8、魔剣士
「ぐあぁぁああああ!」
それはギリアムだった。
飛び出したというよりも、吹き飛ばされたと言った方が正しいのかもしれない。
大きな炎の塊に何mもの距離を押されながら、ギリアムの体がベル達の前に転がり落ちる。
「ギリアムさん!」
「あなた、どうしてここに? 教会で寝てたんじゃ……」
「うっ……ぐぉ! がぁあああ!」
酷い火傷を負ったギリアムの姿を見て、エリスは叫んだ。
「ベル、白魔術を!」
言われる前に動いていたベルは、倒れこんだギリアムの体に手をかざして、治療用の白魔術、ヒーリングを唱える。温かい光がギリアムを包み込み、その痛みを徐々に和らげていった。
「ベル、どう?」
「多分、さっきの陣は、炎の塊を射出する黒魔術、フレイム・シュートだと思う。それほど強力な魔術じゃないけど、かなり至近距離で打たれたみたいだから、かなりの火傷を負っている……。それに、元々酷い怪我をしていたから……」
「……そう、じゃあベルは、このままギリアムの治療をお願いするわ」
エリスは剣を抜き、先程と同じ方向を見据える。
「エリス?」
「あたしは、敵さんの相手をするから」
エリスが見るその先には、一人の男が立っていた。先日、ギリアムに一撃を与えた無表情な男だ。
月明かりに照らし出されたその姿は闇そのもの。
髪から服装まで前身黒ずくめ。そんな格好をしている所為か、男の透き通るような白い肌と、赤い瞳だけが異様に目立って見える。
「あなたが親玉?」
「……」
「何が目的なの?」
「……」
「だんまり? 話が進まないじゃないの」
「ギリアムが持ち去った物を渡してもらおう」
男が言う。しかし、エリス達にはそれが何なのか見当もつかなかった。肝心のギリアムは気を失っている。
「何を言っているのか分からないわ」
「あくまで白を切るつもりなら……、女とて容赦はしない」
男が左手で剣を抜き、銀色の刃が顕になる。
ショートソードより少し長いが、ロングソードよりは短い、両者の中間に位置する長さの剣だ。刃渡りは八十cmといったところだろう。その剣が、怪しくギラつく。
「ギリアムが持ち去った物? 何だか分からないけど、そっちがその気ならこっちだって抵抗させてもらうわ」
エリスが剣を両手で握り締め、それを中段に構える。
「……あなたを倒して、一連の騒動の真実を話してもらう」
「お前にはムリだ」
ピクっとエリスのこめかみが動く。男の発言に、ちょっとムカついたのだ。
「無理かどうか、試してあげるわ!」
エリスが大地を蹴って飛び出す。素早い踏み込み、瞬く間に男との距離を縮める。そして、走りながら剣を左下に構え直し。
「せぇい!」
男の右脇腹めがけて大きく振り抜く……筈だった。
「うっ……ぁ!」
「……ふん」
以外にも、攻撃を受けたのはエリスの方だった。
エリスの鳩尾に、男の右拳がめり込んでいる。エリスが攻撃を仕掛けるその一瞬、彼女よりも素早く踏み込んだ男が、攻撃を仕掛けたのだ。
エリスは視界がぼやけるのを感じたが、歯を食いしばってなんとか正気を保つ。
「やったわね……このっ!」
そして、お返しだと言わんばかりに、男の顔に向けて思い切り右拳を振る。
「……っ!」
確かな手応え。エリスの拳が男の左頬にクリーンヒットしていた。よろめいた男は顔を抑えながら数歩後ずさりする。
「つっ……ぅ」
対するエリスも、相当ダメージがあるらしく、ダメージを負った部分を手で庇っていた。
「ついカッとなって突っ込んだりしちゃったけど、あなたの一撃で目が覚めたわ」
「俺も、少々お前を侮っていたようだ」
黙って睨みあう二人。沈黙を破ったのは両者同時だった。
二人とも同時にしかけ、激しい剣の打ち合いの応酬が始まった。
村に金属と金属の衝突音だけが激しく響きあう。
互いに一歩も引かない、打たれては受け止め、受け止めては打ち返し、それを繰り返している。
「す、凄い……」
二人の姿は暗がりでぼんやりと見えるだけだが、月明かりで光る剣が、闇の中で激しい踊りをしているかのような光景を見たベルは、目を丸くして驚いていた。二人の剣捌きはもはや芸術の域に達している。
「うっ……うぅ!」
「ギリアムさん! よかった、気がついたんですね」
霞む目を開けて、ギリアムは目の前で安心しきった笑みを浮かべるベルの姿を見た。
「お前、道具屋か? 何故俺の名を知っている?」
「あなたの事はエリスに聞きました」
「エリ……ス? あぁ、あのお嬢ちゃんか……。そうだ!」
ギリアムは怪我の痛みも忘れて体を起き上がらせた。しかし、すぐに痛みがぶり返してきて、思わず体を蹲らせる。
「無茶ですよ、今は大人しくしていて下さい!」
「そうも言ってられねぇ、奴が来てんだ! あのお嬢ちゃん殺されるぞ!」
「え?」
ベルの心臓が跳ね上がる。エリスが死ぬ? 何故?
