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4、目覚めのシチュー


 道具屋ファルスはのカウンター。そこと壁一枚を隔てた向こう側にある部屋は、狭いながらもベルの生活空間となっている。


 リビングと台所と寝室、その三つが一つに合わさった、間取り的には最悪な物件だが、雨風凌げればそれでいいと考えるベルは、全く気にしていなかった。


 因みに、風呂とトイレは、ファルスの隣に建てられた小屋の中にある。


しかし、ここで問題とすべきは部屋の間取りではない。問題は、ベッドの上で静かな寝息を立てている。


 ベルは、ベッドの横に、店のカウンターから持ち出した丸椅子を持ってきて、ベッドに寝ている人物、先程川で溺れていた少女を見ていた。


「むにゃ……、おばあちゃん、シチューおかわり……肉大盛りで……」


 しきりにシチュー食わせろと寝言を漏らし、むにゃむにゃと口元を動かす少女の寝顔は、とても幸せそうだった。


 あの後ベルは、悩みに悩んだ結果、少女を道具屋兼自宅へと運んだ。あくまで少女の手当てが目的で、ベルにはやましい感情は一切無い。


「とりあえずここまで運んできたけど、これからどうしよう」


 川原からここまで、ウィンドポートを使いながら、こそこそと誰にも見つからないように少女をここまで運んできたベルだったが、少女は寝たまま、一向に起きる気配がない。


 ならば起きるまで待とうと、少女をベッドに寝かせて一時間……二時間……飛んで六時間が経過した。


 日は既に山間に沈みかけ、辺り一面を夕色に染めている。村ではあちこちの家の煙突から煙が立ち込め、美味しそうな夕飯の匂いがゆらゆらと漂っていた。


 もう一時間もしない内に、完全に日は沈み、夜になるだろう。


 因みに、何故ベルが、こそこそと少女をこの家まで運んだのかと言うと、その理由は三つある。


一、気絶した女の子を自分の家まで運ぶなんて、良いイメージがしないから


二、『あら何その娘。もしかして彼女? お盛んねぇ』と、村の奥様方が騒ぐから


三、かと言って、あのまま放って置く訳にもいかなかったから


「でも、何だって川で溺れてたりしたんだろう……」


 ウィンドヘルム村を通る川は、いくら水量が増し、流れが急になっていたとしても、人が足を踏み入れて『溺れた! 助けて!』と言うシチュエーションになる規模の川では無いのだ。


 それでも溺れるとしたら、その人がよほどのカナヅチか、水に嫌われているとしか考えられない。


「とにかく、事情は後で聞くとして」


 ベルは立ち上がり、リビングを通って台所へと赴いた。


 釜戸の火に熱せられている大きな寸胴鍋の蓋が、カタカタと踊り出す音が聞こえたからだ。


「美味く出来ていればいいなぁ」


 使い慣れたキッチンミトンを手にはめて、熱くなった鍋の蓋をそっと持ち上げた。それと同時に、湯気と良い匂いがムワっと立ち込める。


 旬の野菜と牛肉をたっぷり入れて長時間煮込んだベルの手料理、クリームシチューの出来上がりだ。


「どれどれ……」


 味見用の小さな匙を手にしたベルは、マグマの様にグツグツと煮えているシチューを掬い取った。


 ふぅーっと三回息を吹きかけ熱を飛ばし、匙を口の中へと含ませる。


「うん、美味い」


 今日の料理も絶好調だ。祖父が死んで一人暮らしを始める前から、料理はベルの仕事となっていた。


 そんなベルの料理の腕は、近所の料理好きな奥様方と比べても見劣りしないレベルになっている。


「食べてくれるかな……」


 ベルはベッドの上に寝転がっている少女へと視線を泳がせた。


 夕食の献立をシチューにしたのは、ベルがそれを食べたかったからではない。少女が寝言でシチューという単語をを連発していたからだ。


 少女が、今日の夕飯をここで済ませる確証はないが、ベルはそうなる事を願っていた。


 祖父が死んでからというもの、食事はいつもベル一人だ。自分の手料理を喜んで食べてくれる人が居ない環境に、ベルは少なからず寂しさを感じていたのだ。


 ベルがセンチメンタルな気分に浸っている時、シチューの匂いが部屋の中を進行していた。


 台所を出発した匂いは、部屋の真ん中にある木製のテーブルと椅子が備えられたリビングを通り抜け、終着点であるベッドへと到着する。


「んむっ……」


 シチューの匂いが少女の鼻先を掠めた。その芳しい香りに誘われて、少女の上半身がムクリと起き上がった。寝癖のついた少女の赤髪が、幾つかピヨ~ンと跳ね上がる。


「……し、ちゅー」


 少女は寝ぼけ眼でスンスンと鼻を鳴らしながら、首を回して匂いの元を探った。


「……」

「……」


 ベルと少女、二人の視線がぶつかり合う。


「今日の晩御飯……、なに?」


 沈黙を破ったのは少女だった。まるで今までずっとここで暮らしてきたかのような、フレンドリーな質問をベルに投げかけた。


「え、シチュー……だよ?」

「肉は?」

「勿論、大盛り」


 ベルは若干困惑しながらも、何とか会話のキャッチボールをした。そんなベルの気持ちも知らずに、少女は柔らかそうな頬肉を押し上げて、にんまりと笑い、


「……やったね」


 そう勝ち誇ったように言うと、少女はそのままポテっと布団の上に寝転がった。かと思うと、数秒してからまたムクリと上半身を起き上がらせた。


「ここ、どこ?」


 寝ぼけ眼をした少女が呟く。そして、ベルを見つけた少女は、


「あなた、だれ?」


 少女のサファイアの様に澄んだ瞳がベルを見つめる。


 ずぶ濡れの服を炎の魔術で乾かす為に、ベルによって装備を外された少女の服装はシャツとスカートのみ。


 しかも、少女自身が寝苦しくてボタンを外した所為で、シャツは胸元まで肌蹴ている。


 ベルはそんな彼女の姿に見とれてしまい、事情を説明するのも忘れ、暫くの間、見とれてしまっていた。

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