第2部 プラチナ帝国公爵領編 第1話
「キャロット・アプリコット公爵令嬢、おまえとの婚約を破棄させてもらう!!!」
中央平原の3強の一角、魔法国家プラチナ帝国皇太子ナスタチウム・プラチアーナのあまりにも定番な婚約破棄の宣言が皇太子宮のパーティー会場に響き渡った。
その日は皇太子の婚約披露のパーティーだったのだ。ところが開始早々、皇太子自らぶち壊してしまったのだ。
周りの貴族は唖然とする者、真っ青になる者、中にはニヤニヤと声に出さず笑っている者までいた。
皇太子の横には、可憐で男性の庇護欲を掻き立てられる容姿をした令嬢が皇太子に抱き着いており、ウルウルとした表情で目線を皇太子と公爵令嬢の間をいったりきたりさせていた。
当の本人、キャロット嬢は努めて平静を装い澄ました顔をしている。
その様子を見た皇太子のほうが徐々に苛立たしげな顔になっていった。
「その!それ!その冷徹な目つき!」
「権力をかさにきて可憐で気弱なナーシャを虐めていたんだろう。目を見ればわかる!!!」
一方的にまくしたて、皇太子はキャロット嬢を責めに責めた。
「殿下・・・婚約破棄の話、謹んでお受けいたします。ですが、わたくしはだれも虐めておりませんし、実家の名前を持ち出し権力を笠に相手を虐げたこともございません」
「とは言っても、どうやら私はこの場にいないほうが良いようですね。殿下。その方とどうかお幸せに」
毅然とした口調でキャロット嬢は皇太子に語りかけ、見事なカーテシー(貴族女性がするお辞儀の作法)をしながら、
「では皆さま、わたくしは用が済みましたのでこれにて失礼をいたします。皆さまはこのあともパーティーを引き続きお楽しみくださいませ」
と言って皇太子宮をあとにした。
このあと、プラチナ帝国皇帝は皇太子の所業を聞いて怒り狂い、皇族籍を剥奪したうえで平民に落とし、傍らにいたナーシャという令嬢にもそれはそれは厳しい処罰をくだしたという。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・・・・・ということが帝都で数ヶ月前にありましてな」
公爵に仕える執事が遠くを見るような目をしながら、帝都で起きた皇太子の婚約破棄騒動を語ってくれました。
僕は、いま、プラチナ帝国の六大公爵の一人アプリコット公爵の公爵領の領都にいる。
その領都にある公爵家の屋敷で家臣に取り立ててもらうためにその執事から面接を受けているところなのだ。
今までの職歴や特技をさかんにアピールしてようやくここに採用してもらえるかもという雰囲気が出た時に、あんな話をされた。
どんな顔をすればいいか分からない。どう答えるのが正解かも分からない。
さすがにこんなことはエクレアやシェラと事前にした面接対策には無かった。
しかも破棄された令嬢ってアプリコット公爵の名前がついていませんでしたか?
公爵家にとっても醜聞な話をなぜこんな場で??と考えていると、
「あなたには、キャロットお嬢様のお側付きをお願いしたい」
と執事が目をそばめながら採用したことを伝えてくれた。
・・・・・・・えーーーと。
採用されたのはいいけどどうやらすごく訳ありの公爵令嬢のお側につけられたのは厄介だな。
「もちろん君一人ではなく専属のメイドや護衛の騎士もいる。お側付きはそれ以外のお嬢様のためになることなら何でもする立場だと考えてくれ」
ようするにキャロットお嬢様の何でも屋か。
何でもって言われても僕にそんなことができるだろうか?
