3、レオンハルトの過去
「お嬢ちゃん、怪我はもういいのか?」
「大丈夫よ、あたしの体には魔王の上半身が封じ込められているから、人より身体能力が高いし、傷なんかの回復速度も速いのよ」
「は? マオー?」
エリスは自分の胸元を指で突付きながら、
「ほら、ギリアムもあたしと戦った時見たでしょ? ここん所に紫色に光る陣が浮かび上がったの」
「ああ、そういやそうだな。あれがお嬢ちゃんに何かしらの力を与えてるんだとは気付いていたが……、ありゃ何だ?」
「だから、魔王が封印されている証よ。因みにベルは魔王の頭が封印されているから、常人より魔力の容量が遥かに大きいのよ……って、お祖母ちゃんが言ってた」
誇らしげに言うエリス。しかし、ギリアムはそれを可哀相な人を見る目で眺めた。
「あー、その、なんだ? 俺も小さい頃は自分が何か天から特別な力を与えられた勇者だと思ってた頃はあったさ、けどな、現実をちゃんと見ていかないと、人間は生きていけないんだぞ、お嬢ちゃん」
「疑ってるわね。本当なのに」
エリスがジト目でギリアムを見て口を尖らせる。
「その話が本当で、お前達が強いとしても、レオンハルトの野郎には気をつけろよ」
「レオンハルト?」
エリスが首を傾げる。ギリアムは、一番端のベッドで寝ている黒ずくめの男を指差した。
「その男の名前だ」
「……確かに、この男は危険ね。聖剣は使用者の意思に比例してその刀身や威力が変わるんだけど、この人は見事に聖剣の力を引き出しているわ。それに、剣術だけなら、間違いなくあたしより実力は上ね」
エリスは悔しそうに唇を噛み締めた。祖母との修行で、剣の腕では何者にも引けをとらないと自負していたのだ。
「それに、このレオンハルトの右腕は異常よ。腕から出てた魔気や、その形状からして、魔族に近いものを感じたわ」
「レオンハルトは無口で、俺達ハインデルツの手下にも滅多な事では話しかけねえが、一度だけ、酒の席で奴が俺に話した事がある」
ギリアムは、その時の事を思い出す。
「何でも、レオンハルトは、シュタイナー博士の息子らしいんだ」
シュタイナーという言葉にいち早く反応したのは、ベルだった。
「シュタイナーって、アレクサンド・シュタイナー博士の事ですか?」
「ベル、あなた知っているの?」
「知っているも何も、こんな田舎までその噂が届くほどの有名人だよ……。ただし、悪い意味でだけどね」
ベルは表情を曇らせる。そんなベルを見つつ、ギリアムは話を続けた。
「シュタイナー博士は、王都の生物研究学の第一人者でありながら、魔族を越える力を持った生物を作り出す事に執念を燃やしていた危険な男だ。度重なる危険な人体実験を行った事を罪とされ、十年前に処刑されたんだが」
それを聞いて、エリスとベルは苦い物を頬張ったような顔をした。シュタイナー博士が、レオンハルトに何をしたのか、見当がついたのだ。
「もう分かっているとは思うが、シュタイナー博士は処刑される前に、当時十歳だったレオンハルトの右腕に、魔族の血を流し込んだらしい」
「貴様、まだそんな事を覚えていたのか」
長い眠りから覚めたレオンハルトは、体の節々の痛みに顔を歪めながらも、上半身を起き上がらせた。
「レオンハルト、起きていたのか?」
「ああ」
そう言って、レオンハルトは自分の右腕に左手を添えた。そして、自ら解いた筈の包帯が、再び巻かれている事に気付き、訝しんだ。
「その包帯は、この教会に住んでいる白魔術師のマリーさんがしてくれたのよ」
「……余計な事を」
包帯には、マリーの白魔術が施されてあり、レオンハルトの右腕から発せられる魔気を吸収している。
「俺は、どのくらい寝ていた?」
誰に言うわけでもない、自分がどれ程の間気を失っていたのかという疑問が、自然とレオンハルトの口から漏れたのだ。
「あなた達がこの村に夜襲を仕掛けてから、丁度二十四時間が経ったわ。今は、ドラゴンの月の十八日。二十三時五十分よ」
気絶してからかなりの時間が経っている事が分かり、レオンハルトは舌打をした。
そして、痛みを感じながらも、ゆっくりとベッドから立ち上がる。そんなレオンに、エリスは厳しい表情で、
「待ちなさい、レオンハルト」
「気安く俺の名前を呼ぶな」
「じゃあ、レオン」
「勝手に略すな」
レオンハルトはエリスへと向き直ると、無表情のままで、少し声を荒げた。
「俺を助けた事には感謝をするが、俺とお前達は敵だという事を忘れるな」
「あなたに聞きたいことがあるの」
「俺が素直に話すとでも思っているのか?」
「どうしても話したくないっていうのなら、少し痛い目をみてもらうわ」
「面白い、やってみろ」
エリスとレオンハルトの視線が交差し、まるで火花でも散らしそうな睨み合いが始まるが、レオンハルトはすぐにエリスから目を逸らした。
「……だが、俺には手当てをしてもらった借りがある。多少の質問なら答えてやろう」
「素直じゃないわね、最初からそう言えばいいのに」
何か反論しようとしたレオンハルトだったが、言い争いをしている時間が惜しいと判断し、黙ってエリスの質問を待った。