5、真夜中の戦い
ピギーが攻めてきた日の深夜。
ベルとエリスは、ファルスの焼け跡に居た。
店のドア付近に身を潜め、そこからチラチラと外の様子を伺っている。
「本当にまた来るのかな……、夕方に襲ってきた奴ら」
「来るわよ、絶対にね」
眠気覚ましのコーヒーを口にしたエリスが、自身満々に言った
「あのピギーとか言う奴の話を聞いてれば分かる事だけど……」
そう言って、エリスは空になったカップをベルに差し出す。ベルは無言でそのカップにポットのコーヒーを流しいれた。
「理由は二つ。一つ目は、あの豚が言っていた、時間が無いって言葉」
「そういえば、そんな事言っていたね」
「どうせ燃やすんだったら、夜中にこっそり忍び寄って放火した方が、誰にも邪魔されないじゃない? あいつらがそれをせずに、わざわざ夕方、それも、人が沢山集まる市場が開かれている時に襲撃してきたって事は、奴らには、本当に時間の余裕が無いって証拠よ」
「うん、確かにそうだね」
「そして理由二つ目。これだけの事をしておいてまで欲しい物を、いつまでも野放しにしておく訳がないわ。攻めてくるとしたら、今夜か……まあ、遅くても明日の夜ね」
「成る程。でも、何で奴らはこの店に火を放ったんだろう?」
「多分、探している物が、魔術や炎では消滅しない物なんでしょうね。それなら、一々部屋に入って物色するよりも、一気に店ごと燃やしてしまえば、後で焼け残った物が、お目当ての物になるもの。まったく、とんでも無い事する連中だわ」
おかわりが注がれたコーヒーを啜りながら、エリスは険しい表情をする。
「でも、奴らがそうまでして欲しがっている物って何だろう? 僕の店には珍しい物なんて無かったはずだし。そもそも、奴らは一体何者なのかな?」
「さあ、今のところは両方とも不明ね。ギリアムが事情を知っていたようだから、彼に聞ければすぐに分かるんだろうけど……」
「仕方が無いよ、あの傷じゃ……」
ベル達は教会の治療室のベッドで寝ているギリアムの顔を思い出した。
ピギー達が撤退した後、重症のギリアムの事を思い出した二人は、気を失っているギリアムを教会に運び、「事情を説明しなさい!」と叫ぶ教会の主、マリーに謝りながら教会を抜け出し、一休みする間もなくこの焼け跡に舞い戻り今に至る。
「どっちみち、今晩奴らが攻めてきたら、その中の一人を締め上げて、情報を聞き出しちゃえばいいのよ。周辺に住んでいる人達には、既に避難するよう頼んだんでしょ?」
「まあ、元々村の中でもこの一帯は人口密度が少なかったからね。避難したと言っても、十人くらいだよ」
「それを聞いて安心したわ。これで心置きなく戦える」
エリスは剣の柄を握り締めてニヤリと笑った。
「エリスがどんな戦い方をするのか知らないけど、避難した人達の家はそのままなんだから、あんまし派手な技は使わないでね?」
「大丈夫よ、ちゃんとわきまえているわ……とか何とか言ってる間に」
エリスは店の出入り口から見える外の景色を見て、真剣な表情になった。
それを見たベルも、焼け跡から奇跡的に無傷で見つかった、祖父の魔術書を握りしめる。
「……どうやら、予想が当たったようね」
暗い夜の空間。ファルスの焼け跡から遠く離れた場所に、幾つかのゆらゆらと揺れる光が見え始めた。
一つ、二つ……、時間が経つにつれて、光はその数を増していく。
「あれは……」
ベルが、それらが松明の灯りだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「かなりの大人数ね。百は超えてるんじゃない?」
「ひっ……、百だって!」
「なぁにベル、怖気づいたの?」
「だ、誰が怖がるもんか!」
ベルはムキになって否定した。
やがて、エリスとベルは、迫り来る敵を見据えながら立ち上がり、
「行くわよ」
「うん」
歩き出すエリスに続いて、ベルも歩みを進める。光の群れとベル達、両者の距離が縮まるにつれて、暗がりにあったお互いの姿が見えてくる。その間隔が三十m程になった時、両者はその歩みを止めた。
「ざっと見た感じだと、ゴブリンが五十、トロルが五十のようね」
眼前に広がる魔物の群れを前にしても、エリスは怯まなかった。厳しい眼差しで魔物達を見つめる。
「ブヒヒ、こんばんわぁ」
魔物たちの群れの先頭に立つ者、ピギーが言った。
「夜襲を仕掛けるなら、もうちょと目立たないようにした方がいいわよ」
「ご忠告どうもありがとうごぜぇやす……。まぁ実際、あっしはそんな事百も承知だったんですけどねぇ」
「何ですって?」
ピギーがふごふごと鼻を鳴らしながら、含み笑いを浮かべる。
「だって、ねぇ。どうせ待ち伏せされているのは分かってやしたし、コソコソと夜襲なんてしなくても、あっし達の勝利は確実じゃあありやせんか?」
そう言いながら、ピギーは両手を広げて見せた。ピギーの後ろに控えている魔物達が威嚇の叫び声を上げながら、地面を踏み鳴らす。
「言ってくれるじゃない」
「ブヒヒっ! 要は、その男の魔術にさえ気をつけていればいいんでさぁ」
その男とは勿論ベルの事である。ベルは右手を胸の前に掲げ、魔術書を左手に持ち、それを脇腹辺りに構えながらピギーを見据えた。
「僕は魔物と言えど、命を奪いたくはありません。何を企んでいるのか知りませんが、これ以上他人に迷惑をかけるのは止めてください。そうすれば、僕の店を燃やした事は許してあげます」
魔物相手に敬語で話しかける律儀なベル。その言葉を聞いて、ピギーは驚きのあまり、口をポカンと開けたまま、暫く呆けていたが、
「ブッ、ブヒャヒャヒゃ! ブッーーヒョッヒョッヒョッヒョッヒョッ!」
何を思ったのか、急にバカ笑いを始めた。
「何が可笑しい!」
「何がってそりゃ……、あんたのバカさ加減が可笑しいんでさぁ!」
「な……何だって?」
「何を勘違いしてるかわかりやせんが、許しを乞うのはあんた達なんですよぉ? まあ、今更謝っても許しませんがねぇ! ブヒヒヒヒ!」
ベルの表情が険しくなる。だが、ピギーの笑いは止まらない。痺れを切らしたトロルが、ピギーに向かって単語を繋げただけだけの言葉を投げかける。
「プギー オレ ハヤク ニンゲン コロス」
「そうっすねぇ、そろそろお話の時間は終わりにして、始めやしょうか……」
目をギラリとさせて睨みつけてきたピギーを見て、ベルは詠唱を唱える体制に入る。一方、エリスは、落ち着いた雰囲気で、何をする事もなく、リラックスしていた。
「両方とも、殺しちゃだめでさぁ。彼らには、もう少し役に立ってもらうんでねぇ」
ピギーの口元が怪しく緩む。
「やれぇ!」
その一言で、魔物の群れが弾かれた様に飛び出した。標的は勿論ベル達である。