5、魔を打ち消す光
『まずは一人片付いたな……』
空に舞い上がったレオンハルトを見た魔王は、不敵笑った。
だが、夜空に浮かぶ、神々しい満月を見た瞬間、見る見る表情を強張らせた。
『月だと……? 馬鹿な……!』
上空には、魔気と爆煙が充満している。本来なら、それらに月が隠されている筈なのだ。
だが、魔王の真上の上空には、確かに丸く光る物体が浮かんでいる。
レオンハルトが目を閉じる前に見たモノが、まさにこれだった。
『違う、月ではない、あれは!』
よく目を凝らして見ると分かるが、月に見えた球体は、ベルが生み出した立体型の陣なのだ。
『火』『水』『土』『風』『雷』の全ての紋章が球体の陣の表面に描かれ、おびただしい量の紋様が、球体の周りを駆け巡っている。
『だ、誰だ! この陣を作ったのは、誰だぁ!』
魔王が叫ぶ。そこには、得体の知れないものに対する焦りと、戸惑いが感じられる。
『き、貴様かぁ!』
魔王の目が、両手を掲げているベルを睨みつけた。だが、気付くのが少し遅かった。
「エリス、僕が合図したら、目を閉じて魔王に突っ込んで」
「そんな事したら、魔王の反撃を喰らって……」
反論をしようとしたエリスだったが、ベルの真剣で、自身に満ち溢れた目を見て、何も言わずに微笑んだ。
「大丈夫、僕を信じて」
「分かったわ、信じる」
そう言って、エリスは大剣を正面に構え、ゆっくりと目を閉じた。
「ありがとう、エリス……。本当にありがとう」
ベルはエリスに向かって小声で呟いた後、
『全ての力よ 一つに集いて 大いなる光となれ』
ベルが詠唱を唱えると同時に、立体型の陣の光が増した。その光を浴びた魔王の体が、硬直する。
『体が、動かん!』
魔王は、生まれてから二度目の恐怖を感じていた。
一度目は、五十年前、エリスの祖母、リリスの最後の一撃が眼前に迫った時だ。
『闇を打ち消し 全ての邪悪なる者を照らし 滅せよ!』
詠唱が終わった時、立体型の陣から、小石程の大きさをした、小さな光が産み落とされた。まるで、宝石がキラキラと輝きながら落下しているような光景を見て、魔王は高笑いをした。
『何が起きるかと思えば、こんな小さな光で我を倒せるとでも思ったのか!』
「倒せるさ」
『無駄だ! 逃げるなら今の内だぞ、小僧』
「僕は逃げない! この世界に存在する多くの命が、明日がある事を信じて生きているんだ! それを身勝手に奪う権利なんて、誰にもないんだよ!」
『ならば我を止めてみせろ! 抗え! そして、己の無力さに打ちひしがれるがいい!』
「やってやるさ、喰らえ、魔王! これが、僕のお祖父さんが編み出した究極の魔術!」
掲げた両手を、一気に振り下ろしたベルは、
『クリエイテッド・シャイニー!』
ベルの口から術名が叫ばれと同時に、魔王の目の前に到達した小さな光が、眩い光を放ち始めた。
そして次の瞬間には、小さな光が、瞬く間に大きな光の渦となって、魔王へと襲い掛かった。
『オオオオオオ!』
直視する事さえ困難な光が溢れ、辺りの闇を照らす。
荒れ狂う光の渦は、やがて天空へと達し、やがて巨大な光の柱となった。
上空に立ち込めていた魔気と爆煙がかき消され、透き通った綺麗な夜空と、本物の月や星達が現れた。
『バカなぁああ! 我は、魔王だぞ! 魔族の王にして、この世界の覇者! その我が、人間の魔術如きでぇえええ!』
光の中心に居る魔王を覆っていた魔気がかき消され、体には幾つもの亀裂が生まれていた。
魔気を消し去り、邪悪なる者の自由を奪い破壊する事が、クリエイテッド・シャイニーの効果なのだ。
魔術書を見たベルは、凄まじい光が敵を襲うという事が分かっていた。
だからこそ、エリスに目を閉じさせたのだ。閃光によって、エリスの目が潰されないように。
そして、最後の一撃を、魔王に打ち込んでもらう為に。




