7、復活の魔王
しかし。
「はっはっは! ……はっ?」
マジークは、笑うのを止めた。視界が、急に黒一色に統一されたのだ。
右を見ても、左を見ても黒。まるで、夜よりも暗い闇の中に突然放り込まれたかのような状況に、マジークは戸惑いを隠せないでいた。
『愚かな者よ、我を解き放ってくれた事、感謝するぞ』
「な、何者です!」
突然頭の中に響いた、低く、唸るような声に、マジークは体を緊張させた。そんなマジークの体が締め付けられる。
「こ、これはぁ!」
マジークの足元から、二つの鈍くて赤い光が差し込む。それを直視した時、マジークは己の死を覚悟した。
「何故、何故貴方が、貴方がここにいるんだ!」
その赤い光が強まり、辺りを照らし出す。
二つの赤い光の正体は目だった。
マジークは、その目の持ち主の巨大な手で、胴体を鷲掴みにされていたのだ。
『我は、魔族の王にして、この世界の覇者。絶望を司りし魔王、デストロス』
魔王は、拳を自らの顔へと引き寄せ、大きな口を開けた。
鋭い牙が並んだ口は、地獄の門と呼ぶに相応しい光景をしている。マジークの体が、今まさにその門をくぐろうとしている。
「や、やめろ! やめてくれ! やめ、あああああああああ!」
両手を広げたマジークの体が激しく痙攣した。エリス達は、それを訝しげに眺める。
「どうしたのかしら? 急に笑うのを止めて黙り込んだと思ったら、今度は何だか苦しそうよ?」
「こ、これは……仮説だけど」
微かに残る頭痛に堪えながら、ベルは立ち上がった。
「お祖父さんは、封印の紋章で魔王を封じ込め、特殊な紋様によって、その力を抑えていた。だからこそ、僕達のような人間の体にも、魔王を封じ込める事できたんだ」
「それって、……まさか」
「そう。マジークは、紋章も紋様も無しに、体の中に魔王を取り込んだ。そんな事をしたら、体の中で魔王の力が暴走する可能性がある。最悪の場合、魔王がそのまま復活するという事も」
「ぎゃあああああああ!」
マジークの悲鳴が、ベルの言葉をかき消した。
苦しむマジークの体の至る所から、大量の黒い閃光と魔気が噴出した。
マジークの体全体が、心臓のように伸縮している。まるで、マジークの体を、体内から巨大な何かが突き破ろうとしているかのような光景だ。
「何だこれは……、おい、何が起こった!」
ハインデルツの部屋に到着したレオンハルトが、大量の魔気と、尋常ではない叫び声を上げながら苦しむマジークを見て叫んだ。
「魔王が、復活するわ」
「魔王だと? 何の話だ」
「封印されていた魔王デストロスが、蘇ろうとしているのよ!」
「ふざけるな!」
「ふざけてなんかないわよ!」
エリスとベルは、目の前で魔王が復活しようとしているのに、何もできないでいる自分が、情けないと思った。
そんなエリス達の表情を見て、レオオンハルトは、エリスの言葉が嘘ではないと悟った。
「魔王だか何だか知らないが、復活する前に倒してしまえばいい事」
右手で剣を抜いたレオンハルトは、それに魔気を纏わせる。それを見たベルは、
「レオンハルトさん、ダメです! ここでマジークを倒したら、魔王の力が暴走する可能性があります!」
「なら、ここで指を咥えて魔王とやらの復活を見ているのか?」
「そ、それは……」
魔王の復活を止める手立てが思い浮かばないベルは、悔しさで顔を歪ませながら顔を伏せた。
「レオン、危険な賭けだけど、やるしかないわ。あたし達は召喚の陣に阻まれて、ここから動けないの! レオン、あなたがマジークを倒して!」
「俺に命令するな。言われずとも、マジークは俺が倒すと決めている!」
レオンは漆黒のマントをなびかせながら、マジークの下へと走った。
「終わりだっ!」
そして、無防備なマジークの心臓目掛けて、必殺の突きを放つ。
剣の切っ先がマジークの胸に突き刺さった瞬間、電流を浴びたかのように、マジークの体が跳ね上がった。
確かな手応えを感じたレオンハルトは、剣を引き抜こうとするが、
「な、何!」
引き抜かれようとする刀身を、マジークの両手が握りしめたのだ。
仕留めそこなったかと思い、マジークの顔へと視線を向けたレオンハルトだったが、そのあまりの豹変ぶりに、思わず目を見張った。
「た……、たす…けて…くれぇ……」
さわやかな貴族風の顔は、いくつもの血管が浮き出て、赤い目が怪しく輝いていたのだ。
「くそっ!」
目の前の魔族に、一瞬とはいえ恐怖してしまった自分に怒りを感じながら、レオンハルトは無理やり剣を拭きぬき、後方へと跳んだ。
「どうやら、賭けは失敗だったようね……」
エリスが、マジークを睨みながら呟いた。
「最凶最悪の悪夢が、蘇るわ」