ずっと気まずかった妹の理解をついに得たので俺の政治的主張を通し抜いた話
俺は幼い頃から唯一にして大切な家族である妹とふたり暮らしだ。
それで十分すぎるほど幸せだと思うべきなのだろう。妹はありえない程の美貌の上にあらゆる事に秀でている。返済不要の奨学金を勝ち取り超名門女学院に入学すると、ずっと首席のまま女子大生になる頃にはWebビジネスを成功させて生活上の苦労もなくなった。彼女は学業もビジネスも家事も引きニートの俺の身の回りの世話も全てそつなくこなす。兄の贔屓目抜きに、本当に良い女だ。引きこもりがちで学業も可能な限りリモートですませている(圧倒的な優秀さ故に特例として認められている)所だけは俺と似てしまっているが。
そんな女に家族として世話を焼かれて毎日ほぼ一日中一緒に暮らしていて、何の不満もない……なかった、昔は。
幼い頃から俺達は本当に「仲睦まじく」互いを支え合った。誰にも間違っているとは言わせない。そうして支え合う事で、あからさまなものから善意を装ったものまで、このゴミカスな世の中から逃れお互いを守り合っていたのだから。
優秀な妹のおかげで俺達にはもう何不自由ない生活は約束されている。だが俺は幼い頃の経験から政治に傾倒した。それが妹には理解できないようだった。妹はなまじ優秀であるため、政治には何の期待も興味もない。別にそれでいい。兄妹で意見が違うなんて普通の事だ。だがお互いを深く、本当に深く想い合っていたからこそ……今でも本当はそうだと信じたいが……意見の違いをスルーできず、気まずい空気は年々濃度を増していった。
それでもあらゆる世話を焼いてくれる妹に感謝こそすれ不満など抱く資格もないと世間は言うだろう。俺も頭ではそう思うしその点は本当に頭が上がらない。だが政治への情熱を捨てる事は出来なかった。どうしても思ってしまう。何か一つ違ったら。特に、俺はどうしようもない奴だったのだから。妹もこんなに優秀ではなかったら一体どうなっていた?或いは優秀さ故に、出る杭は打たれるという事もあるのでは?その危険は今も全くないとは言えないのでは?
俺達だけの事ではない。世の中を見ればあまりに理不尽な事ばかりだ。それも、物質的には豊かなはずのこの国で。紛争続きの貧困国の不幸なら仕方ないと言いたいわけじゃないが、本来簡単に解決できるはずの問題が下らない宗教染みた観念が世の中に満ちているという、本当に只それだけの理由で年々深刻化し、いよいよ簡単に解決できるという前提すらも崩そうとし始めている……そしてその原因を、誰もが相変わらずずれた何かのせいにして、自分達のせいだとは露ほども思わない……。そういう狂った観念を持つ連中、つまりこの国のほぼ全員だが、それらだけが勝手にくたばるなら好きにすればいい。だが巻き込まれる方はたまったもんじゃない。
そして何より、その狂った観念が、大切な家族、俺にとって唯一の大切な妹にも影響を与えている事……やはり堪えられない。カルト宗教が原因で事件を起こした犯人に勝手なシンパシー、いや、深い敬意すら抱いてしまう程、俺にはあの事件を他人事とは思えなかった。
当然そんな俺を妹の方から見れば、唯一の家族がどうしてこんな風に、と思うのだろう。昔はあんなに「仲睦まじかった」のに、とまで思ってくれているかは分からないが。
ある日俺は煩悶し懊悩し知恵熱を出した。妹は日頃の気まずさにも関わらず、大学もビジネスも全て放り出して心底心配し、甲斐甲斐しく看病してくれた。お互いが昔の、いや、今も、想い合っている事を何度も確かめ合った。全てが氷解して「仲睦まじい」ふたりに戻ったようだった。
俺のような人々、つまり狂った観念に飲み込まれていないのにこの世の中に悩み苦しめられている人々には申し訳ないけれども、やはり政治的な事で悩むなんてやめてしまって、このあまりに美しく愛おしい妹とただふたり、世の中から、何もかもから逃れてただふたりで過ごしていければいい、そんな風にさえ思いかけた。
だが、俺の体調がほぼ戻って安心したせいか、久しぶりに弾む会話の中で妹が、政治的な事なんて考えるのをやめて……といった事を口にした。妹は優秀だ。すぐに余計な所まで踏み込んだと気付き口を噤んだ。もう遅かった。妹と違いろくでなしの俺は、抑えられなかった。自分でもそう思いかけた事ではある。だからこそ腹が立った。そんな簡単な事じゃないんだ。そんな簡単に見逃せる事じゃないんだよ。そもそもどうしてお前は平気なんだ。俺よりずっと優秀なはずのお前になんでこれが、この世の中の理不尽が見えないんだ。見えても平然としていられるんだ。これに俺達が殺されなかったのはただの偶然だと何故わからないんだ。これに殺される人たちがいる事がどれ程狂っているか何故わからないんだ……。
