6、最後の一太刀
「今だ! 行けぇ!」
ベルが、エリスに向かって叫んだ。
エリスは力を振り絞って、魔王へと駆け出した。
「やあああ!」
魔王の手前で、エリスは跳躍した。そして、眩い閃光を放つ剣を上段に振りかぶる。
魔王の眼前に現れたエリスの姿を見て、魔王は、五十年前に見た、赤髪の剣士リリスと、エリスの姿を重ねていた。
「魔王、覚悟!」
エリスの剣が、魔王の頭目掛けて一気に振り下ろされた。
次の瞬間、声にもならない雄叫びをあげながら、魔王の体が一刀両断にされた。
凄まじい衝突に耐えられなかった聖剣の柄に亀裂が生じ。
それと同時に光の刀身も消えてしまった。魔王に一撃を叩き込む事だけに集中していたエリスは、体勢を整えられずに、体全体を地面に叩きつけて着地した。
「や……たぁ、お祖母ちゃん……、あたし、あたしやったよ……!」
悲願を成し遂げたエリスの目に、涙が込み上げてきた。
『人間よ、誇るがいい……。魔族の王である我を打ち滅ぼした事を』
魔王は、光の失われた目をエリスへと向けた。
『滅びる前にもう一度聞かせてくれ、我を葬った者の名を』
「エリス・リンドバーグ」
エリスは震える体に力を入れ、何とか立ち上がり、力強い眼差しを魔王へと向けた。
「と、言いたいけど。私一人の力では、あなたは討てなかった。過去に生きた人が残した技術や知識と、今生きている人の力が一つになって、あなたを討った……だから!」
エリスは、人差し指を魔王へとさして、
「あなたを討ったのは、あたし達人間の結束という力よ!」
『ふっ、面白い。人間とは、個々を重んじる我々魔族とは全く反対の生き方をしている……。脆弱さ故の傷の舐めあい、それが人間の強さだと言うのか分からぬが。我がそれに負けたというのは、紛れもない事実』
灰色の石と化した魔王の体が、ボロボロと崩れていく。
『人間よ、これより遥か未来に、我より強大な力を持った敵が現れたら、どうする?』
「もちろん、私達の技術や知識を受け継いだ未来の人間が、その敵を倒すわ! 一人一人の力は小さいけど、古今東西、沢山の人間の力が集まれば、どんな敵にだって負けない。人間は、そういう生き物なんだから」
エリスの言葉を聞いた魔王は、体が崩れながらも、低い声で笑った。
『面白い。貴様ら人間の力がどれ程のものか、冥府の底で、見物させてもらおう……』
魔王の体が完全に崩れ去った。先程まで魔王だった物体は、無数の石の塊塊となって地面に転がっている。
魔王の最後を見届けたエリスは、ベルの方へと振り返り、勝利の笑みを浮かべた。
「ベル?」
ベルは両手を広げ、地面に仰向けになって倒れていた。呆れた顔をしたエリスは、溜息を吐きながらベルへと歩み寄る。
「ベル、そんな格好で勝者が倒れてちゃ、格好がつかないわよ?」
足元に横たわっているベルを見つめて、エリスが言う。
だが、どんなに待っても、ベルは返事をしない。さすがに可笑しいと思ったエリスが、ベルの体を揺する。
「ベル……、ベル!」
だが、ベルは反応しない。エリスの脳裏に、祖母が死んだ時の光景が浮かぶ。眠ったように目を閉じて、自分から離れていった祖母の姿と、ベルの姿が重なった。
エリスは、震えを抑えながら、ベルの胸元に耳を押し当てた。
「う、嘘よ……!」
ベルの心臓の鼓動は止まっていた。よく見てみると、顔も少し青ざめていて、生気が感じられない。エリスの体の震えが大きくなる。
「ベル! ベル! ベルぅ!」
ベルの頬を本気で叩き、心臓マッサージをするが、状況は変わらなかった。
「そんな、どうして?」
ベル横に転がっていた魔術書が、風にめくられて最後のページを開いた。
そこに書いてある一文を見たエリスは、目を見張った。
『立体型の陣を完成させるには、どんなに強大な魔力をもってしても不可能。唯一つ方法があるとすれば、己の生命力の全てを魔力と共に解き放てば、成功する可能性もあるかもしれない。即ち、この魔術を使う時、その魔術師は死を覚悟しなければならない』
「そんな……、こんなのってないわよ! やっと一人じゃなくなったのに、これから、ベルと一緒に、いっぱい楽しい事をしようとしていたのに! 何であたしを置いて死んじゃうのよ! このバカ! バカバカバカ! バカァー!」
エリスは、ボロボロと大粒の涙を零しながら、ベルの胸を叩く。
「一緒に居て欲しいって言ってくれたベルが、何であたしより先に……! 何で! 何でよぉおお!」
無反応なベルの胸に蹲り、エリスは子供のように声を張り上げて泣いた。その横で、魔術書が淡い光を放ち始めた。