猶予まであと15センチ
おやおやおや、どういう状況なのだろうね。
猶予はあと15センチだよ。お子様向けの定規一本分の長さしかないよ。
ああでも自分は三角定規派だからもうちょっと余裕があるのか?
そんなこと考えている場面ではないよ。
何だいこのシチュエーションは。
自分の低い鼻の前には今にも迫ってくる顔があるのだよ。
その顔は整った眉毛に長いまつげ、少したれ目がかわいいと皆さまから評判らしい御尊顔があるのだよ。
ああその高い鼻梁は私に対する当てつけかな?
だからこんなに鼻と鼻を近づけてくるのだね。きっとそうに違いない。失敬だね。
ああしまったもう猶予は10センチかな?
自分は近眼なのだよ。そしてメガネは今修理中なのだよ。
20センチ遠くのものは色がわかるくらいなのさ。
だからあの子のことは声と髪の色で区別がつくくくらいなのさ。
お願いだよ口を開いておくれ、じゃなきゃ本当に目の前のこの子があの子なのか自信が持てないじゃあないか。
ああでも今耳のあたりに落ちてきたこげ茶色の髪の毛はあの子の色に、肌触りに近い気がするよ。
ああまずいよまただよもう残り5センチになっていたみたいだよ。
これは突き飛ばすべきなのかな、でもこの子の後ろは本棚なんだ。
自分は自慢じゃないが力が強いのだよ、あの子にも腕相撲で七勝一敗一引き分けなくらいさ。いつか笑ってあの子に背中をたたきつつ挨拶したら、咳き込んでしまったのだよ。あの子は確か涙目だった。
それに今はなんだかうまく手加減できる気がしないよ。あの子が本棚に倒れこだらきっと痛いよ、また泣きそうになるかもしれない。また自分は委員長から鬼畜な先輩といわれるかもしれないじゃないか。
おや、なんだか鼻をすする音がするのだよ。
それにそこはさっきまで自分が整理していた棚じゃあないか、大変だったのだよ、囲碁や将棋なんて皆興味がないからね、ずっと放置されてたのさ。分類もばらばらだったから、囲碁部の部長にわざわざ来てもらって並べていたのさ。彼も貴重な本があることに喜んで、二人で四苦八苦してたのさ。先ほど終ったと期には思わず手を握り合ってお互いの努力をたたえたものだよ。
そんな二人の努力の結晶を無にできるだろうかいやできないよ、だから突き飛ばすのはなしなのだよ。
気のせいかな、なんだか握られている手に水滴が落ちてきてる気がするよ。
ああまたじゃないか、ついつい考え込んでしまったよ。それに口にも出ていたかもしれないね、妹は私の独り言の癖を気にしていたから。直す気はあるのだけど無意識だよあきらめるのが一番さ。
おや、いつの間にかこの子の顔が離れているよ、顔は相変わらず整っているのに、そんなに泣いてちゃかわいい顔が台無しになるんじゃないか。
おお、口に出ていたみたいだ、もっと泣き出してしまった、でも君の涙目はかわいいぞ、自信を持てよ少年。
む?その涙目で確信したのだよ。この子はやはりあの子であるのだよ、涙をこらえようとして失敗しつつ私を見下ろすその様子はあの時にそっくりだからな。
さあさあこのティッシュで涙を拭きたまえ、泣いた顔も可愛いが君は笑うときっともっとかわいいからな。
泣いた理由は聞かないさ、男の子だものな、いろいろあるんだろう?
泣きやんだら一緒にお菓子を食べようか、委員長が今日食べるようにとくれたものがあるんだ。
激辛らしいぞ、君もとても好きだから一緒に食べなさい、とのことだ。
うれしいぞ、なかなか同好の士に会えなくてな。
うん?また泣きそうだな。どうしたのだ少年よ。