを受け取り、テーブル中央に置いた鍋からたっぷりとシチューのおかわりをよそった後、その皿を少女へと渡す。


「はい、どうぞ。……えっとどこまで話したっけ? とにかく無事でよかったよ」


「いやーモグモグ、心配と迷惑をかけちゃったみたいでムシャムシャ申し訳ない。ズズゥーー。おかわり」


「はい。……っで、どうして溺れてたの? あの川は人が溺れるほど危険な川ではない筈なんだけど……はい、おかわりどうぞ」


「ありがと。いやぁ、実はねズズゥー。あたしちょっと人を探してててモグモグ、そしたら盗賊に襲われて大切な物をムシャムシャ」


「とりあえず、食べるのやめない?」

「モグモグ……?」


 少女は先程の寝ぼけ眼とは違い、パッチリと開かれた目を、ベルへと向けた。


 その目が、「なんで?」と語っている。


「だってあなた、食べるテンポが早いんだもん! ちゃんと噛んでる? 二十回噛まないとダメだよ! それと、食べながら喋るのは汚いからやめようよ!」


 少女は口に入ってる物をゴクリと豪快に飲み下し、


「君はあたしのお婆ちゃんに似てるわね、シチューを作るのが上手いのと、マナーにうるさいところなんか特に」

「誰だって注意するよ」

「おかわり」

「あげません」


 おかわりをあげても、少女が直ぐにおかわりコールをするものだから、一向に話が進んでいない。その事をもどかしく感じたベルは、一旦おかわりの配給を停止させた。少女はかなり不満そうだ。


「とにかく、えっと……」


 ベルは少女の名前を口に出そうとしたが、途端に言葉が詰まった。


 目覚めたばかりでハラペコの少女が、シチューに飛びつこうとしたものだから、それを制止させ、席に着かせ、皿に盛ったシチューを差し出してからここまで、慌し過ぎてお互いに自己紹介をするのを忘れてしまっていたのだ。


「そういえば、まだ自己紹介していなかったわね。あたしはエリス・リンドバーグ。見ての通り旅をしてるわ。肩っ苦しいのは嫌いだから、エリスって呼んで」


 赤髪の少女エリスは、口周りに付いたシチューをペロっと舐めながら自己紹介をした。


「エリスだね。僕の名前はヴェッヘルニッヒ」

「……ベ、ベヘル……ヒ? ベーヘルヒニ? ンベベ……ニッヒッヒ?」


 エリスが眉をしかめ、舌を噛みそうにながら、見当違いの単語を口にする。


「だよね、言い難いよね……。村の皆からは、略してベルって呼ばれてるよ」

「ベルね、うん。これなら大丈夫。ちゃんと言えるわ」


 エリスが親指を立てながら笑う。


「えっと、もう一度フルネームで自己紹介をすると、僕の名前はヴェッヘルニッヒ・フォン・ファルシフォムと言って」



「ファルシフォム?」

 エリスの表情が驚きに変わる。


「変かな? まぁ、ファルシフォムなんて名前、そう聞かないからね」

「あなた、本当にファルシフォムなの?」


 エリスが尋ねる。その驚きと嬉しさが入り混じったトーンの声に、ベルは疑問を感じながらも頷いてみせた。


「もしかして、あなたのお祖父さんって……イウヴァルトさん?」

「どうして君がお祖父さんの名前を?」

「あ、あなた! 本当にイウヴァルトさんの孫なの?」


 エリスがテーブルに身を乗り出して、真向かいのベルに嬉しそうな顔を近づけた。


「君とお祖父さんがどんな関係なのかは知らないけど、多分、君の言うイウヴァルトは僕のお祖父さんで、僕はその孫だよ」


 ベルの言葉を聞いたエリスは、ゆっくりと顔を伏せた。その体は小刻みに震えている。


「や……」

「え?」

「やったぁーーーー!」


 次の瞬間、何を思ったのか、エリスはテーブルを飛び越えてベルに抱きついた。テーブルの上の物が落ちる代わりに、勢い余ったエリスの体と、その標的となったベルの体が床に転がった。


「あ、あの? えぇ? ちょっと、エリス! いきなり何を……!」

「会えた! 会えたわ! 五十年ぶりに伝説の英雄の子孫が巡り会ったのよ! 嬉しぃ!」


 ベルを抱きしめたまま、キャーキャーと騒ぐエリス。


「ちょ……まっ! うわぁ!」


 エリスの胸が服越しに押し付けられ、ベルは盛大に鼻血を噴出した。


 無理も無い。エリスの胸は、その細身と年齢からは考えられないくらい、発育がいいのだ。


「天空の魔術師 イウヴァルトの孫、やっと会えたわね。ずっと探していたのよ」


「ももも、もしかして、エリスが探している人って……僕なの?」


「ええ、そうよ。あなたと、あなたのお祖父さんを探して、あたしは遥々ノーティスシティから旅をしてきたんだから」


「ノ……、ノーティスシティだって? ウィンドヘルムの正反対にある町じゃないか!」


 ノーティスシティ。魚の形をしたこの広いエルドリア大陸の最北端、丁度魚の口の部分に当たる場所にある町が、ノーティスシティだ。


 因みに、ベルが住んでいるウィンドヘルム村は、エルドリア大陸の最南端、魚の尻尾の部分にある場所にある。つまり、ノーティスシティはここから物凄~~……く遠い場所にあるのだ。


「行く先々の村や町で情報収集して、それを頼りにしてここまで来たのよ!」


「とにかく、はな……はなはなっ、離れてよ!」


「あ、ごめんごめん、嬉しすぎてついうっかり抱きついちゃったわ」


 そう言うと、エリスは何事もなかったかのように、自分の席に戻った。


 ベルはと言うと、初めて経験した女の子のふわふわした体の感触に困惑している。


 極度に緊張している所為で挙動不振になりながらも、なんとか自分の席に座り直したベルは、軽く咳払いを一つした後、エリスへと向き直った。


「色々と聞きたいことがあるんだけど、まず最初に、エリスが言っていた、天空の魔術師って何?」


「イウヴァルトさんの二つ名よ、知らないの?」


「お祖父さんは村一番の魔術師だったけど、そんな格好良い二つ名で呼ばれた事なんてなかったよ」


「まあ、こんな田舎だから、イウヴァルトさんの活躍を知らないのも無理ないわね。王都ではイウヴァルトさんの名前は有名なのよ? 彼の者の魔力、果ての無い天空の如ってね」


「お祖父さんが? まさかぁ……」


 ベルは思い出す。家に一つしかなかった桃を、こっそりと洗面所で食べていたイウヴァルトお祖父さんの姿を。


「その知識と技量は王宮魔術師でさえ教えを乞う程で、間違いなく世界でも五本の指に入る魔術師なのよ。まあ、あたしはイウヴァルトさんこそが、世界1の魔術師だと思ってるけどね」


「お祖父さんが? まさかぁ……」


 ベルは思い出す。便器にお尻を挟んでしまい、村の青年団に救助されるまでの半時ほど、ずっと泣き叫んでいたイウヴァルトお祖父さんの姿を。


「で、イウヴァルトさんはお元気なの?」

「あれ、知らなかったの? お祖父さんなら三年前に老衰で死んじゃったよ」

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