7、炸裂、最上級魔術ドラゴニックロアー
「やぁぁあ!」
エリスが大地を蹴って飛んだ。その細い足の何処にそんな力が隠されているのか? と、誰もが疑問に思う程の見事な跳躍をした。
今のエリスは、大人の身長を軽く越す高さまで舞い上がっているのだ。
「せい!」
「ゴァッ!」
エリスが掛け声をあげて上半身を捻る。渾身の回し蹴りがトロルの首に深く突き刺さった。
そして、エリスはトロルの首を重点にして再び宙へと舞い上がる。
『フレイム・ハウル!』
回し蹴りをしながらも詠唱を終えていたエリスの前に、陣が浮かび上がる。
「ゴァァアア!」
陣から生まれた炎が、先程エリスの回し蹴りを喰らったトロルへと襲い掛かった。トロルは成す術も無く炎に焼かれ灰となった。
しかし、安心するのはまだ早い。
「ギェヒヒ!」
エリスが地面へと着地した時、それを見計らったゴブリンが、三匹ほど背後から襲い掛かったのだ。
小さな体を活かして、素早くエリスの背後をとったゴブリン達は、ここぞとばかりに飛び上がり、無防備なエリスの背中に向かって手に持ったボロボロの剣を突き出した。
「そこぉ!」
だが、それを予測していたエリスは、振り返りざまに遠心力のこもった剣の一閃を、ゴブリン達に叩き込む。
「ギィィイイ!」
横一列に並んで飛んでいたゴブリンの体が上下真っ二つに分かれた。
武器だけが地面へと落下した時には、既にゴブリンの体は灰となって消えていた。
「ベル!」
エリスが後方で目を瞑っているベルへと叫ぶ。
「もう少し待って!」
ベルは精神を統一させて魔力を溜めている。今から繰り出そうとしている大技には、それ程の時間と魔力が必要なのだ。
「一匹一匹はどうって事無いけど、さすがにこう数が多いと厄介ね」
エリスが目の前で唸っている魔物達を見据えながら言った。
知性の低い魔物と言えど、さすがにエリスのケタ違いの強さに気付いたのか、安易に突っ込もうとする者はいない。
それでも魔物の数は半分近くまで減っていた。灰になってしまった魔物の死体の代わりに、彼らが使っていた武器がゴロゴロと地面に転がっている。
「……よし、準備完了! いくよエリス!」
「待ってました!」
魔力の溜めが終わったベルが叫ぶ、それを合図にエリスが後退する。魔物たちだけが事態を理解できずに困惑していた。
「一気に決めるよ」
ベルは素早く右手を前に突き出した。そして、詠唱を口にすると同時に、手に持ったイウヴァルトの魔術書が淡い光を放ちながら、まるで風に吹かれているかのように、パラパラとそのページを捲らせていた。
勿論、風で捲れている訳ではない。この本を手にして、魔力を帯びた者が詠唱を唱えた時、そうなるようにイウヴァルとによって作られたのだ。
ベルが詠唱を始めると、魔物達の上空に大きな金色の陣が描かれていく。
『天空より舞い降りし竜よ その猛々しき咆哮 鳴り止まぬ雷として 我の前に立ちはだかりし敵に 大いなる裁きを与えよ』
魔術書が、あるページを開いたまま、その輝きを一層増していった。そのページに描かれた陣と、魔物達の上空に浮かび上がった大きな陣の形は、同じものだ。
『ドラゴニック・ロアー』
その言葉を言い放った瞬間、まるで竜の咆哮を思わせる雷鳴が響いた。
そして、幾数本もの光が魔物達に襲い掛る。その光に触れた魔物の体は、激しい電撃に身を焼かれ、瞬く間に灰となってこの世から消滅していった。
これが、数ある黒魔術の中でも、トップクラスの攻撃力を誇る黒魔術、ドラゴニック・ロアーの威力だ。
荒れ狂う電撃が辺り一面を青白く発光させる光景は、美しさと恐ろしさを兼ね備えている。
一瞬の出来事に、魔物たちは悲鳴を上げることもしない。もし、悲鳴を上げていたとしても、この轟く雷鳴に掻き消されてしまうだろう。
全ての魔物を一層するのに、十秒もかからなかった。
あれだけ居た魔物の大群は、綺麗サッパリ消え去ってしまっていた。その光景を見て、ベルは安堵して大きな溜息を吐く。
「す……凄い!」
エリスは感嘆と感動が入り混じった表情をしながら、ベルへと詰め寄った。
「ベル、あなた凄く強いじゃない! 見直したわよっ!」
「別に僕が凄いわけじゃないよ。エリスが時間を稼いでいてくれたし、この魔術書が無かったら、あんな大魔術、僕の力じゃとてもとても……」
そう言って、ベルは手に持った魔術書をエリスへと差し出した。それを見て、エリスが成る程と呟く。
「この魔術書、使用者の魔力を増幅させる効果があるのね。それに、何か不思議な力を感じるわ」
「そう。僕のお祖父さんが書き残してくれた、大事な形見さ」
そう言って、ベルは魔術書を大事そうに抱えた。その光景に、祖父と孫の繋がりを感じて微笑んでいたエリスだったが、重大な事を思い出した。
「敵を捕まえて事情を聞くのを忘れてわ」
「そう言えばそうだね。まあ、こうなったら、ギリアムさんが起きるのを待つしかないよ」
「それもそうね」
ベルとエリスが教会へと向かおうとした時、まだ何者かの気配を感じ取ったエリスが素早く身構える。
「エリス?」
「油断しないで……、まだ誰かいるわ」
「え?」
エリスは魔物達がドラゴニック・ロアーを受けて消滅した場所、それより遠くの暗闇をジッと見ている。そして、エリスは只ならぬ殺気を感じて、背筋を凍らせた。
「かなりデキるわ……、魔物の大群よりよっぽど厄介そうね」
その言葉を聞いて驚いたベルも、目を凝らしてエリスと同じ方向を見る。
そして、暗闇に赤い光が灯されるのを確認したベルは、瞬時に叫んだ。
「赤い光、炎の黒魔術の陣だ!」
「散って!」
二人が散開しようと体に力を込めたと同時に、暗闇から飛び出してきたのは意外な人物だった。