「そ、それはどう言う事ですか!」
問いかけるベルを無視して、ギリアムは剣と剣がぶつかり合っている空間を眺めた。
「っち……、もう始まってやがる。こりゃやべぇぞ」
ギリアムは痛みを堪えながら立ち上がり、エリス達の方へ、よろよろと歩きだす。
ベルはそんなギリアムの肩を掴み、制止をかけた。
「ギリアムさん、そんな体では無理です!」
「ギャーギャー騒ぐな!」
振り返りざまに叫ばれ、ビクリとベルの体が硬直する。間を置いて、ギリアムが落ち着いた口調で話を切り出した。
「いいか道具屋、よく聞け。確か三日前だったか、お前の店に物を売りに来た男が居ただろ、覚えてるか?」
「え、ええ。ガラクタばかりを高値で売りつけようとした人が来ましたけど……」
「あれは俺だ」
「え、ええ! あれってギリアムさんだったんですか?」
ベルは驚いた。まさか三日前にギリアムと顔を合わせていたなんて、思いもしなかったのだ。
「理由は後で説明する。いいか、奴らはあの時俺がお前の店に売った物を欲しがっている。だが、奴らにソレを渡すわけにはいかねぇ! 何としてでも死守しろ、いいな!」
「な、何故ですか?」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 返事は『はい』か『いいえ』だ!」
「は……はいぃ!」
ギリアムの押しに負けて、ベルは若干泣きそうになりながらも返事をする。
「よぅし、物分りの良い奴だ」
「で、でもせめて、奴らが何を狙っているのかくらいは教えて下さいよ」
「奴らが狙っているのは、あのヘンテコな壷と、伝説の聖剣と言われている、炎剣ヴォルテクスだ」
驚愕の事実に、ベルの思考が停止する。ベルはてっきり宝石の類を狙っているのかとばかり思っていたのだ。それなのに、
「あ、あの壷と……聖剣? それ本当なんですか!」
「あぁ、奴らは俺がお嬢ちゃんから奪った聖剣と、奴らの本拠地から持ち出した壷を……いや、説明は後だ、それより道具屋!」
「は、はい!」
「このままだとお嬢ちゃんは負ける、絶対にだ。だから、俺とお嬢ちゃんが時間を稼いでいる間に、お前は店に戻って伝説の聖剣を持ってこい! 奴を撃退するには、お嬢ちゃんに聖剣を使って貰うしか道はねぇ!」
「で、でも! ギリアムさん重症だし、僕、一気に説明されて何が何だか……」
「このままじゃ皆やられちまうぞ! それでもいいのいか!」
ベルは数秒の間訳も分からず混乱していたが、エリスが殺されるという言葉を思い出して、決意を固める。
「何だか分からないですけど、とにかく、聖剣を持ってくればいいんですね!」
「頼んだぞ道具屋! 俺なんかじゃそう長くは持たない、急いでくれ!」
そう言うと、ギリアムは戦いの場へ、ベルはファルスの店内へと駆けて行った。