7、別れ
「キュィイイイ!」
ランプの明かりが、治療室の前に降り立った生物を照らし出す。
凛々しい鷲の顔と翼に、逞しいライオンの体、手足には鋭い鉤爪が三つずつ生えている。
エリス達は、その見慣れない生物の登場に、驚き、戸惑った。
「レオン、それは?」
「こいつはグリフォンのグリフ、俺の相棒だ」
グリフォンという言葉を聞いて、ベルは好奇心を駆られた。
「グリフォン? それって、神話や絵本に出てくる魔獣ですよね?」
「ああ」
「実在したんですね。ペガサス種と同じように、大昔に滅んだと思っていました」
「コイツは完璧なグリフォンではない。伝承を元に、俺の親父が生み出した実験体だ」
ギリアムは驚きのあまり、ポカンと口を開けて、
「お前、そんなものを飼っていたのかよ。全然気が付かなかったぜ」
「普段は人目のつかない所に待機させているだけだ」
レオンハルトは、グリフの頭を優しく撫でた。グリフは嬉しそうに目を細めて、喉で甘えたような声を鳴らした。
「親父が処刑されてから、親族が居ない俺は、グリフと共に生きてきた。グリフは、俺がこの世界で唯一心の許せる生き物だ」
レオンハルトは窓から身を乗り出し、グリフの背中へと飛び乗った。
「ちょっとレオン! あなた一人で行く気なの?」
「当然だ。これは俺の戦い、他人の力を借りる気など毛頭ない」
「この件には、あたしの聖剣も関わっているんだから、あたしの戦いでもあるわよ!」
「そんな事は知らん。お前は邪魔だ」
「な、なんですって!」
エリスの反論も聞かず、レオンハルトはグリフに飛ぶように指示した。
力強い羽音と砂埃を上げながら、グリフは地上から十メートル程浮かび、ティンクルベリー目指し、北の方角へと飛んでいった。
口をへの字に曲げながら、その姿を見つめていたエリスは、
「嫌な奴!」
「ああいう奴なんだ。一々気にしていると禿げるぜ」
ギリアムがエリスを宥める。
マジークが登場してから、レオンハルトが飛び立つまで、その一部始終を、少しだけ開いている治療室のドアの隙間から、そぉ~っと見ていた人物が居た。
「お話は、全て聞きました」
その人物はマリーだった。その声を聞いたベルは、訝しげな表情でマリーを見る。
「マリーさん、どうして、そんなコソコソとしているんです?」
「そ、その下品な無精髭が、いやらしい目であたしを見るからです!」
「俺の名前はギリアムだ。それに、俺だってお前のような下品な乳をした女を見るのはごめんだね」
「な、ななな! 何ですってぇ!」
ズンズンと足取り重く治療室へと入るマリー。
ギリアムに人差し指を突きつけながら何か言ってやろうと思ったが、今はそれどころではないと、自分を落ち着かせる。
「今の話が本当だとしたら、いずれこの地を災いが襲うのですね?」
「そのようですね。あのマジークとか言う男は、明日と言っていましたけど……」
マリーの問いかけに答えたエリスは、ベルに今日の日付を尋ねる。
「今日は、ドラゴンの月の十八日だけど……あっ」
言ってから、ベルも気付いた。
「そう。明日はドラゴンの月の十九日、つまり、満月よ」
「満月? それがどうかしたのか?」
ギリアムの疑問に、マリーは、
「ドラゴンの月の十九日。この日は一年で最も月が輝く日です。それと同時に、魔族の力が著しく増す日とも言われているます。なので、魔族召還が成功するのは、ドラゴンの月の十九日と昔から言われているのです」
「何故だ?」
「諸説ありますが、月が魔族の住む魔界だからと言う説と、月自体が強大な魔力増幅装置だと言う説が有力ですね」
「ふーん成る程ねぇ……って、やべぇじゃねぇか! オイ!」
ギリアムの呼びかけに、ベルとエリスは力強く頷く。そして、ギリアムとベルはベッドから飛び起きようとしたが。
「いけません!」
