54話:久しぶりの再会
龍王祭の夜の帳が下り、鐘の音が響き渡る中、祭典は最も賑やかな瞬間へと突入していた。人々の笑い声と屋台の喧騒が一つに混ざり合い、街全体を沸騰させるかのような熱気に包まれている。花火が打ち上がった後も、興奮冷めやらぬ人々が夜通し街に溢れ返るのだという。
しかし、街角の片隅に立つ ロル は、その歓喜の渦とはあまりにも不釣り合いだった。
彼はポケットに手を入れ、本来贈るはずだったプレゼントをぎゅっと握りしめた。
事前に確認は済ませてある。エイヴァからのメッセージによれば、ライラ は五時に教会を出たはずだ。ならば、彼女が向かう目的地はここ以外にあり得ない。
その時、聞き慣れた重低音の轟鳴が人混みを切り裂いて響いた。
一台の黒い大型バイクがロルの傍らで止まった。だが、そこに跨っていたのはあの屈強な伝説の英雄ではなく、しばらく見ないうちに相変わらず暑苦しいほど連邦の制服をきっちりと着こなした、規律の塊のような女性だった。
バイクから降りるなりヘルメットを脱いだ 祭 は、以前共に事件を解決した時と同じく、自律心の強いオーラを放っていた。しかし、その青い瞳には困惑の色が浮かんでいる。
「ライラが行方不明とは、どういう意味?」
「祭さんの質問に答える前に、一つ教えてください。あのおっさんはどこです?」
ロルの問いかけに、祭は不快そうに眉をひそめて彼を睨みつけた。どうやらその呼び方は気に入らないようだが、チョコ本人が否定していない以上、彼女も深く追及するつもりはないらしい。
「チョコ隊長なら一週間前から上層区へ招集されている。今は各国要人の護衛任務に就いているわ」
(……やっぱりそうか。あんな手垢の付いた功績を持つレジェンドが、今この場にいるはずがない。……くそっ! なら、次はどう動けばいいんだ……!)
「それで、一体何があったの? ライラがどうしたっていうのよ」
祭の苛立ちを含んだ声が、ロルの混乱した思考を遮った。「あんたの悩み顔を見るために持ち場を離れたんじゃない」と言いたげなその表情に、ロルは圧迫感を感じつつも、どこか懐かしさを覚えた。
そうだ、祭はこういう人間だった。しばらく会わないうちに忘れかけていた。
彼は深呼吸を一つして言葉を紡いだが、その声は自分でも驚くほど自信に欠けていた。
「……今日、彼女と一緒に龍王祭に行く約束をしていたんです。ですが、待ち合わせの時間を過ぎても現れない。だから、そう判断しました」
「……論理性に欠けるわね。ただの遅刻ではなく、誘拐だと断定できる根拠は?」
祭は明らかに納得していない様子で、美しい瞳を細めた。
彼女ならそう言うだろう。ロルは想定内だったその視線の圧力に耐えながら、言葉を続けた。
「彼女は絶対に遅刻などしません。もし遅れるとしても、必ず事前にメッセージを入れるはずです。こんな風に音信不通になるなんて、あり得ない」
「それだけ?」
「……あとは、私が彼女の兄だからです。祭さんだって、ライラがどんな子か知っているでしょう?」
その一言だけは、かつての自信を取り戻して言い切った。ロルは冷や汗をかきながら祭の反応を伺う。
結局のところ、これはライラの性格を熟知しているからこその推測であり、裏付ける証拠は何一つない。祭を説得できる自信も、正直なところ乏しかった。
しかし意外なことに、祭はしばらく沈黙した後、刀の柄に手を置いて小さく頷いた。
「……あなたのことは信じきれないけれど、ライラがあんな初歩的なミスをするとは思えないわね。分かった、信じるわ」
(……信じたのは私じゃなくて、ライラの方か。彼女たちが連絡を取り合っているのは知っていたけど、これほど信頼関係が築かれていたとはな)
驚きと同時に、ロルは祭の変化にも気づいた。
以前の彼女なら、今頃バイクに跨って背を向けていたはずだ。あの事件を経て、この少女も少なからず変わったのだろう。
「ありがとうございます、祭さん!」
「……ただし、その前にチョコ隊長へ報告を入れさせてもらうわ。勝手な離脱は周囲に迷惑がかかるから」
変わったようでいて、根幹の部分は変わっていない。祭らしいスタイルだ。
今の連邦警察の忙しさは常人の想像を絶するはずだ。巡邏だけでなく、観光客同士のトラブル処理や、不法な屋台の取り締まり……やるべきことは山積みだろう。
そう考えると、彼女はなぜ電話一本でこれほど早く駆けつけられたのだろうか。
「祭さん、ここに来るまでに他の警官に止められませんでしたか?」
「……チョコ隊長から、一時的な自由行動の許可を得ているの」
(……それ、祭さんに龍王祭を楽しんでこいって意味だろ……)
ロルは即座にチョコの思惑を見抜いた。私情でそんな特権を振りかざすとは、彼が局内で好き勝手やっているという話もあながち嘘ではなさそうだ。
「そんなことより、ライラが誘拐されたとして……何か策はあるの?」
「……それを今、考えているところで……」
祭がスマートフォンを取り出し、電話をかけながら放った一言が、ロルの痛いところを突き刺した。
認めたくはないが、今の彼には何の手がかりも、妙案も浮かんでいない。だからこそ、祭を通じてあのおっさんの知恵を借りようとしたのだから。




