表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/49

5、新しい生活


「う、うわぁぁあああ! たたた、助けてお祖母ちゃぁぁあああん!」


 エリスは、眼下に広がる崖を見て本能的に叫んでしまった。


 夜の闇の所為で底が見えないが、少なくとも三十m以上はあるだろう。


 崖下から川の流れる音が聞こえてくるが、落ちて助かる保障は無い。


 そう考えると、エリスは久しぶりに血の気がサッと引くのを感じた。


 エリスがこれほどまでに血の気が引いたのは、剣術の師匠でもある祖母の必殺剣が、エリスの喉先を掠めた時依頼の事だった。


 エリスはグッと目を閉じて、全身骨折、最悪の場合で死を考えた。


 だが、ちょっと待てよと思いとどまり、そして考える。両手に握り締めているのはナップザックの紐のみ、何故自分のの体は宙にぶら下がっているのだろう。


「助けてお祖母ちゃん……か、やっぱりまだまだガキだな」


 上を見ると、ギリアムがナップザックの先端、荷物が入っている部分をしっかりと両手で掴んでいた。


「ギリアム……、あ」


 ありがとう、エリスはそう言いたかった。しかし、無情なナップザックの紐は、エリスの体重を支える事に耐えられず、プチっと切れてしまい、



「らっーーー~~~~~~……!」



 奇妙な叫び声をあげながら、エリスの体が崖の暗闇に飲み込まれていく。やがて、大きな水着音が山に響き渡った。


 一人取り残されたギリアムは、ギャグともとれるエリスの幕引きに、暫くの間呆けてしまっていた。が、やがて自分のやるべき事を思い出して立ち上がる。


 崖に消えていったエリスには悪いが、目の前に獲物を置いていかれて、ギリアムはそれを黙って見過ごすわけにはいかなかった。


「悪いが、これは頂いていくぜ」


 ギリアムはナップザックの中から目当てのもを取り出し、それを懐へと仕舞い込む。そして、未だに痛みが重くのしかかる腹を押さえながら、夜の闇へと消えていった。







「これが、あたしが川で溺れていた理由よ」


 エリスは、昨日の酒場から崖に落ちるまでの経緯をベルに話した。


「そっか……、色々大変だったんだね」


 神妙な面持ちでベルは呟く。


 だがしかし、ここでエリスが語った事と、実際に起きた事では相違点がある。それは回想を少し巻き戻って、茂みからギリアムが出てきた所から始まる。


 茂みから出てきたのは何と数十人の盗賊達。自分の体と聖剣目当てに襲ってきた盗賊をバッタバッタと切り捨てたエリスだったが、盗賊達の汚い罠に陥り、崖へと転落した、そうエリスは説明した。


 拾い食いをして毒に当たり、敵に情けをかけられたなんて、恥かしくてエリスには言えなかったのだ。


「でも、聖剣を奪われちゃったんでしょ? これからどうするの?」

「もちろん、聖剣を探すわよ」

「手がかりは?」

「……」

「無いんだね」


 表情を曇らせたエリスが力なく頷く。


「ま、まあ。僕の家は道具屋だからさ、立ち寄ったお客さんや行商の人から珍しい物の話を聞けたりするから……その、あんまり落ち込まないでよ」


「うん……、ありがと」


 とは言っても、エリスがへこんでいるのは明らかだった。


「おかわりいる?」

「……いる」


 ベルはションボリしたエリスの前に、おかわりをよそった皿を差し出した。しかし、スプーンをもってシチューを食べるエリスの姿には豪快さが無い。


「なんだったらこれ、全部食べていいよ」

「……ありがと」

「やっぱり、ショックだよね。大事な聖剣だったんだもんね」

「盗賊に、しかもあたしの未熟さ故に炎剣ヴォルテクスが奪われたとお祖母ちゃんが知ったら……。あ、……あぁ!」


 エリスの体が小刻みに震える。


「ちょ、ちょっと、エリス? 大丈夫?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」


 トラウマになる程の、祖母の愛の鞭と称した折檻を思い出して、エリスは俯き、体を震わせていた。


「エリス! ちょっと、大丈夫?」

「お祖母ちゃんごめんなさぁぁああい! もうしないから許してぇぇえええ! あたしをここから出してぇぇぇえええ! 怖いよぉぉおお! ああああああん!」


「エリス! 落ち着いてっ! ちょ、せっかく誰にもバレずに、君をここまで運んだのに、これじゃあ近所の奥様方にバレちゃうよぉ! お願いだから静かにして!」


「痛いよぉ! やめてぇえええええ! いやぁぁああああ!」


「うっぁああああ! エリスってばぁ! 人の話を聞いてよぉ!」


 泣き叫ぶエリスに戸惑うベル。今夜の道具屋ファルスはとても慌しい。


 そんな騒がしいファルスの様子をいち早く察知した近所の奥様方は、『オホホ、ちょっと井戸へ水汲みに』と言う口実の下、ファルス付近に設置された井戸の側で、空っぽの桶を持って井戸端会議をしていた。


「ベル君が叫んでるエリスって名前、どう聞いても女の子のよね? ねぇ、奥様?」


「そうですわね、奥様。因みに、聞こえてくる泣き声の元が、そのエリスちゃんだと思いますわよ、ねぇ奥様?」


「痛いよ、やめてぇ~……ですってよ、随分と激しい事をしているのね、ねぇ奥様?」


「あら嫌ですわ、奥様! 何を想像なさってるの! やわしいですわねっ!」


「あらやだあたくしったら、オホホホホ」


『オホホホホホ!』


『やめてぇぇえええええ! もうこれ以上はやめてぇぇえええ~~~!』


『エリスぅ! 頼むから静かにしてぇぇ~~~!』


 静かな静かな田舎村。色んな声が木霊する。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