疑問におもったが、難しいことはあとでエクレアたちに聞けば大概なんとかなるので、それよりも先に僕は大事なことを聞いた。
「あのー。一つだけ許可が欲しいのです。僕にも従者をつけることを許してほしいのですが、よろしいでしょうか」
「・・・・それは構いません」
よしよしこれで僕のメイドたちを従者としてつけることが許されたぞ。
こうして僕はアプリコット公爵家に仕えることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕はいま公爵家の屋敷の庭にいる。公爵家らしくとても広い。
木々が繁っており小川も流れており、とても心が安らぐ風景だ。
こんな屋敷で仕えることができるなんて僕は本当に幸せだなぁ。
喜びを噛み締めていると、お仕えしているキャロットお嬢様が声をかけてきた。
「この場所は落ち着くわ。フゥ。・・・ねぇね。あとでいつものアレお願いしていい?」
と気軽に声をかけてきた。そんなお嬢様に僕は
「その前にお嬢様。喉がお渇きでありませんか。いま、マナ様にお茶を用意してもらっていますので喉を潤して下さい」
と返す。
マナ様とは、お嬢様専属の侍女のことだ。年齢はお嬢様より少し上で10年以上専属侍女をしているそうだ。
「きゃあ嬉しい。そういえば喉が少し乾いていたの。相変わらず気が利くわね」
と片目でウインクされてしまった。
僕はにこやかな笑顔で返す。
が僕の気が利くのではなく従者としてついて来てくれているイオニアが気が利くのだ。
先ほどの喉が乾くという気遣いもイオニアに耳打ちされてのことだ。
もぅホント助かる。
ほぼイオニアの言う通りにするだけでお嬢様からの評価も侍女のマナ様からの評価も護衛騎士のカナイ様からの評価も爆上がりだ。
おかげで僕はデキる奴と思われている。
ありがとうイオニア。
ちなみにイオニアは従者として僕についてくるにあたりシェラ同様、認識阻害魔法をかけ、存在感をうんと減らし、さらに深い茶色のフードを全身にかぶって景色に紛れるぐらいにまでして僕を助けてくれている。
おかげでイオニアが僕にこっそり耳打ちをしても周りは誰も気づかないという訳だ。
そして、お嬢様のいうアレとは、魔力制御の修行のことだ。
お嬢様は大変な量の魔力の持ち主だが扱いきれず小さい頃から暴走を起こしかねない不安定な状態が続いており、それが原因で引きこもりがちだったのだ。
僕が採用されたのも少しでも気晴らしになればという考えがあったのかもしれない。
そんな僕がある時、お嬢様に魔力制御の修行を提案したのだ。
すると、性にあったらしくたちまち魔力制御ができるようになり、修行をやればやるほど魔力の暴走はなくなり安定するようになっていった。
お嬢様の持つ魔力属性は、火、風、光と3属性も扱える。
魔法使いの素質としては上々といっていいだろう。そして魔力量も桁外れに多い。
男であれば帝国の魔法騎士団で隊長を狙えるぐらいの逸材といっていい。
なにより、魔力制御は魔力量を増やす修行よりはるかに重要なものなのだ。
魔力とは例えるなら水のようなもの。
術者の意志によって、雨のように小さい粒になったり、川のように大きな流れになったりする。
または台風のようにはげしい姿に変わったり、逆にコップのなかの水のように静かになったりと、どうとでも形を変えることができるものなのだ。
それを制御し完全にコントロールするには意志の力が必要で、とてつもない集中力が必要になる。
が、お嬢様は意志の力の強い方でこの修行をすることが楽しいみたいだ。
そして魔力制御が上達するにつれて性格もどんどん明るくなっていき笑顔もよく出るようになられた。
僕は自分の提案がお嬢様を救う助けになれたことを誇りに思うとともにこの穏やかな時間が少しでも長く続いて欲しいと願った。
ところでこの魔力制御というものは大変奥深い技術といえる。
熟練すると魔力量が少なくても魔力を自由自在に操ることができ、魔力量や属性の多寡という優位性を容易に覆すことも可能になる。
僕もこれをシェラから教えられて一日中修行していたことがある。
プラチナ帝国では爵位という身分制度が厳として存在するが、それとは別に魔法による実力主義を尊重する考えも存在している。
しかし、これは使用できる属性の多さや魔力の強さに重きを置いており、魔力制御の重要性はまだまだ認知されていないらしい。
とても残念だ。
長く考え事をしているとお嬢様から、
「見て見て、きれいでしょ?」
という声が聞こえてきた。
僕が声のしたほうをみると、お嬢様の人差し指から七本の細い線状の魔力が放射され、それぞれ違う色なので七色の虹のようにきれいだった。
制御さえできれば自分の魔力でこのような芸当もできる。
普通なら魔力の無駄遣いだけどお嬢様は魔力量が多いので問題ない。
「うふふ。本当に楽しいわ。自分の意志ひとつで魔力をこんなにきれいに見せることができるだなんて」
「お嬢様の努力のたまものですよ」
僕はそうにっこり笑って答えた。
僕が見る限り、お嬢様は平民の僕たちにも気を遣い大変やさしくていらっしゃる。
ほかの召使い、メイド、侍女、従僕ら使用人にも温かく接してくれるので、公爵家の人柄がそれだけでわかるというものだろう。
ブルー王国で貴族の自分勝手さとその悪意をまともに受け、ショックを受けていた僕は、貴族への偏見を見直さなければいけないなと感じていた。
もう一つ気になったのは以前に聞いたお嬢様の婚約破棄は決してお嬢様が原因ではないだろうということだ。
なにか別の原因があるのかなと考えているところで、執事が僕に近づき、
「旦那様がお呼びです。至急執務室へきてください」
と声をかけてきた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「失礼します」
と言って僕は執務室の中へ入り、公爵家当主の旦那様と対面した。旦那様は早速僕に、
「大仕事ができた。これから帝都へ向かってほしい。そこで私の息子クリムソン・アプリコットの指揮下入り、息子の指示に従うように」
と指示を出す。
こうして僕は公爵様から新しい指示で屋敷から離れることになった。
帝都で公爵様の代理として駐在している嫡男のクリムソン・アプリコットさまの指揮に入れとの仰せだ。
大仕事とは何だろう。
新米の僕を採用してくれるんだ。何とか信頼に応えたい。頑張らないと。




