2、市場でのデート
「ねぇベル! あれ何? あの鎧を着た野菜! ゴツゴツしたやつ!」
「あれはこの村原産のカボチヤーと言う野菜で、生だと皮は固いけど、しばらく煮ると、柔らかくなるんだ」
「あ、あの魚! 鱗が七色に光ってる!」
「あれもこの村の周辺にしか生息していない淡水魚で、レインボーフィッシュっていうんだ。塩を振って焼くと、とても美味しいんだよ」
結局、ベルとエリスは、肩を並べて村に繰り出していた。
あれだけギャーギャー騒いでいたベルも、今はウキウキと心を弾ませて笑顔を浮かべている。寧ろ、日頃蓄えた知識を披露できる事に、喜びを感じている。
「それにしても、この村って、沢山の人が住んでいるのね」
エリスは行き交う人々を見て、感心していた。
「ああ、これは違うよ。今日は市場が開かれる日だからね。この日だけは、村の周りにある小さな集落から、人が沢山集まってくるんだ」
月に一回、ウィンドヘルムの広場で開かれる市場は、村人とその周辺に住む人達の数少ない楽しみとなっていた。
夕方を過ぎても、人々は酒を飲んだり、出店の食べ物を頬張ったりしている。
月一の市場と言うよりも、日頃の鬱憤を晴らせる宴会、と言った方がいいのかもしれない。
しかし中にはちゃんと商売をしている人も居て、王都からの行商人が来たりもする。
こんな田舎に来て商売ができる訳がないと、バカにもできない。王都の商品を珍しがって買う人が沢山いる為、結構儲かるのだ。
「そこを行くお嬢ちゃん、俺っちは王都でその人ありと言われた薬剤師、ボブさ! この特性の秘薬を見てくれ、今ならこの可愛いリボンもつけて、なんとお値段は驚きの!」
「わぁ、あれ何だろ!」
「あれ? お嬢ちゃん? お嬢ちゃ~~ん? ヘーイ! カンバーーック!」
しかし、そんなモノ(髭面商人のボブと秘薬)には目もくれず、エリスはウィンドヘルム原産の物ばかりを見て、きゃあきゃあと楽しそうにはしゃいでいた。
旅をしていたエリスにとっては、この地でしか手に入らない物の方が珍しいのだ。
「別に僕にとっはありふれた物でも、エリスには珍しく感じるんだね」
「……そうねぇ、こんな虫なんかも見た事ないし」
「って、エリス。普通に触ってるけど大丈夫なの?」
何処で捕まえたのか、大人の握り拳程の大きさをした虫が、エリスの手の中でウゴウゴと蠢いていた。
「だって、虫でしょ?」
「まあそうだけど……、大半の女の子は、そういった虫を嫌っていると思うよ?」
「何で? ウゴウゴしててカワイイのに」
「そのウゴウゴがダメなんだと思うんだけど、エリスが好きならそれでいいよ」
エリスが見つけた昆虫は、この地方にしか生息していないランスナイトと言う虫で、固い外殻で身を守り、頭の天辺には鋭く尖ったランスのような角を持っている。
その格好良さと強さから、ここいらに住む子供達(主に男の子)のハートを鷲づかみにしている昆虫だ。
ベルはこれ幸いと、エリスに日頃蓄えた知識を、笑顔で披露しようとする。
「いいかいエリス、それはランスナイトって言う昆虫で」
「らぁーっ!」
ブシっ!
ベルの眉間に、エリスが手にしているランスナイトの角が突き刺さる。
何が起こったのか理解出来ないでいたベルは、暫くの間、笑顔のままで硬直していたが。
「ぎゃぁ~~っ! ちょっとエリス、何するんだよ、もう! 痛いじゃないか!」
「あはは!」
「あははじゃないよ!」
「楽しいね!」
「いや、僕は痛いよ」
本日のエリスは、いつもよりテンションが高めだ。
「あっ、いい匂い……何だろ?」
ベルは眉間を摩りながら、匂いの下へと駆けていくエリスを眺めた。
随分楽しそうだなと思ったベルだが、それは自分も同じだという事に気付き、頬を緩ませる。
「そう言えば。誰かと買い物をしたり、並んで歩いたりするなんて事、久しくしていなかったな」
イウヴァルトが生きていた頃は、彼と買い物をしたり、散歩に出かけたりしていたベルだが、彼が亡くなってからというもの、店の経営に神経を注ぎ過ぎていて、こうして心の底から日常を楽しむ事を忘れていた。
表向きは笑っていても、心の中に根付いた孤独感が、ベルをそうさせていたのだ。
「君も、そうだったのかい?」
ベルは、屋台の前で目を輝かせているエリスに向かって呟いた。