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3、疾走

 エリスは神妙な面持ちで、


「ベル、時間は?」

「四時三十分。まだ間に合うよ!」


 店の壁に掛けられた時計を見ながら、ベルは言った。


 だがその時、轟音が鳴り響き、店の出入り口である扉が蹴破られた。


 前のめりに床に倒されたドアを踏みつけながら、真紅のフード付きマントを纏った二十人程の人間がズカズカと店の中へと侵入してくる。


「お前ぇら、ハインデルツの手下か」


 店のドアを壊された怒りを腹の底に溜め込みながら、マスターは低い声で言い放った。


「ハインデルツさんの依頼だ。そこのガキ二人をこっちに寄越せ」


 ハインデルツの手下達の先頭に立っているリーダー格の男が、ベルとエリスを指差しながら言った。


「あたし達をどうするつもり?」


 エリスは警戒しつつ腰に手を回すが、先日の戦闘で剣を失っている事に気付き、小さく舌打をした。


「ハインデルツさんの前に連れて行く。それから先は聞かされていない。素直に言う事を聞けば、手荒な真似はしないつもりだが、もし抵抗するなら……」


 ハインデルツの手下達が、一斉に腰に携えた剣の柄に手を這わせた。エリスとベルは身構え、反抗の意思を見せる。


 それを見たリーダー格の男はニヤリと笑い、部下達に一斉攻撃の合図をしようとしたが、


「おいおい、ちょっと待てよ」


 カウンターから出てきたマスターが割って入った。身につけたエプロンを脱ぎ捨て、ハインデルツの手下達をジッと睨みつける。そして、


「お前ぇら、俺に言う事があるだろ?」

「な、何だと?」


 マスターの迫力に、リーダー格の男は気おされていた。マスターは蹴破られた店のドアを指差した。


「人の物を壊したら……まず」


 マスターは深呼吸をしてから、


「ごめんなさいだろがぁ!」

 まるで側で爆発でも起きたかのような声量で、マスターは叫んだ。


リーダー格の男はたじろぎ、耳を押さえながら叫ぶ。


「き、貴様! 俺達に歯向かうとどうなるか分かっているのか!」


「どうなるか……だと? じゃあ教えて貰おうじゃねぇか」


 マスターのその一言で、店に居た男達がゾロゾロとマスターの背後に集まり出した。


 その数はハインデルツの手下達の約二倍程だ。男達は薄ら笑いを浮かべながら、


「お前達ハインデルツの手下は、前から気に入らなかったんだ」


「ここいらで、決着をつけないとな」


「日頃の鬱憤、晴らさせて貰うぜ」


 人数の差に一瞬戸惑ったリーダー格の男だが、目の前の男達が武器を手にしていない事に気付き、強気になる。ハインデルツの手下達は一斉に剣を抜き、


「へん! こっちにはハインデルツさんから貰った武器があるんだ!」


「それがどうした、俺達だって武器くらい持ってるぜ」


 マスターは不敵な笑いを浮かべた後、


「野郎共ぉ!」

 マスターの一声に、男達は続く。


『オォォオオオッス! マスタァアア!』


「筋肉を解放しろぉ!」


『ウォォオオオオッス!』


 激しい咆哮と共に、マスター達の筋肉が膨れ上がる。



『ダァァアアアアア!』



 マスター達のシャツが四方八方に弾け飛び、隆々とした筋肉が姿を現す。鍛え抜かれた彼らの肉体は、まさに鋼の肉体と呼ぶに相応しい形容をしている。



「鍛え抜かれたこの肉体こそが、俺達の武器だ」



 マスターから、低く唸るような声が発せられる。


 目の前の野獣を連想させる男達を見て、リーダー格を除くハインデルツの手下達は動揺し、ジリジリと後退した。リーダー格の男は歯をギリリと鳴らし、


「お、臆するな! どんなに凄かろうと所詮は筋肉、剣で叩き切ってしまえばいい事だ!」


 その言葉を耳にしたマスターは、ふん……っと鼻を鳴らすと、上向きにした拳をハインデルツの手下達に向けて、その人差し指をクイクイと動かした。


 マスターの目は、「やってみろ」と言っている。


「キ、キェェエエエエエ!」


 リーダー格の男は、剣を上段に構え、真っ直ぐにマスターへと突っ込んだ。


 男の剣が風切り音を立てながら、マスターへと襲い掛かる。


「ノロマが」

「な、何ぃ!」


 それを、軽々と交わしたマスターは、渾身の一撃を放った後で硬直している男の顔面目掛けて、アッパーカットを放つ。


「パーフェクト・マスター・クラァッーシュ!」

「ぎょぇえええ!」


