吾輩はタンクである。デスはまだ無い。
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「瞬間移動!」
吾輩は空間を固定する術式を強引に捻じ曲げ、アルスの目前へと跳躍した。黒炎の着弾まであとわずか。吾輩は大盾を構え、全身の筋肉を硬化させるスキル「鉄壁」を発動。直後、黒炎が盾に激突した。
視界が真っ黒に染まり、盾を通じて骨が砕けるような衝撃が伝わる。吾輩のHPバーが恐ろしい速度で減っていく。6割、4割、2割……。タンクがここまで削られるという事実が、この戦況の苛烈さを物語っていた。
「お、おい! タンク、大丈夫か!」
「黙って……見ていたまえ。
吾輩が計算を間違えたことが……1度でもあったかね……」
吾輩は奥歯を噛みしめ、耐えた。ただ耐えるのではない。敵の魔法攻撃を盾の表面で分散させ、受けるダメージを軽減したのだ。
魔法の余波が収まった時、吾輩のHPはすでに残り1割を切っていた。文字通りの瀕死である。だが、死霊術師は最大の火力を使い果たし、再発動までのクールダウンが生まれている。
「アルス殿、今だ!吾輩が命を削って作ったチャンスを無駄にするな!」
「君が今ここで撃たねば、吾輩の献身はただの無駄死ではないか。
そうなれば、死後の世界で君を末代まで呪ってやるのである!」
吾輩は最後の魔力を振り絞り、奥義「守護者の咆哮」を放った。周囲の敵を強制的にスタンさせ、味方の攻撃力を底上げする。アルスは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、すぐに剣を握り直し、死霊術師に向かって猛然と突き進んだ。
吾輩が作った決定的な隙を、アルスが食い破る。死霊術師の首が飛び、主を失ったスケルトンたちがガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。峡谷に、勝利の鬨の声が上がった。
戦いが終わった後の夕闇は、驚くほど静かであった。吾輩はボロボロになった盾を地面に突き立て、荒い息を整えていた。鎧は焼け焦げ、全身に打撲の痛みが走る。しかし、不思議と気分は悪くない。デス数は、依然として0のままである。
「お前、あんな真似ができるなら、最初から言えよ。ヒヤヒヤしたぜ」
アルスが、どこかバツの悪そうな顔で近づいてくる。彼は吾輩の減りきったHPバーを盗み見て、初めて自分の命が何によって支えられていたかを、その鈍い脳細胞で理解したようだった。
「勘違いされては困る。吾輩が守ったのは君の命ではない――戦線だ。
君の火力は、この戦場で最も価値が高い。だから落とさせなかったに過ぎない」
「もっとも、あの突進の稚拙さは計算外であったがね。
次は全体の戦況を見て行動したまえ」
「あー、わかったわかった。理屈はいいよ。
とにかく勝ったんだ、それでいいだろ」
アルスは投げやりな言葉を残し、手柄を自慢するために他の兵士たちの元へ去っていった。吾輩はその背中を見つめながら、静かに悟った。この男とは、これ以上の「最適解」を共有することは不可能であると。
吾輩は独り、煤けた盾を布で拭き始める。 結局、今回の戦いでも、吾輩のデス数は「0」のままであった。だが、盾の耐久値は限界に近い。次の戦場までに、腕の良い職人を捕まえて盾を直さねばなるまい。
「……素晴らしい、完璧な戦況管理だったな」
ふいに、背後から聞き慣れない、しかし極めて理性的で透き通った声がした。振り返ると、そこには豪奢なマントを羽織った一人の女性が立っていた。その瞳は、戦場のすべてを見通す軍師のような、鋭く、しかし迷いのない光を湛えている。
「視界の確保、敵スキルの誘発、そして土壇場で瞬間移動によるカバー。
君のようなタンクは、この大陸でも5人といない。」
「どうだ、あんな三流アタッカーに尽くすのは止めて、私の下へ来ないか?
君の価値を、今の10倍の報酬と地位で示そう。」
吾輩は一瞬、彼女が持っている杖の紋章を見た。王宮直属の特殊遊撃隊。いわゆる、世界ランク上位の精鋭たちが集う、選ばれし者の集団である。吾輩は、少し口角を上げた。
「吾輩はタンクである。勝てる戦いしか選ばぬ、などという甘えはない。
ただ――無策で勝率を捨てるのはもってのほかである」
「君の望みが皆を守る盾なら、条件を示してほしい。編成、指揮、退路、支援。
吾輩が腹を括るに足る戦いか、こちらで判断するのである」
タンクとは、孤独な職種である。しかし、その価値を正しく理解する者が一人いれば、戦場の方程式は完成する。吾輩は盾を背負い、新たな戦場へと歩き出した。
吾輩はタンクである。デスはまだ無い。