俺は酷い事を……あまりに酷い事を妹にしてしまった。そして、それを深く後悔をした、と言えれば良かったが……。俺はすっきりと晴れた気分だった。久しくない程に清々しい気分だった。もっと言えば、最高の気分だった。
だがそんな気分で高揚していても分かる。こんな事をした以上、もう妹に世話になるわけにはいかない。屑の極みでもそれ位は弁えている。
だからさっさと部屋を出ていこうとして
「待って!お願い、まって、おにいちゃっ!」
幼い頃の呼び方で懸命に叫ぶ声に呼び止められた。それから長い長い話をした。「仲睦まじく」しながら、ゆっくりと、たっぷりと、話し合いをした。
妹が言うには、俺に酷い事をされながら嫌な気分は少しもなかったという。むしろそうされる程、今まで聞かされてきた事、いわゆる俺の政治的主張は全て正しいと思うようになった、らしい。
明らかに異常だ。妹が俺を本当に大切に想ってくれているから、あんな事をしてもなお家族として受け容れてくれる……という所まではまあ、俺にとって都合の良すぎる解釈だがぎりぎりあり得るとしよう。でも政治に全く、本当に全く興味のなかった妹が、急に俺の言ってきた事は全て正しい、というのは……。
鈍い頭を無理やり回転させて、妹は俺を宥めようとしているのか、と考えた。悲しい見解だがそれが一番妥当なように思えた。そして俺はそれをありがたく思うべきなのだろうとも。
しかし、数日が過ぎてどうも違うようだ、本当に妹は「俺の政治的主張は全て正しい」と固く信じるようになったとしか思われない……と見えてきた。妹の言動、女学院でもビジネスでも優秀故に決して俺のように剥き出しの主張ではなく、さりげなく、ふんわりと、なおかつ彼女の持つ魅力でそれを飲み込ませずにはおかないような巧みさで「俺の政治的主張」を広め始めた。
異常だ。俺はやはり酷い事を妹にしてしまったのだ。そう思いつつも……。
「おにいちゃはやっぱりずっとずっと変わってなかった。変わってたのは私の方、馬鹿だったのは私の方。本当に、本当にごめんなさい。おにいちゃの言ってる事全部正しかったのに……。私達の経験からこういう事を考え始めたんだよね?私は、自分とおにいちゃの事しか考えられてなかったのに、おにいちゃは凄いよ。優しすぎるよ。大好き、大好き、本当に、大好きだよ。私に言う資格はないかもしれないけど……もうひとりじゃないからね。ひとりで抱え込まないで。私なら、何でもするから。どんな事でも、おにいちゃのために私を使って。お願い、生まれる前からずっと、そのためだけの私なの……おにいちゃ……」
俺は屑だ。そんな事分かり切っていたはずだった。まるでわかっちゃいなかった。俺は俺が思っていたよりも何億倍も屑だった。
従順になった妹の「望み」を俺は存分に叶えた。そして、俺の「能力」についても検証を進めた。気弱で目が隠れる程前髪を伸ばした黒髪ロングの女子大生といったリスクの低い相手から始め、じっくりとたっぷりと「検証」を進めた。
そして俺は「検証」から「実験」更に「実践」へと進んでいった。妹や女子大生達がそんな俺を側で支えてくれた。
権力を掌握し、俺の思い通りの政策を実現した。それはやはり機能した。いとも容易くこの国の問題の大部分が解決された。狂った観念は消え去り、物質的豊かさや科学技術の水準からすれば当たり前の幸福を、誰もが当たり前に享受できる世の中は、俺がずっと思っていた通りに、いや、それ以上に容易く実現した。
かつての俺ならこれで満足しただろう。或いは、なんでこんな簡単な事を誰も今までやらなかったのかとやり場のない怒りで苦しんだ可能性もある。
だが今はどうでもよかった。
絶対的な権力を掌握した俺はまず妹との結婚を可能にした。誰も反対しなかった。俺だけ重婚も可能にした。誰も反対しなかった。クローン技術を解禁した。誰も反対しなかった……。
そして俺はこの世界を滅ぼし、俺の望む正しい、幸せな世界を生み出した。大切な妹、大切な嫁達と共に、永遠に幸せに生きていこうと思う。




