2、ハインデルツ
エリスとベルは、自分達の先祖の事、数日前エリスがこの町に立ち寄った時から始まった一連の騒動の事、そして、この町に来た理由を話した。
簡潔ながらも要領を得たベルの話しに、マスターは、時々驚いたように目を見開いたり、頷きながら聞いていた。
「これが、ここ数日の間に僕達の身に起こった出来事と、これから起きようとしている出来事です」
ベルが粗方話し終えた時には、グラスの中の氷は全て解けてしまっていた。
時刻は午後四時。日は既に傾き始めている。
もう一時間もしない内に辺りは夕色に染まり、空には、人間の終わりを告げる満月が浮かぶだろう。
「魔王デストロス、伝説の英雄の子孫、聖剣、壷、魔族か……。只者じゃねぇとは思っていたが、まさかここまでとはな」
「マスターさん、信じてくれるんですか?」
てっきり、嘘だと言われると思っていたベルは、マスターがあっさり話を聞き入れてくれた事に驚いた。
「信じるもなにも、お前ぇらがそう言うんだか、そうなんだろうよ」
「マスターって、深く物事を考えないタイプ?」
「柔軟性に富んだ男と言え」
そう言って、マスターはふんぞり返った。
「にしても、ハインデルツか……。お前ぇらも随分とヤバイ奴に目をつけられたな」
「マスター、前にもハインデルツがどうとか言ってたわよね。そんなにヤバイ人なの?」
「ハインデルツは、金に物を言わせてこの町で好き勝手やってる男だ。手下は皆一様に紅いフード付きマントを羽織っていて、事あるごとに俺達ティンクルベリーの住民に援助を要請しやがる」
「断ったら、どうなるんですか?」
「ハインデルツお抱えの魔物やら傭兵やらが来て、たこ殴りにされる」
ハインデルツの悪人ぶりに、エリス達は一様に嫌な顔をした。
「ヤバイ連中と言うか、腐ってるわね。ハインデルツって人の顔が見てみたいわ」
エリスの言葉を聞いて、マスターは少し悲しそうな顔をした。
「……あいつも、元々は悪い奴じゃなかったんだ」
「ちょっとマスター、それってどういう事? ハインデルツと知り合いなの?」
「ティンクルベリーが、十年程前から鉱石が採れなくなったって話は知ってるよな?」
「ええ。僕の住んでいるウィンドヘルム村でも、その事は噂になりましたし、エリスには僕から説明しました」
「なら話は早ぇ。鉱山から鉱石が採れなくなった事で、町の住人達は疲弊していき、絶望の果てにこの町を捨てる者も出てきやがった」
マスターは哀しみを帯びた顔をする。
「そんな時さ。この町の町長であるラルトーク・ハインデルツが、急に住人から金を巻きあげたり、その金で傭兵を雇いはじめたのは」
「ハインデルツって、この町の町長だったの?」
「ああ。真面目で、実直で、この町の事を誰よりも愛する男だった」
ベルは訝しげな表情をして、
「そんな人が、どうして魔族召喚なんかに手を出そうとしているんだろう?」
「以前のあいつだったら、この町の復興を魔族に願おうとするんだろうが、今のあいつは、何を考えているのか全く分からねぇ。何せこの十年間、奴は自分の屋敷から一歩も外へ出ていないんだ」
「ハインデルツさんの事、王宮には報告したんですか? そうすれば王宮から役人が派遣されて……」
「ハインデルツは、王宮のお偉いさんに賄賂を送っているらしい」
マスターは悔しそうに拳を握り締めた。
「俺達が王宮に報告しても、全て揉み消される。真面目に仕事をしようにも、鉱山は枯れちまって、クズみたいな鉱石しか採れやしねぇ。だからこうして、男達は皆、日が高い内から夜更けまで酒を飲んでんだ。いや、飲まないとやってられねぇんだろうよ」
マスターは店内で楽しげに酒を飲んでいる炭鉱マン達を見つめた。
「こんな事言いたくねぇが、この町も、もう長くねぇかもな」
マスターの話を聞き終えたエリスとベルは、互いに頷きあい、立ち上がった。
「マスターさん、ハインデルツさんの居場所をしりませんか?」
「知ってどうする?」
「勿論、ハインデルツさんの悪事を阻止するんです。魔族召喚も、この町の人達からお金を奪う事も止めさせれば、きっとこの町も救われます」
そう言って、エリスとベルは互いに頷きあった。
「坊主、嬢ちゃん……、お前ぇら」
「マスター、ベルの言う通りよ。絶望するのはまだ早いわ」
エリスとベルは、真剣な眼差しでマスターを見据えた。
暫く二人の顔を見つめていたマスターだったが、やがて大きな溜息を吐き、頭をガシガシと掻きながら、
「……本来なら、お前ぇ達みたいな子供に任せたりはしねぇんだが、今回ばかりはそうも言ってられねぇようだな」
大きな溜息を一つ吐いたマスターは、カウンター横にある窓、正確には、そこから見えている、丘を指差した。
「あの丘の頂上に、ハインデルツの屋敷がある。ここからだと、走って二十分ってところだな」