6、マジークの思惑
一方。エリス達は目の前の光景に驚き、戸惑っていた。
壷から噴出した魔気は、空気中に飛散し、壁に埋め込まれたライトストーンの光さえも鈍らせている。まるで、黒い霧に覆われているように、部屋が薄暗くなる。
足元はもっと悲惨だ。純度の高い魔気が床全体に広がるその光景は、まるでエリス達が黒い雲の上に立っているかのようにも見える。
「な、なんで! 召魔の壷を壊せば、魔族召喚はできないと思ったのに!」
「残念ですが、それは違います」
空間転移の陣が部屋の入り口付近の床に浮かび、そこからマジークが姿を現した。
部屋に充満している魔気を吸い込んでは、悦に入った表情をしている。
「それはどういう事だ!」
ベルがマジークに向かって叫ぶ。
「あなた方人間は、召魔の壷について勘違いをしていらっしゃるのです」
「勘違いだって?」
「そうです。召魔の壷は、それ自体が魔力増幅器となり、人間程度の魔力でも我々魔族を呼び出す事を可能にしますが、それは正しい使い方ではないのですよ」
マジークがゆっくりとした足取りで、部屋に足を踏み入れた。
「召魔の壷は、長い年月をかけて、世界中の魔気を、壷の中に吸収していきます。そして、溜め込まれた膨大な魔気は壷の中で圧縮され、我々魔族でも精製不可能な、とても高純度な魔気になるのです。しかし、ここで問題が発生します」
マジークは涼しい顔でエリスとベルの横を通り抜ける。
無防備で殺意の無いマジークが不気味に感じてしまい、エリス達は攻撃を仕掛ける事ができなかった。
やがて、カーテンの前で立ち止まったマジークは、微笑を浮かべながらエリス達へと振り返った。
「壷を破壊しなければ、中に眠る魔気を使うことはできない。しかし壷は、竜族の炎か、エルフ俗の魔力の協力がないと破壊できません。竜族とエルフ族は、我々魔族とは敵対関係にありますので、素直に力を貸してくれる訳がない、さぁ、どうしましょう?」
したり顔のマジークを見て、エリスとベルの表情が強張る。
「あなた……、まさか!」
「そう。だから私はあなた方に目を付けたのですよ! 聖剣を使う人間、そして、魔族召喚を阻止しようとする、お人よしで間抜けな人間をね! あなた方が壷を破壊すれば、後は私の思うがまま! もはや、計画は成功したも同然!」
エリスとベルは、知らなかったとは言え、自分達がマジークの計画に手を貸してしまった事に、言い知れない悔しさを感じた。
「さぁ! あなた方人間の最後の時です!」
マジークの魔力により、部屋を仕切っていたカーテンが弾け飛んだ。
その奥、玉座のような、立派な椅子に腰掛けているモノを見て、エリス達は目を見張った。
「な、何、あれは?」
肌は茶褐色に変色し、全身がカラカラに干からびた、長い間放置されていたと思われる死体だった。
死体が纏っている服は、埃と長い年月によって、ボロボロになっているが、どこか育ちの良さを思わせる格好をしている。
その姿を見て、ベルは一つの仮説にぶち当たった。
「ま、まさか……、その死体は!」
ベルの恐怖と怒りが混じった表情を見たマジークは、ニヤリと笑って、
「ハインデルツさんですよ。もっとも、死後十年は経っていますから、面影はありませんけどねぇ」
「誰がこんな事を……」
「十年前、ハインデルツさんが私を呼び出して、『この町を救ってくれ』だなんて下らない事を言うものですから、殺して差し上げたのですよ」
「何て、何て惨い事をするんだお前はぁ!」
激昂するベルを余裕の表情で見るマジークは、
「ですが、この男は素晴らしい置き土産を残してくれました。私を呼び出す為に使用した召魔の壷と、彼がこの町で掘り出した石です」
マジークは胸の前で掌を上向きにした。そこに、光り輝く小石が現れる。
水晶のように透き通った小石を見て、エリスは体を硬直させた。
マジークがこれから何をしようとしているのか、そして、呼び出す魔族がとてつもなく恐ろしい存在だという事に、気がついたのだ。
「ベル、ここから離れるわよ!」
