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6、月夜の対峙


 ウィンドヘルムの村にエリス達の声が響き渡った日の夜。


 エリスとギリアムが一線交えた場所の近く、周りを木々に囲まれた開けた場所に、ギリアムは居た。


「はぁ……、はぁ……」


 ギリアムは、五メートルはある天然の巨石に背中をあずけて、肩で大きく息をしている。


 彼の右肩には血が滲んでいて、その下にある肉は大きく裂けていた。


「ぐっ……、クソッタレぇ……」


 止血効果のある薬草を応急処置として傷口に当てているが、血は止まっても傷は塞がらない。継続的に襲ってくる傷の痛みに、ギリアムは顔を歪めた。



「鬼ごっこは終わりだ」



「……もう追いつきやがったか」


 ギリアムがそう吐き捨てる。それを観念したかと捉えて、ギリアムの背後にある巨石の上から、一人の男が、漆黒のマントをなびかせながらギリアムの前に降り立った。


 男は、全身下上から下まで黒一色で統一した変わった服装をしている。長身で整った顔立ちと、サラサラな黒のショートヘアは、女性と見間違えてしまうほど美しい。


 だがその顔は、不気味なくらいに無表情で、底知れぬ冷たさを感じる。


「出せ」

「さぁて、一体何の事やら」


 男は無表情のまま自らの剣を抜き、その切っ先をギリアムへと向けた。


 剥き出しにされた細身で美しい銀色の刃がギリアムの目の前に迫る。


「時間が惜しい、答えなければ殺す」


「おいおい待てよ……そりゃ違うだろ。答えても殺すんだろ? えぇ?」


 男の紅い目がジッとギリアムを見つめる。


「やっぱりな……、最初からこう言う事だったってのか……」


「それは違う。貴様が組織を裏切った、だから抹殺命令が下った」


「ほざけ。真相を知った今、誰がお前らなんかに手を貸すかってんだ!」


 ギリアムは羽織っていた紅いフード付きマントを脱ぎ、それを地面に叩きつけて、足で踏みつけた。


「元々、俺は報奨金だけが目当てでお前らの仲間になったんだ!」


「……愚かな」


「愚かなのはお前らだ! 自分達が何をしようとしているのか、分かっているのか!」


「分かっている。だからこそ、伝説の聖剣の一つ、炎剣ヴォルテクスが必要なんだ。あれさへあれば、願を叶えた後で、魔族を滅ぼす事ができる」


「魔族なんかに、人間が勝てる訳がねえ!」


「俺ならできる。いや、俺と聖剣の力があれば、容易い事だ」


「狂ってるぜ……。お前も、お前の仲間も、皆狂ってやがる! どうかしてるぜまったくよぉ!」


「何とでも言え。俺は俺の願いを叶える為なら、どんな事でもするつもりだ」


「……ったく、無口なお前が珍しく喋ったかと思ったら。そんな下らない事を考え」


 それまで無表情だった男の顔が、初めて憤怒の色を帯びる。


 そして、ギリアムが言葉を言い切る前に、彼の右肩に男の剣が突き立てられた。


 肉を貫いたそれは、後ろにある巨石にも、その切っ先が突き刺さっている。


「ぐっ……、ああああ!」


 月光を浴びて銀色に光るその刀身に、ギリアムの血が伝う。想像を絶する痛みに、ギリアムは目を見開いて叫んだ。


「お前に……、お前に俺の何が分かる!」


 男の怒りは鎮まらない。鬱憤を晴らすかのように。握り締めた剣へと力を入れる。


「ぐああああああ!」


 ギリアムの傷口から飛沫をあげた血が、男の顔に飛び散る。いくらか落ち着きを取り戻した男が、再びギリアムに問う。


「もう一度だけ聞く、出せ」


「……無い。俺は、持っていない……へへ、残念だったな」


 男は無表情を崩さずに、突き立てた剣に力を入れた。


「うぉっ、あああああああ!」


「ならば、隠し場所を言え。お前が一匹狼だという事は知っている。人に預けたとは思えない」


「……み」


「なんだ?」


「耳を……貸せよ。お前だけにしか、教えたくないからよ……」


 男は警戒をしつつも、ギリアムの口へと耳を近づける。それを確認したギリアムは、大きく深呼吸をした後。



「く・た・ば・れ」



「……成る程」


 ギリアムから顔を離した男は、剣を一気に引き抜いた。


 ギリアムの体が大きくゆれ、横に倒れようとする。だが、男はそれを許さなかった。


「……お前がな」


 剣を振りかぶり、素早く振り下ろす。その一連の動作は見惚れてしまう程流麗で、無駄な動きがまったく感じられない。洗練された一流の剣術だ。


 ギリアムはグッと踏みとどまり、不意に空を見上げた。雲ひとつ無い夜空に綺麗な半月が浮かんでいた。ギリアムはその美しさを前にして、思わず微笑んだ。そして。


「月が、綺麗だぜ……」


 右肩から左の腰にかけて大きく切り裂かれた体から、夥しい量の血を噴出した後、ギリアムの体はゆっくりと前のめりに倒れ込んだ。

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