 マスターの荒ぶる筋肉から生み出されるアッパーの威力は、常人を遥かに超えていた。


 成す術もなく上方へ突き上げられたリーダー格の男の頭が、木製の天井に突き刺さった。


 まるで、天井から人間の首から下が生えているような光景に、誰もが目を見張り、驚いていた。


「ち、ちきしょおおおお!」

「この、化け物がぁぁあ!」


 恐怖に駆られながらも、ハインデルツの手下達は勇敢にもマスター達へと戦いを挑んだ。


『ヌオオオオオオオオオ!』


 マスター側の男達は待ってましたと言わんばかりの雄叫びをあげながら、ハインデルツの手下達へと突っ込んでいく。


 両陣営が激突した時、店の中は一瞬にして戦場へと変わった。


 マスター側の男達は、店の椅子を振り回し、テーブルを盾に、ナイフやフォークさへも武器にして、ハインデルツの手下に立ち向かっていく。


「ここは俺達に任せろ、お前ぇらはハインデルツを頼む」


 マスターは天井からダラリとぶら下がっている男から、剣と鞘を奪って納刀し、それをエリスへと渡した。エリスは、それを腰へと装着しながら、


「ありがとうマスター。ついでに、一つだけお願いしていいかしら?」


「何だ?」


 エリスは、マスターの耳元で何事かを囁いた。それを聞いたマスターは、目を見開き、


「お前、幾らなんでも、この短時間でそれは無茶だろ」


「いいからやって! やらないと、最悪の事態が起きた時、この町の人達は皆死んじゃうのよ!」


 エリスの真剣な目と言葉を前にして、マスターは断る事が出来なかった。


「ったく、しょうがねぇな、やってみるよ!」


「ありがとマスター! 気をつけてね!」


「心配するな、俺はマスターだ!」


 親指を立て、根拠のない自信を口にしたマスターは、戦いの場へと突進していった。その姿を見届けた後、


「ベル、行くわよ!」

「分かった!」


 店の出入り口は男達の戦場と化していて、突破は難しいと判断した二人は、先ほどマスターが指した店の窓へと突き進んだ。


 両手で頭を庇いながら、窓を突き破り店から脱出したエリス達は、ハインデルツの屋敷があると言われた丘へと、一目散に駆け出した。


 丘までは、町の大通りを一直線に進めばたどり着ける。だが、大通りの両脇に数多く点在する路地から、ゾロゾロとハインデルツの手下達が姿を現した。


「ハインデルツの旦那の依頼だ! お前達を捕らえる、覚悟しやがれ!」


 エリスは走りながら素早く剣を抜くと、


「あんた達、邪魔よっ! どきなさい!」


「だぁーれがお前の言う事なんか聞くか! バカだお前! お前バカだよ!」


「バカバカ言うなっ! ムカツクわね!」


 エリスが素早く男達の間を縫うように進む。次の瞬間、切り刻まれた手下達の服がパラパラと地面に落ちていった。


「ひぃいい!」


 エリスの姿を捉える事すら出来ない手下達は、早くも逃げ腰になる。


「所詮はお金で雇われた荒くれ者ね、そんな腕じゃ、あたしに触る事すらできないわよ!」



「小娘風情が生意気だぞ! 大口を叩くなら、俺達三人を倒してからにしろ!」



 エリス達の行く手に、三人の大柄な男達が立ちはだかる。


 その姿を見た他の手下達は、


「出たぜ! ハインデルツさんの手下の中でも、それなりに強い三人組!」


「それなりの強さで、それなりに活躍をする、それなりに手強い奴ら!」


「こいつらが動き出したからには、俺達の勝利はそれなりに間違いねぇ!」


 手下仲間の声援を受け、三人組の真ん中に居る男はニヤリと笑い、腰に携えた剣を抜く。


「先ずは俺が相手になろう! 聞いて驚け! 俺の名前は」



『サンダー・ボム』



「ぎゃぁぁあああ!」


 ベルが行使した魔術が、三人組を襲う。


 サンダー・ボムは相手に電撃を浴びせる魔術だが、その威力は低く、直撃しても致命傷にはならない。主に、牽制に使われる魔術だ。


 だが、三人組は電撃を喰らって気を失い、地面に倒れ込んでしまった。


 魔術の威力や効果は、行使する者の魔力に応じて変化する。


 よって、常人を遥かに超える魔力を有しているベルは、低級の魔術でも、威力は通常の何倍にも跳ね上がるのだ。


 エリスの剣術と、ベルの魔術を目の当たりにした手下達は、その驚異的な力に恐れをなし、撤退を始めた。


 それを見たエリスは、勝利の笑顔をベルに向けながら、


「ベル、このまま一気に突き進むわよ!」

「うん!」

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