「えっ、でも」
「いいから早く!」
エリスは今までに感じた事のない恐怖を感じていた。
事情が分かっていないベルだが、必死なエリスを前に、何かを感じ取り、素直に頷いた。
「お帰りになるのは、まだ早いですよ」
「そんなっ、こんな事って!」
広い部屋全体の床に、黒色の陣が浮かび上がる。ベルは、その陣に見覚えがあった。
「この六芒星の紋章は、文献で呼んだ事がある。これは、召喚の陣! でも、これだけ大きな陣を使わなければ呼び出せない魔族って一体……?」
「たぁぁああ!」
エリスがマジークへと飛び掛る。
陣の外に居るマジークに後一歩という所まで迫ったエリスだったが、召喚の陣に阻まれ、エリスの体は遥か後方に弾き飛ばされてしまった。
「無駄ぁ、無駄ですよ! 大人しくそこで見ていなさい、魔王デストロスの復活を!」
魔王デストロス。予想はしていたエリスだが、魔族の王が召喚されると聞いて、ショックを隠せないでいた。
「エ、エリス。冗談だよね? 魔王が復活するなんて……そんな事」
「本当よ。あいつが持っているあの石。あれは間違いなく、五十年前、イウヴァルトさんが魔王の下半身を封じ込めた聖石なのよ。まさか、空の彼方へと飛んで行った聖石が、こんな鉱山に身を隠していたなんて……」
ベルは震えていた。恐怖の感情だけがベルを支配している。
「実は、あなた方をここにおびき出した理由は、壷を破壊させる他に、もう一つあるのですよ。魔王の体が封印されているあなた達を召喚の陣の中に置けば、魔王召喚の成功率は格段に上がります。そして!」
マジークはこれまでに見せた事のない、凶悪で、狂気に満ちた笑顔を浮かべた。
「壷から溢れ出た魔気で強化された私の力で、魔王を召喚すれば! 私の計画は遂行される!」
「例えあなた達魔族が人間を滅ぼそうとしていても、その後は魔王による支配を受けるだけ、あなたに何のメリットがあるっていうのよ!」
「勘違いしないでください。私が行う召喚は、通常の召喚とは少し違います」
マジークは聖石を右拳に握り締める。
「あなた達と、この聖石に封じ込まれた魔王の体を、私の体に移すのです。そうすれば、魔王自体は封印されたまま、私は力を得る事ができる! あなた達のようにねぇ! 要は、魔王の力だけを復活させるのですよ!」
部屋中の魔気が、マジークの右拳へと集中していく。その圧倒的なエネルギーによって、大気と大地が荒れ、屋敷中の壁に亀裂が走った。
「あ、頭が、痛い!」
ベルは激しい頭痛に、両手で頭を抱えんて蹲った。
その額には、封印の陣が浮かんでいる。同様に、エリスも胸を抑えて苦悶の表情を浮かべた。
床に描かれた陣が怪しく光り、陣内に黒い稲妻がほとばしる。
「魔王よ、私の一部となれぇ!」
マジークの右手に握られた聖石から、眩い紫色の閃光を放ったかと思うと、聖石から丸くて黒い塊が放出された。
その後、光を失った聖石は、風化した石のようにボロボロと崩れ去った。
「おお、あれが魔王の下半身! 素晴らしい! 召喚は成功したのだ!」
直径一メートル程の黒い塊は、マジークの目の前でふわふわと漂っている。それを見て、マジークは歓喜した。
「ぐっ、あああ!」
ベルを襲う頭痛が激しさを増した時、聖石から飛び出した塊と同じものが、ベルの頭の中から飛び出した。
「あぐっ!」
エリスの胸元からも、塊が放出される。
「さぁ、魔王の体よ! 私の前に来なさい!」
マジークの意思に反応して、ベル達から放出された塊が、マジークの前へと移動する。
その光景を見たマジークは、高笑いをした。
「全ての生命よ、私にひれ伏せ! この私が世界の覇者だ!」
叫びながら両手を広げたマジークの胸の中に、三つの黒い塊が吸い込まれるように入っていく。
マジークは、塊を一つ体に取り入れる度に、とてつもない力が満ち溢れてくるのを感じた。そして、三つの塊が全てマジークへの体内に入った時、
「くくく、ははは! はっはっはっはっは!」
マジークは、魔王の力を手に入れた喜びで、狂ったように笑い出した。、