マリーの凄まじい一喝により、その場に居た全員の姿が竦みあがった。
「あなた達は、今何をしようとしていたのですか?」
「何って、あたしはハインデルツの魔族召喚を阻止しに……」
「いけません!」
再び一喝。エリスの体が縮こまる。
「あなた達のような子供が、……一人だけ年寄りが混ざっていますが」
「あんだとぉ?」
喧嘩腰のギリアムを、ベルが抑える。
「これはもう個人でどうこうして解決できる問題ではありません! この件は、あたしが早急に王宮に報告をして、正式に軍隊を送ってもらうよう申請します」
「そ、それじゃ手遅れなんですよ、マリーさん!」
「いいえ、ダメです! どうしても行くと言うのなら、この私を倒してから」
そう言いかけたマリーの前に、エリスが素早く現れる。そして、
「らっーー!」
「あひんっ!」
エリスのチョップがビシッ! っとマリーの首筋を直撃する。難なく倒されてしまったマリーが、ふにゃふにゃと床に横たわる。
エリスはベッドに居るベル達に向かって親指を立ててみせた。ギリアムは「よくやった!」と言わんばかりの笑みで親指を立て返している。ただ一人、ベルだけが慌てふためいていた。
「ちょちょちょ! エリス! 君は一体何を!」
「だって、こうでもしないと、この人は私を行かせてくれないでしょ?」
エリスが「よいしょ」と、マリーの体を持ち上げる。
「けど、だからって……」
「時間は限られているわ。ここで無駄な討論をする訳にもいかないのよ」
マリーを自分が寝ていたベッドに寝かせたエリスは、壁に掛けられた時計へと視線を向けた。
時刻は丁度零時になっていた。つまり今日は既にドラゴンの月の十九日。
マジークの言った事が正しければ、今日の夕方から夜にかけて、空に月が浮かんだ時、人間は滅びを迎える事となる。
やがて、時計と睨めっこをしていたエリスが自信満々に言う。
「ティンクルベリーまで走って十二時間、休憩に一時間、奴らを見つけて倒すのに一時間。これなら今日の午後二時には全てが片付く。うん、問題無いわ」
「問題大有りだよ!」
「何よベル、何か無理な点でもあるの?」
「まず、ティンクルベリーまで十二時間も走り続けるなんて無理! そして一時間で敵を見つけてやっつけるのも無理!」
「無理無理言ってたら、何事も上手くいかないって、お祖母ちゃんが言ってた」
「そりゃ僕だって言いたくないさ。けど、人間できる事とできないことがあって」
「道具屋」
割って入ったギリアムが、ベルの言葉を遮る。
「俺は行くぜ。例え無理だろうと、このまま黙って引き下がれるかってんだ……」
やる気満々のギリアムは、不敵にニヤリと笑う。そんなギリアムに向かってエリスは、
「あ、ギリアムは来なくていいわ」
「何でだよっ!」
「いくらギリアムがしぶとい奴だからって、その怪我じゃ戦うのは絶対に無理よ」
「ふん……、どうしても留守番させるってんなら、俺を倒してからに」
そう言いかけたギリアムの前に、エリスの足の裏が迫る。
「らっー!」
「ぐへぇ!」
見事な飛び蹴りがギリアムの顔面に直撃した。気を失ったギリアムは、そのままベッドに倒れこむ。
「ギ……ギリアムさーん! エリス、今のはちょっとやりすぎなのでは?」
「ギリアムの生命力は凄まじいからね。これくらいしないと直ぐに復活しちゃうわよ」
そう言って、エリスはギリアムとマリーに布団を被せた。
「ベル……、あたしだって無理なことは承知してるわ。けどね、誰かがやらなきゃ、多くの人の命が失われるかもしれないの。あたしは、そんなの嫌」
真面目な表情で呟くエリスを、ベルはジッと見つめている。
「それに、この騒動は、旅の最中聖剣を振るったあたしの不注意と、あたしの聖剣の存在が招いた事。だから、あたしは行く。短い間だったけど、あなたと暮らせて楽しかったわ」