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第三章 1、穏やかな日常

 エリスが道具屋ファルスに居座るようになってから、三日が過ぎた。


「ねぇエリスちゃん、年はいくつ?」

「えっと、十五になったばかりです」

「あらまぁ、若いのに良い体してるわね。おばさん羨ましいわ」

「そうそうエリスちゃん、甘い物好き?」

「大好きです」

「今朝家で焼いたクッキーなんだけど、よっかたらどうぞ」

「わぁ、ありがとうございます!」


 エリスと近所の奥様方の楽しそうな歓談。だが、それを不満に思う人物が一名。


「あの……皆さん?」


 奥様方の視線がその一名に集まる。


「何度も言いますけど、ここ僕の道具屋で、しかも今営業中でなんです! この村に長く居座る旅人が珍しいのは分かりますけど、そうやって椅子まで持ち込んで、毎日毎日ワイワイ騒がれたら、こっちは商売にならないんですよ!」


 さすがのベルも連日続く奥様方の来訪に、若干ヒステリー気味になっている。


 何か買ってくれるならまだしも、やれエリスちゃんそれエリスちゃんだの話しに話しまくった後、日が傾き夕飯の支度をする時間になると、皆何食わぬ顔をして(手ぶらで)帰るのだ。


「ベル君、きっと疲れているのよ。可哀相なベル君」


『可哀相なベル君』


「もう寝ちゃいなさいな。おやすみなさい、ベル君」


『おやすみなさい、ベル君』


「一々皆で復唱しないでくださいよ! それにまだ夕方ですよ! そしてエリス! 君も何度言ったら分かるんだよ! 女の子が足を開いて椅子に座ったらダメだってば!」


「何で?」


「見えちゃうでしょ!」


「ギリギリセーフだから大丈夫」


「例えギリギリで見えなくても、女の子なんだからもっと恥じらいを持とうよ! そしてクッキーの食べかすを床に……って、もう零してるし」


 重度の目眩を感じたベルは、カウンターに突っ伏した。


 結局、エリスが来た次の日には、『ベル君が女の子を連れ込んでハッスルしてる』と言う根も葉もない噂が、暇を持て余した奥様方によって、村中に広められていた。



 それからというもの。

「ベル坊の女ってのはどんなんだ? おっ! この娘か!」

「ベル、お前も男だったんだな。俺はてっきり……」

「ベル! この色男! 俺はやれば出来る奴だと思ってたよ。てな訳で金貸してくりぃ」

「ベル兄、なんか知んないけどおめでとー」


 とか何とか、勝手な事を言う村人が押し寄せて大変だったのだ。いや、過去形にするのはまだ早い。その噂は未だにベルを苦しめている。


 だが、噂は自然消滅を待つとして、今は、奥様方の溜まり場となってしまったファルスの現状から変えていかなければ! そう心に固く決意したベルは顔を上げる。


「いいですか皆さん、そもそもこのお店は僕の偉大なお祖父さん、イウヴァル」


「いいじゃないのベル君。どうせお客さんなんてこないんでしょ?」


「ぐはっ!」


 奥様のナイフのような言葉が、ベルの心を切り裂く。計り知れない程の精神的ダメージを受けたベルは、またまたカウンターに突っ伏してしまう。


「でも、エリスちゃんが来てから、ベル君変わったわよね」


「……そうでもないです」


 ベルは顔を上げずに、そのままの状態で答えた。


「そんな事ないわよ、なんて言うか……こう、表情が豊かになったみたいな?」


「そうそう。前のベル君はいつもポケーッとした、只の勉強オタクだったからね」


「なんか暗いイメージあったわよね! でも今はこうして元気に叫んだりしてるから、とってもグッドよ」


「もういいです、僕の事は放っといて下さい」


 心に大きなダメージを負ったベルは、反論する気も起きなかった。ベルの決意が脆くも崩れ去った瞬間である。


「あらいけない、そろそろ夕飯の支度をしなくちゃ!」


「あらいけない、私もよ」


 日が傾きはじめ、辺りがほんのり夕焼け色になった頃、奥様方がやっと思い腰を持ち上げ始めた。奥様方は口を揃えて、


『じゃあね、エリスちゃん』


「さようなら」


 奥様方の一斉の挨拶に、エリスは笑顔で答える。


『ベル君、辛くても負けちゃだめよ』


「それをあなた達が言いますか!」


 言うだけ言って去っていく奥様方を見送った後、店内は一気に静まり返った。


「まったくもう、皆して、毎日騒がなくてもいいじゃないか……」


 基本的に皆いい人なのだが、限度をしらない。突っ走り気味の村人のパワーに当てられたベルは疲れきっていた。


「エリス、こう毎日五月蝿いと、嫌にならない?」


「そんな事ないわよ、あたし、賑やかな事は好きよ」


 エリスはクッキーを頬張りながら笑ってみせた。


 エリスはウィンドヘルムに来てからというもの、聖剣を奪われてしまった事を抜きにすれば、ご機嫌だった。


「この村は素敵よ。空気は美味しいし、村の人達は親切だし」


「そう? 今時の若い子達は、この村には刺激が足りないって言うもんだよ」


「ううん。あたし、ここが大好き」


 エリスは椅子の上で膝を抱えて笑う。


「ここでお祖母ちゃんやイウヴァルトさん、そしてベルと暮らせてたら……、あたしももうちょっと違う女の子になれてたのかな……」


「エリス……」


 その笑顔が哀愁を帯びていたので、ベルはパンツが丸見えだと言う事を言えずにいた。

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